【第33話 影を嗅ぎつける群れ】
――スカイハウル内部は、まだ闇の静寂を抱えていた。
ミラは深く眠り続けている。
その胸元のタグ【MI-07】だけが、かすかな光を吸って微弱にきらめいた。
フォティは彼女のそばに座り、毛布を整えながらずっと見守っていた。
光因子がざわついている。
その揺らぎが、誰のものなのか――自分でも判別できなかった。
静かに扉が開く。
「……異常はなかったか?」
ルコールが低い声で問う。
「うん……なにも。でも――」
フォティは視線をミラから離さず、ぽつりと続けた。
「戻ってきた時に言ってたよね。
“次は、お前らを巻き込ませねぇ”って……。
あれ、なんか……すごく怖かった。」
ルコールは短く息を吐き、わざと肩の力を抜いて見せた。
「気にすんな。ああいうのは……ただの“決意”だ。」
「でも――」
「フォティ。」
その名を呼ぶ声音は、強くも優しい。
「お前とミラにだけは、同じものを見せたくなかった。ただそれだけだ。」
「…………」
返す言葉を探すフォティ。
その沈黙を破ったのは――スカイハウルそのものだった。
ガンッ!!
外壁を叩く鋭い衝撃。
金属が歪み、船体がわずかに揺れる。
「……ッ!」
フォティが跳ねた。
ルコールは即座にアッシュフォールを引き抜く。
「フォティ、ミラから離れるな。
“絶対に”だ。」
「わ、わかった……!」
ルコールはハッチへ向かう。
冷たい朝の風が吹き込み、薄闇が足元に揺れた。
――そして見えた。
光る無数の眼。
黄色い点が、地面の上で低く、広く、真円を描くように取り囲んでいる。
「……ダスクウォルフ……?」
その名を呟く声は、戦場帰りの兵士のそれだった。
本来なら森の奥深くに棲む群生魔獣。
都市部に近づくどころか、人里の匂いを嫌い、警戒心も強い。
だが今日の群れは――
“迷いがない”。
“恐れもない”。
むしろ、**狙いを定めている動きだった。**
「……誘導されてるな。自然じゃねぇ。」
ルコールの脳裏に、第七支部の崩壊した廊下で見た“タグ”の欠片がよぎる。
――Mi、Se、Ra。
――識別。
――区分。
(まさか……タグ自体に反応してる?)
思考がそこまで至った瞬間、群れが突進してきた。
◇ ◇ ◇
「――ッ来いよ!!」
ルコールの叫びとともに、火花が散った。
一体の顎を蹴り砕き、別の一体を地面に叩き伏せ、
背後からの飛びかかりを外套で受け止める。
だが数が多い。
この数は、偶然集まった群れではない。
**“導かれた群れ”の動きだ。**
その時――
「ルコ兄!!」
「出てくんなっつっただろ!!」
船内からフォティが飛び出してきた。
「でも……ミラが……!」
フォティが抱きしめるミラの胸元――
タグ【MI-07】が、ごく微かに脈打つように光っていた。
「……そういうことかよ。」
ルコールは低く呟く。
「フォティ! ミラを抱えて下がれ!
あれはミラか、お前……あるいは“両方”に反応してる!」
「……っ!」
フォティは後退しながら、ミラを強く抱きしめた。
光因子が胸で震える。
群れが低く唸り、スカイハウルを包囲した円が縮まる。
まるで“嗅ぎつけている”ように。
命ではなく――
**光を。**
◇ ◇ ◇
「……なるほどな。」
ルコールは刃を下げ、構え直した。
「誰かが誘導した群れ……
その目的は“光因子”か“タグの反応検知”……
どちらにせよ、ただの襲撃じゃねぇ。」
群れが唸り、跳ぶ。
ルコールは迎え撃つ。
鋭い牙。
膨れ上がる殺気。
そのどれもが、最初に森で遭遇したものよりも“狂って”いた。
(……やっぱり、あの時の奴らとは違う。
あれは自然の魔獣……これは――)
「――作られた個体、か。」
確信が形になる。
◇ ◇ ◇
「フォティ!! 絶対にミラから離れるな!!」
「う、うん!!」
「塞いでおくぞ……一体残らず!!」
ルコールの叫びが空を裂く。
ダスクウォルフの群れが巨大な波のように押し寄せる。
その影の奥に、“黒幕の気配”がうっすらと滲み始めていた。
(……これは試しだ。
俺たちがどこまで進むか……
誰かが“嗅ぎつけて”きてやがる。)
鋼の刃が闇を裂いた。
ここからが――本当の戦いだった。
(第33話 了)
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