【第37話 壊れた刃の先に】
――夜明け前。
スカイハウルの甲板には、まだ戦いの匂いが残っていた。
血と焦げ、金属が擦れた熱の名残。
ルコールは、アッシュフォールを膝に置いたまま、しばらく動かなかった。
刃先には、目立った欠けはない。
銃身も致命的な歪みは見えない。
だが――
内部から、嫌な軋みが伝わってくる。
「……やっぱ、ダメか」
低く呟いた声に応じるように、
武器の中で、かすかな金属音が鳴った。
◇ ◇ ◇
少し遅れて、バルドがスカイハウルに戻ってきた。
外套を脱ぎ捨て、いつものように軽口を叩くかと思いきや、
今回は無言でルコールの前に立つ。
「……随分、派手にやったな」
「生きてるだろ」
「その代償がそれか」
バルドは、アッシュフォールを一瞥する。
視線は刃ではなく、握りの奥――内部構造を“見る”ようだった。
「貸せ」
短く言い、受け取る。
分解もしない。
ただ、角度を変え、耳を近づけ、軽く振る。
――カチ、……カチ。
嫌な音。
バルドは、はっきりと言った。
「これはもう無理だ」
ルコールは、否定しなかった。
「直せねぇのか」
「直すって次元じゃねぇ」
バルドは武器を下ろし、続ける。
「刃がどうとか、機構がどうとかじゃない。
“前提”が壊れてる」
「前提?」
「この武器はな」
バルドは指で軽く叩く。
「お前が“生き残るため”の負荷までしか想定してねぇ」
言葉が、重く落ちた。
「今日の相手は、そこを超えてきた。
次も、たぶんそうなる」
◇ ◇ ◇
少し離れた場所で、フォティがミラの様子を見ていた。
ミラは眠ったまま、静かな呼吸を繰り返している。
その光景を、ルコールは一瞬だけ視界に入れる。
「……このまま行けば」
ルコールが言う。
「次は、俺が先に壊れるか」
「そうだな」
バルドは否定しない。
「か、武器が完全に砕けるか。
どっちにしろ――“生きて帰る選択肢”が減る」
沈黙。
エンジンの低い唸りだけが、船内に響いた。
◇ ◇ ◇
「……時間をくれ」
バルドが、ぽつりと言った。
「時間?」
「直す時間じゃねぇ」
バルドは首を振る。
「考える時間だ」
ルコールは顔を上げる。
「何をだ」
「――作り直す」
その言葉は、軽かった。
だが、内容は重い。
「このアッシュフォールは、ここまでだ。
お前が次に立つ場所には、ついていけねぇ」
バルドは、スカイハウルの奥――
普段は誰も気に留めない格納区の暗がりを、一瞬だけ見る。
「……幸いなことに」
小さく笑った。
「この船には、“捨てられたもん”が多すぎる」
ルコールは、何も聞かなかった。
ただ一言だけ返す。
「間に合うのか」
バルドは、即答しない。
代わりに、肩をすくめた。
「急げば、死ぬ」
「なら――」
ルコールは迷わない。
「生き残れる方でいけ」
バルドは、ゆっくり頷いた。
◇ ◇ ◇
その夜。
アッシュフォールは、格納区の奥へと移された。
まだ終わっていない。
だが、もう“今まで通り”でもなかった。
フォティが、眠るミラのそばで、ふと胸を押さえる。
理由はわからない。
ただ、スカイハウルのどこかで、
何かが――静かに目を覚ました気がした。
(第37話 了)
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