【第42話 目覚める光】
簡易医療区画は、静かだった。
機械音も、話し声もない。
聞こえるのは、遠くの格納区から伝わる微かな振動だけだ。
フォティは、扉の前で一度立ち止まった。
理由ははっきりしない。
ただ、胸の奥に小さな引っかかりがあった。
――光が、近い。
それだけで、足は自然と動いていた。
扉を開ける。
薄暗い室内。
白いシーツ。
変わらない光景のはずだった。
だが――
「……え?」
フォティは、息を呑んだ。
ベッドの上。
少女が、こちらを見ていた。
ぼんやりとした瞳。
状況を理解しきれていない表情。
それでも、確かに――起きている。
「え、あ……」
言葉が詰まる。
起きているはずがない。
そう思い込んでいた。
「だ、だいじょうぶ? えっと……」
フォティが一歩踏み出すと、少女の肩がわずかに強張った。
怯えている。
けれど、逃げようとはしない。
その視線は、フォティの胸元――
淡く残る光に引き寄せられていた。
「……ひかり……」
かすれた声。
フォティの心臓が、強く跳ねた。
「え……?」
名前を呼ばれるよりも先に、
それを言われた気がした。
フォティは、はっと我に返る。
「ルコ兄に……!」
反射的に口をついた。
「ルコ兄に知らせないと!」
その瞬間。
少女の目が、大きく見開かれた。
「……ルコ……?」
はっきりとした反応。
驚き。
そして――
知っている、という気配。
フォティは息を呑む。
「……しってる……」
少女は、そう呟いた。
◇ ◇ ◇
「眠り姫のお目覚め、ってやつか」
医療区画に入ってきたバルドが、軽く肩をすくめた。
冗談めかした口調。
だが、視線は鋭い。
ルコールは、何も言わずにベッドの傍まで歩み寄った。
少女は、ルコールを見るなり、少しだけ身を強張らせた。
怖がっている。
だが、それだけではない。
「……」
しばらく、互いに言葉がなかった。
先に口を開いたのは、少女だった。
「……セラが……」
その名前に、空気が一瞬で変わる。
「……セラが、はなしてた」
ルコールの表情が、わずかに硬くなった。
「いつだ」
低く、短く。
少女は首を傾げる。
「……まえ……」
「……とおく……」
時間の感覚は、曖昧だ。
「……いく、まえ……」
「……だいじな、ひと……って……」
断片的な言葉。
それでも、意味は伝わる。
セラは、最終実験の前。
まだ“人として”言葉を持っていた頃。
その時に――
この少女と話していた。
「……こわいけど……」
少女は、ルコールを見て言った。
「……だいじょうぶな、ひと……って……」
ルコールは、目を伏せた。
バルドは、黙ってそれを見ている。
「……あったかい、ひかり……」
少女の声が、少しだけ柔らぐ。
「……セナ……」
フォティの胸が、ぎゅっと締め付けられた。
会ったことはない。
それでも、知っている。
セラの記憶。
セラの感情。
それが、光として受け継がれている。
「……セラは……」
フォティが言いかけて、言葉を飲み込む。
代わりに、少女が続けた。
「……いまも……いる……?」
誰も、すぐには答えなかった。
ルコールが、静かに息を吐く。
「……まだ、だ」
それ以上は言わない。
嘘でも、真実でもない言葉。
少女は、それで納得したようだった。
◇ ◇ ◇
少しの沈黙の後。
少女は、もう一度、口を開いた。
「……セナさんは……」
間。
「……いま、どこに……?」
フォティが、息を止める。
ルコールは、すぐには答えなかった。
だが、視線を逸らさない。
「……探してる」
短く、そう言った。
それで、十分だった。
少女は、ゆっくりと頷く。
分からないなりに、
何かを受け取ったように。
外では、出発の準備が進んでいる。
けれど――
ここで、もう一つの光が目を覚ました。
それは、偶然ではない。
誰かが、連れて行くことを選んだわけでもない。
ただ――
必要だった。
(第42話 了)
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