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最強のハンター、神の光を拾う。〜滅びゆく世界で俺はもう一度守りたい〜  作者: 蛮ニル
第2.5章 選別の歌

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【第28話 揺らぐ死神】

挿絵(By みてみん)

 ――また、同じ色の空だった。


 灰色。

 煙と砂塵が混ざり合った、どこまでも濁った空。


「前線小隊、撤収開始! 非戦闘員の確保を最優先とする!」


 怒号が飛び交う中、ルコールは崩れた家屋の隙間を無言で駆け抜けた。

 倒れた梁を片手でどかし、その下で震える老婆を肩に担ぎ上げる。


「立てるか。」


「ひ、ひぃっ……」


「無理なら黙って掴まってろ。生きて出るぞ。」


挿絵(By みてみん)


 返事を待たずに、彼はそのまま歩き出した。

 背後では、まだ銃声が散発的に鳴っている。

 だがそれ以上に、遠くから聞こえる爆音――

 祈りのヴェッセルが暴れている音の方が耳に残った。


 鉄と肉のぶつかる音。

 砕ける骨の音。


 それがこの戦場では、すっかり“日常の一部”になっていた。


◇ ◇ ◇


 避難民の収容ポイントは、いつも通り即席のテント村だった。

 仮設の柵と、軍用車両が丸ごと壁代わりに連なっている。


「そこに座ってろ。水はあとで配る。」


「た、助かったのか、わしは……」


「運が良かったな。」


 本心からそう言ったわけではない。

 だが、口から出た言葉を取り消すほどの気力もなかった。


 周囲では、他の兵士たちが黙々と救助者を運び込んでいる。

 泣き叫ぶ子どもをあやす声。

 負傷者のうめき声。

 医療班の短く硬い指示。


 ――ここだけ見れば、“守っている側”だ。


 ルコールは、ほんの一瞬だけ空を見上げた。

 灰色の雲の切れ間から、遠くに浮かぶ巨大な機影が見えた気がする。

 祈りの器を運ぶ輸送艇か、それとも別の戦線か。


「ルコール軍曹!」


 背後から声が飛ぶ。

 振り向くと、若い兵士が敬礼していた。


「収容者リストの確認と護衛命令です。司令部行きじゃなく、今回は“保護区画”への直送だと。」


「……保護、ね。」


 口の中で言葉を転がすように呟く。

 それはもう、とっくに信用ならない響きになっていた。


「護衛対象は?」


「年少者多数、女性数名。前線から一時退避させた者たちだそうです。」


「了解。荷台を準備しろ。」


 ――いつも通り、だ。

 救い出し、“安全な場所”へ運ぶ。

 書類上は、それだけの仕事。


 問題は、その“安全な場所”の中身だった。


◇ ◇ ◇


 王国軍の基地の一角。


 戦況モニターや作戦室のある階層より、さらに下。

 湿った空気と無機質な光が支配する地下フロアに、ルコールは足を踏み入れた。


 途中に、赤い線が引かれた床がある。

 【関係者以外立入禁止】と書かれた立て札。

 本来なら、ここから先は白衣と一部の将校しか入れない区画だ。


 だが、避難民を乗せた台車と医療班がまとめて通される混雑の中、

 ルコールも“護衛”の名目でまとめて押し込まれた。


「ここから先は、我々が引き取る。」


 赤線の先、白衣の男たちが怯えた避難民たちを迎え入れる。

 名簿に名前を書かせるわけでもなく、腕に番号のバンドを巻いていく。


「落ち着いてください。ここは安全です。食事と寝床があります。」


 柔らかな口調。

 だが、その目の奥には感情の色が薄い。


 ルコールは、自分の足元を見る。

 いつの間にか、赤い線を越えていた。


「……立入禁止、ね。」


 小さく独り言を漏らした瞬間、白衣の一人が振り向いた。


「軍曹殿、ここから先は機密区画だ。あとは我々が。」


 やんわりとした口調だが、拒絶ははっきりしている。

 ルコールは肩をすくめ、赤線の“外側”まで後ずさった。


「ああ、わかってる。」


 形式的に頷いて背を向ける。

