【第35話 砕けた刃と、動き始める影】
――夜明けの空が、ようやく色を取り戻しはじめていた。
街の石畳には、黒ずんだ血と砕けた牙、抉れた爪痕だけが残っている。
さっきまでここが戦場だったことを、無言で語る残骸たち。
スカイハウルの影に寄りかかり、ルコールはゆっくりと息を吐いた。
「……ったく。朝っぱらから、冗談きついぜ。」
喉に残る鉄の味を吐き捨てるように言いながら、アッシュフォールを地面に突き立てる。
柄の感触はいつも通り、手に馴染む――
そう思った、その時だった。
ギシ、と嫌な音がした。
「……?」
怪訝に眉をひそめ、ルコールは刃を見下ろした。
アッシュフォールの根元。
刃と銃身の接合部に、細く鋭い亀裂が入っていた。
導管の一部は焼けて、黒く縮れている。
「おいおい……マジかよ。」
呟きは、驚きよりも諦めに近かった。
(……骨格そのものが、実験で強化されてやがった。そりゃ、ただの刃じゃ持たねぇか。)
ルコールはゆっくりと刃を鞘に戻す。
◇ ◇ ◇
スカイハウルのハッチをくぐると、そこには別の静寂があった。
フォティが椅子の上に腰を下ろし、ミラの額を濡れ布で拭いている。
ミラはまだ眠ったまま。
胸元のタグ【MI-07】は、もう光っていない。
「……ルコ兄。」
「ダスクウォルフは片付いた。統率してた化け物もな。」
短く答え、ルコールはミラの顔をのぞき込む。
「呼吸は安定してるよ。」
フォティが言う。
「指も一回だけ動いた。でも、まだ全然起きる気配はない。」
「そっか。」
ルコールは背中を壁に預け、深く息を吐いた。
「……ねぇ、ルコ兄。」
フォティが迷いながら続けた。
「さっき……ミラの光が僕と重なった時、
ダスクウォルフの動きが止まったみたいに見えた。」
「……ああ。」
「狙われてるの、ミラの光……なのかな。」
その問いに、ルコールはすぐには答えなかった。
「断言はできねぇ。」
「でも――“お前とミラを狙ってきた”のは間違いねぇ。」
フォティは唇を噛む。
「ごめん……僕が、もっと……」
「おい。」
ルコールはフォティの頭をわしゃっと撫でた。
「謝るのは、何もできなかった時だけだ。
さっき、お前の光がなきゃ……俺の背中は削がれてた。」
「でも――」
「でも、じゃねぇ。」
軽く笑って見せる。
「俺の武器はちょいとガタがきた。……それだけだ。」
フォティの視線が、アッシュフォールの亀裂に止まる。
「ルコ兄、それ……」
「折れちゃいねぇ。無茶させすぎただけだ。」
そう言いながらも、ルコールの目はどこか危険な鋭さを帯びていた。
◇ ◇ ◇
コン、コン。
スカイハウルの外板が軽く叩かれた。
「おーい、開いてるかー? 死人は増えてねぇかー?」
「……バルドか。」
ハッチを開けると、焦げたコートの男が転がり込んでくる。
「おい、どこの戦場から這い戻ってきた。」
「お前んとこだよ、相棒。夜通し仕事して帰ったらコレかよ。」
バルドは息をつきながらも笑っていた。
「大丈夫!?」
フォティが慌てる。
「平気平気。死にかけるのは慣れてる。」
その言葉とは裏腹に、頬の裂傷は深い。
◇ ◇ ◇
「で、収穫は?」
ルコールの問いに、バルドは口端を吊り上げた。
「まず、ギルドの失踪データな。十年分、全部洗った。」
「十年……」
「最初はただの戦乱による失踪にも見える。だが――妙な“偏り”がある。」
「偏り?」
「ああ。失踪者の“最終地点”が、一つの国に集中してる。」
バルドは指で空中に地図を描く。
「東の国境を越えた先――治癒国家《アクレシア王国》だ。」
その名に、スカイハウルの空気が微かに揺れた。
「正式な地図にはねぇが、“白い箱”って呼ばれてるエリアがある。」
「白い……箱?」
「医療物資保管区って表向きの倉庫群だ。だがな――
“一度入った荷が二度と出てこない”。」
「…………」
フォティの指が震えた。
「人も、だ。」
バルドは静かに言った。
「信徒でも、罪人でも、孤児でも。みんな同じ場所に収束する。
“白い箱”の内部区画――“保護区”に。」
「セナも……そこに?」
フォティの声は、震えながらも真っ直ぐだった。
バルドはルコールを見た。
ルコールは避けずに答える。
「可能性は高い。」
「…………」
「だが逆に言えば――まだ生きてる可能性も高ぇ。」
フォティの拳が強く握られる。
「……行く。」
「最初からそのつもりだった。」
ルコールは自然に笑った。
ミラが、寝たままフォティの袖を掴む。
「……ミラも、行きたがってる。」
「そういうこった。」
バルドが立ち上がる。
「オレは“白い箱”周辺の裏ルートをもう少し洗う。
国境越えは正規も必要だが、裏口も用意しとく。」
「アッシュフォールは叩き直す。」
ルコールが刃の柄を叩く。
「資材の当てはあるか?」
「あるとも。“戦場嫌いのくせに戦場武器ばっか作る変人鍛冶屋”がな。」
「癖が強そうだな。」
「お前が言うなよ、死神。」
◇ ◇ ◇
「――決まりだ。」
ルコールは拳を軽く床に当てる。
「俺は刃を直す。
バルドは保護区の裏取り。
フォティはミラを頼む。」
「うん。」
「準備が整い次第――東へ向かう。」
アクレシア王国。
“白い箱”と呼ばれる区域。
そして、その奥にある保護区へ。
(――待ってろ、セナ。今度こそ間に合わせる。)
朝日が、静かに街を照らし始めた。
(第35話 了)
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