【第34話 牙に刻まれた意思】
鋼の刃が闇を裂いた、その直後だった。
ルコールの足元で石畳が砕け、火花が散る。
ダスクウォルフの爪が地を抉り、灰色の影が同時に三方から迫る。
(囲むのが速ぇ……!)
息を吐く暇すら与えない、連携の速さ。
森で遭遇した群れも素早かったが――
“今の動きは、訓練された兵隊のそれだ。”
背後では、フォティがミラを抱えたまま後退し、
スカイハウルのハッチ下に膝をついて必死に堪えていた。
「ルコ兄っ……!!」
「下がってろ! 絶対に、そこから動くな!」
叫ぶより早く、ルコールは前方へ踏み込む。
一体の狼が喉を裂くように吠え、横薙ぎに咬みついた。
ルコールは腕で受け、外套が火花を散らす。
――重い。
骨格が違う。
ただの獣じゃない。筋力の伸び方が、人間の暴走実験に近い。
(……“あの保護区”で見た実験体と、似てやがる。)
嫌な感覚が背筋を走る。
◇ ◇ ◇
「ぐっ……らァ!!」
アッシュフォールの石突で一体の顎を叩き折る。
別の一体が跳びかかってくるのを、足払いで地に叩きつける。
だが、倒しても――すぐ次がくる。
街灯の薄い光が、狼たちの瞳に反射し、
その動きが“ただの夜行獣”ではないことを強調していた。
「……数も動きも、自然じゃねぇ。」
低く呟いたその瞬間――
フォティの抱くミラの胸元で、タグ【MI-07】がかすかに脈打つように光った。
「……また光った!」
フォティが声を上げる。
狼たちが一斉にその方向へ首を向けた。
(……やっぱり、反応してやがる。)
だがルコールには、断定できない。
ミラのタグか。
フォティの中の光か。
あるいは――両方なのか。
「狙われてんのは……“匂い”か、“痕跡”か……
はっきりしねぇが――どっちにしろ厄介だ!」
狼が一斉に吠え、円陣が縮まる。
そこには“本能”ではなく、“意図”があった。
◇ ◇ ◇
「ルコ兄!! 一体、後ろ!」
フォティの叫びが飛ぶ。
視界の外側――スカイハウルの影に潜んでいた個体が跳び出した。
(くそっ、死角――!)
ルコールは反転しようとした。
だが距離が近い。
その刹那――
フォティの胸が、淡く光った。
ほのかな青白い光が空気を震わせ、
狼の動きが一瞬だけ、ほんのわずかに鈍った。
「っ……!」
「フォティ、無茶すんな!!」
「い、今の……僕じゃない……!
ミラが……! ミラの光が……!」
ミラは眠ったまま。
だが、胸元のタグが脈動し、それがフォティの光と干渉したように見えた。
二つの“光”の波が重なったその瞬間、
ダスクウォルフの動きが明確に乱れた。
(……やっぱり、こいつらの狙いは“光”だ。)
引きずり込まれるような悪寒。
誰かが、この街のど真ん中まで誘い込み、
“反応する個体”だけを選別して放った――そんな意図さえ感じる。
◇ ◇ ◇
「フォティ!! ミラを絶対離すな!」
「う、うん!!」
ルコールは前へ踏み込む。
狼の牙を弾き、爪を受け、肉を裂く風圧を掻い潜る。
アッシュフォールの刃が走るたびに、火花が散った。
群れは次第に苛烈さを増し、
その影の奥――路地の闇の奥底で、
“誰か”が見ているような気配だけが消えずにまとわりつく。
(……監視か。あるいは、実験の続きってとこかよ。)
ルコールの奥歯がきしむ。
「来やがれ……!!
