【第31話 残響する番号】
――スカイハウル内部は、まだ夜の匂いを残していた。
金属の軋む低音。
窓越しに差し込む薄い青の光。
その静けさの中で、ルコールは操縦席の背に寄りかかり、深く息を吐いた。
フォティは毛布に肩まで包まり、膝を抱えている。
ミラは丸い座席で眠ったまま、小さく胸を上下させていた。
バルドは火のついていない煙草を指先で弄び、壁にもたれている。
沈黙が、まるで霧のように船内を満たしていた。
「……少し、昔話をしよう。」
ルコールが呟いた。
フォティが顔を上げる。
バルドは指で煙草を弾き、「来たか」という顔で肩をすくめた。
ミラだけは眠ったまま。
まるで外界の重さから守られているかのように。
◇ ◇ ◇
「軍にいた頃……“戦力拡大計画”ってもんがあった。」
ルコールは遠くを見るように言葉を選んだ。
「前線処理の任務で、第一世代の後処理に関わったんだ。
……あれは兵器だったが、そいつが最期に上げたのは“泣き声”だった。」
フォティは息を飲む。
「……人間、だったの?」
「俺には、そうとしか聞こえなかった。」
静かだが、深い怒りがその一言の奥にあった。
「その報告のために司令部のデータ庫に入った時だ。
“保護区”って名目の施設が、どうにも怪しいと気づいたのは。」
フォティは拳を握りしめる。
バルドが目を細めた。
◇ ◇ ◇
「そして――あそこで二人の少女に会った。」
ルコールの声がわずかに揺れた。
「一人は……俺の外套にすがりつくほど怯えていた。
もう一人は……震えながらも、必死に守ろうとしていた。」
「……セナの嬢ちゃん、か?」
バルドが低く言う。
「そうだ。もう一人は――セラ。」
フォティの表情が強張る。
セナの名は知っている。だがセラは初めて聞く。
「セラに出会った頃……あいつらは二人で、よく“歌”を歌ってた。
互いの手を離さねぇように……」
その瞬間だった。
ミラの胸元の名札《MI-07》が、
――ふっ……と淡く光を返した。
彼女は眠ったままなのに、
小さな手がシーツをきゅっと掴む。
フォティの胸がざわりと震えた。
(……なんだ……これ……)
光因子の共鳴。
だがフォティ自身はまだその意味を知らない。
ルコールだけが、小さく息を呑んだ。
(……やっぱりだ。ミラは“偶然の拾いモン”じゃねぇ)
◇ ◇ ◇
「……でも、その後のことは知っての通りだ。」
ルコールは続ける。
「崩れた区画で……セラはセナを庇って倒れた。
俺は助けられなかった。」
フォティが唇を噛む。
「セナは……守られたんだな。」
「守られた。だが――」
ルコールはミラの名札を指差した。
「その時、俺は“番号”を見ているはずなんだ。」
「番号……?」
「セナのタグは “Se-Na”。番号じゃねぇ。
セラは “Se-06”。
だが――ミラは “MI-07”。」
バルドが眉をひそめる。
「……別系列ってことか。」
「そうだ。」
ルコールは断言した。
「崩れた床の近くで、俺は他にも見た。
【Mi-03】
【Ra-01】
【Ra-α】
……“Se”だけじゃない。複数の実験系統があった。」
フォティの背筋が冷たく震えた。
(じゃあ……セナは……本当に“その奥”に――)
「セナが攫われた“保護区”は、俺たちが知ってる場所じゃない。
その下層か、別区画か……隠された実験塔がある。」
「……まだ終わってねぇってことだな。」
「ああ。」
ルコールは深く頷いた。
◇ ◇ ◇
「バルド。」
名前を呼ばれ、情報屋は煙草を指で回すのをやめた。
「調べなきゃいけねぇ“住所”ができた。
――教団の“保護区”だ。」
バルドの口角が、ほんのわずかに吊り上がる。
「任せな。地獄の底でも掘り起こしてやるよ。」
スカイハウルの外壁が軋む。
夜の端が白んでゆく。
セナを取り戻す戦いが、静かに始まりを告げていた。
(第31話 了)
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