【第30話 その光は、誰のために】
――崩れかけた実験棟の奥で、ルコールは二人の少女を抱きかかえて走っていた。
非常灯の赤が、まるで血液のように壁を染める。
天井から落ちる破片が背中をかすめ、熱を帯びた風が肌を灼く。
「兵隊さん……っ、まだ……?」
セナが腕の中で震えながら声を上げる。
「黙って掴まってろ。出口は近い。」
言い聞かせるように言うが、胸の奥は荒れ狂っていた。
――遅かったら二人とも死んでいた。
――もう、守れない未来を見たくはない。
その思いだけが、足を動かしていた。
◇ ◇ ◇
通路の先に影が立ちはだかった。
「返してもらおうか。」
ラドクリフだった。
白衣は焦げ、髪も乱れ、それでもその瞳は狂気の光で澄んでいた。
まるで、己の創造物を迎えに来た神官のように。
「それは俺が保護した子だ。」
「いいや。彼女らは“素材”だ。未来を創り替えるための光だよ、ルコール軍曹。」
「素材だと……上等だな。なら、この手で奪い返すだけだ。」
低い声で返すと、ラドクリフは笑った。
静かで、薄ら寒くて、それでいて心の底から楽しそうな笑みだった。
「なら――試すといい。君の“生”がどこに属するか。」
その時だった。
背後の闇が、形を取って現れた。
「そこまでだ。軍曹。」
クロウ。
銀灰の髪が、非常灯の赤に照らされて不気味に輝く。
静かなのに圧がある。殺意でも怒気でもない。
ただ、“任務のために立ちはだかる壁”という存在そのもの。
「……チッ。よりにもよってお前か。」
「一度この手で手合わせしてみたかった。戦場の“死神”と。」
「生憎な。こっちは子守中だ。」
ルコールは二人――セラとセナ――を背にかばい、銃剣を構えた。
◇ ◇ ◇
金属と金属がぶつかる硬質な音。
クロウの一撃は、重さも、速さも、迷いもない。
まるで時間ごと相手を切り裂くような、研ぎ澄まされた戦闘技術。
一方で、ルコールの動きは獣のようだった。
計算ではなく、生存のための殺意そのもの。
火花が散り、崩れた柱が軋む。
「……強いな。」
「お互い様だ。」
ほんの一瞬、交差する視線。
そこには敵意すらなかった。ただ、戦場で生き延びてきた者どうしの理解。
だからこそ――この場でぶつかるしかなかった。
「どけッ!!」
「拒否する。」
互いの足跡が床を砕き、視界が揺れる。
クロウは後退しながら冷静に告げた。
「時間をかければ援軍が来る。逃げ道はない。」
「……それでも行く。」
ルコールは奥歯を噛み締めた。
――この子たちを失うくらいなら。
――もう二度と、あの歌を泣き声に変えさせない。
その想いが、拳に熱を生んだ。
◇ ◇ ◇
「……兵隊さん……」
セラの声だった。
ルコールが振り返った瞬間、彼女の身体が震えているのがわかった。
涙ではない。恐怖でもない。
**感情そのものが熱になって燃え上がっていた。**
「セナは……わたしが……守るの……っ!」
光が溢れた。
小さな身体の奥底から、まるで“心臓を破裂させるような”強さで。
「セラ、やめ――!」
止める暇はなかった。
青白い閃光が爆ぜ、空気そのものを巻き込みながら炸裂した。
壁が歪み、床がひび割れ、クロウとラドクリフが咄嗟に身を翻す。
衝撃が周囲を吹き飛ばし、瓦礫が滝のように崩れ落ちた。
――光が収まった時、セラは立っていた。
だが。
その膝から下は、粉のように消えていた。
光の反動が、小さな身体を蝕んでいた。
床には、焼けついた「足跡だけ」が黒く残っていた。
◇ ◇ ◇
「セラ……!?」
「兵隊さん……大丈夫。
まだ……歌える、から。」
その笑顔は、あまりにも無理に作られたものだった。
「セナ……泣かないで……」
セナは崩れ落ち、嗚咽を上げた。
「やだ……やだよ……一緒に……帰るんじゃないの……?」
「帰るよ……ううん……また……会えるよ。」
セラは小さな手を伸ばし、セナの頬をそっと撫でた。
「……また……一緒に……歌おうね……?」
震える声。
でもその瞳だけは、強く、まっすぐだった。
「兵隊さん……お願い。
セナを……連れてって……」
ルコールは答えられなかった。
喉が焼けたように言葉が出ない。
これが最期なのだと、わかってしまったからだ。
「……絶対に、守る。」
ようやく搾り出したその言葉に、セラは小さく笑った。
◇ ◇ ◇
その時――
セラの足元の床が、轟音とともに崩れた。
「――ッ!!」
ラドクリフが迷いなく飛び込んだ。
「貴重な素材だッ!!」
狂気の叫び。
落下するセラに手を伸ばす白衣。
その背中を見て、クロウは小さく息を吐いた。
「……ったく、あのマッドサイエンティスト。研究のことしか頭にねぇな。」
そう呟くと、クロウは瓦礫の中へと飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
「行くぞ!」
ルコールはセナを抱き寄せ、崩れゆく通路を全力で駆け抜けた。
背中で、誰かの祈りのような声が聞こえた気がした。
――また、歌おうね。
その囁きだけが、光のように胸に残った。
(第30話 了)
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