まとめて蹴散らして、誰がここに送りつけたか吐かせてやる!」
叫びとともに、アッシュフォールが光を反射して唸る。
ダスクウォルフの群れが再び波のように襲いかかる。
街の闇が揺れ、血の匂いと光の鼓動が交錯した。
――戦いは、まだ終わらない。
――空気が変わった。
ダスクウォルフたちの唸り声が、唐突に揃って止まった。
まるで“指示の待機”だ。
(……来るな。)
背筋に、冷たい刃物を押し当てられたような感覚が走った。
次の瞬間――
闇の奥で、ひとつだけ異様に“縦長の影”が立ち上がった。
四足ではない。
二足歩行。
だが姿勢は獣に近い湾曲。
そして、狼たちとは違う、低く濁った呼吸音。
街灯の光が、その影の胸元を照らした。
【Da-08】
粗雑に刻印された鉄片のタグがぶら下がっていた。
(……廃棄番号。
おそらくダスクウォルフ系列の……“統率型”。)
理解した瞬間、狼たちの動きの謎が線で繋がった。
――こいつが、群れを統べていた。
◇ ◇ ◇
Da-08の眼は、完全に“人間の形”をしていた。
だが黒目は揺らがず、光の反射もない。
ただ、獲物を識別するためだけに存在する“装置”のような眼。
それが、フォティとミラの方へ、ゆっくりと向けられた。
「……来るなっ!!」
ルコールは即座に前へ躍り出た。
統率個体が腕のような前脚を振りかぶった瞬間、
地面の砂利が跳ね上がり、風圧が衝撃波となって襲う。
「おぉ……っらァ!!」
ルコールはアッシュフォールで受け、刃と骨がぶつかり火花が散る。
だが――重い。
狼たちより一段階どころではない。
“人間の膂力”が混ざっている。
それも、第一世代を彷彿とさせる異常な強度。
(こいつ……骨格が完全に改造されてやがる……!)
衝撃をいなしながら、ルコールは相手の腕を蹴り払う。
だが、Da-08は倒れない。
体勢を崩しながらも、まるで“糸で吊られた死体”のように芯を曲げずに立っていた。
◇ ◇ ◇
「ルコ兄!!」
フォティが叫ぶ。
その腕にはミラが眠ったまま抱かれている。
Da-08の眼がまたそちらへ向いた。
意志ではない。
憎悪でもない。
ただ、“特定反応”を検知した装置が作動したかのように――。
「オイこら……こっち向けよ。」
ルコールの声が一瞬、重力のように落ちた。
次の瞬間には、彼の姿が掻き消えた。
Da-08の横腹に重い蹴りが突き刺さる。
巨体が石畳ごと吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「俺の“家族”に視線向けてんじゃねぇよ。」
声は怒りではなく、氷の底のように冷静だった。
◇ ◇ ◇
Da-08は立ち上がる。
肋骨が折れ、体勢が崩壊しているはずなのに――関係ないと言わんばかりの動き。
(痛覚がねぇ……!
完全に“制御個体”じゃねぇか!!)
Da-08が咆哮し、群れが再び波のように襲いかかる。
だが――〈統率の波〉が崩れている。
統率個体が損傷した影響で、連携精度が落ちた。
「……今だ。」
ルコールの身体が、影の中を駆け抜ける。
一体の首を叩き折り、もう一体の顎を砕き、
Da-08へ一直線に向かう。
統率個体は腕を振り下ろすが――
「おせぇ。」
アッシュフォールの刃が、その腕を根元から断ち切った。
黒い血が噴き、Da-08がよろめく。
ルコールは一歩踏み込む。
地を蹴る音。
風を割く音。
刃が走る音。
「――統率役なら、黙って寝とけ。」
アッシュフォールが胸部に深々と突き刺さった。
Da-08の胸に刻まれたタグ【Da-08】が、
刃の震動でカチカチと揺れながら、光を失っていく。
巨体が崩れ落ちた瞬間――
周囲のダスクウォルフたちが、一斉に悲鳴を上げて散っていった。
統率を失った群れはもはや群れではない。
ただの恐慌に駆られた獣だ。
◇ ◇ ◇
静寂。
血の匂いと夜明けの風が入り混じり、
街はようやく“戦場”から“朝”へ戻ろうとしていた。
ルコールは深く息を吐く。
「フォティ、ミラは……?」
「だ、大丈夫……! 気を失ってるだけ……!」
フォティはミラを抱きしめたまま震えていた。
ミラの胸元の光は完全に収まり、安静を取り戻している。
「……よし。」
ルコールはゆっくり歩き寄り、二人の頭にそっと手を置いた。
「もう大丈夫だ。
だが――」
ルコールの眼が、闇の奥を睨む。
「“あいつらをここに送った奴”がいる。
今のは……ただの探りだ。」
ミラのタグ。
フォティの光。
そして未知の反応。
Da-08の死骸の胸元に揺れるタグだけが、
その“誰か”の存在を静かに告げていた。
(……必ず突き止める。
セナの行方も……お前たちを狙う理由も……全部な。)
夜明けが、静かに街を照らし始めた。
(第34話 了)
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