 扉が音もなく閉じるのを、赤線のこちら側から見る。


 ――“保護”の先は、見せてもらえない。


 それでも、耳だけはごまかせない。


 扉越しに、微かな声が聞こえた。


「おねえちゃん、ここどこ……?」

「大丈夫、大丈夫。外よりましだよ。」


 そんなやりとりを最後に、音は吸い込まれるように途切れた。


 代わりに、別の場所から音が届いた。


 歌声。


 かすかに震えた高い声と、

 それを支えるような柔らかい声。


 二つの音が重なり合い、地下の空気を震わせていた。


「……また、あの歌か。」


 足を止める。

 耳が、勝手にそちらへ向く。


 ドでもレでもない始まり方をする、不思議な旋律。

 戦場よりも遠く、司令室のモニター越しに聞いた、あの子どもたちの声。


 あの時は、曲がり角を曲がれなかった。

 顔を見れば、引き返せなくなる気がしたからだ。


 ――じゃあ、今はどうだ。


 気づけば、足が音の方へ向かっていた。


◇ ◇ ◇


 廊下の突き当たり。

 本来、ルコールの制服で通れるのは、その手前までだ。


 壁際に設置された小さな端末に、

 【許可証をかざしてください】の表示。

 床にはまた、細い赤線が走っている。


(ここまで、のはずだ。)


 そう思いながら歩いていて、ふと我に返る。


 赤線を、すでに跨いでいた。


 端末には、さっき押し通された医療班のカードキーの履歴が残っていたのだろう。

 扉は半開きのまま、警告音も鳴らない。


「……無意識ってやつは、あんまり褒められねぇな。」


 自嘲しても足は止まらない。

 すでに、自分でも“立入禁止”の境界を曖昧に踏み越え始めていることに、ルコールは薄々気づいていた。


 小さな覗き窓のついた扉が、いくつか並んでいる。


 「収容室」とだけ書かれたプレート。

 番号ではなく、記号で仕分けされた区画名。


 そのひとつから、歌が漏れていた。


 ルコールは、無意識のうちに覗き窓へ顔を寄せる。


 視界の先に、白い部屋。

 簡素なベッドが二つ。


 その端に、二人の少女が座っていた。


 一人は、青い髪。

 額の広いその子は、膝を抱えてこちらに背を向けている。

 もう一人は、肩までの柔らかな髪を揺らしながら、ゆっくりと手を叩いていた。


「そこ、もう少しゆっくりでいいよ、セラ。」

「うん……セナの声、追いかける。」


 か細い声と、少し落ち着いた声。

 歌は途切れながらも、何度も何度も繰り返される。


 ――あの時、モニターに映っていた二人か。


 はっきりそうと断言はできない。

 だが、胸の奥の嫌なざわめきが、その答えを示していた。


 白い壁。

 番号のバンド。

 “保護区画”という名の檻。


 全部、繋がる。


 扉の横に、小さなパネルがあった。

 そこには簡単な表示が並んでいる。


 【Se-06】

 【Se-Na】


 指先が、無意識にそこへ伸びかけた。

 触れれば、もっと詳しい情報が表示されるだろう。

 名前、年齢、生まれた場所――もしかしたら、救い出した村の記録も。


 ルコールは、寸前で手を引っ込めた。


「……また、覚えちまうところだった。」


 顔も名前も知らないままでいれば、まだ“兵士”でいられる。

 そんな薄っぺらい言い訳が、喉の奥に引っかかったまま、落ちてくれない。


 歌声が、ふっと止んだ。


「……ねぇ、セナ。」

「なに?」


「さっきの人、誰だろうね。」


 青髪の少女が、こっそり覗き窓の方を見た。

 ルコールは慌てて壁際に身を寄せる。

 わずかな隙間から、細い視線が外を探るように揺れた。


「兵隊さん、かな。」

「また、誰かを連れてきたのかな。」


 その言葉が、じわりと胸に刺さる。


 ――俺は、何を守ってる。


 赤線の上に立っている自分の足元が、急に重くなった。


◇ ◇ ◇


 その夜。


 基地の休憩所は、いつものように騒がしかった。

 割れそうなほどの笑い声と、安酒の匂い。

 戦場から一歩だけ離れた、泥臭い安堵の空間。


「おい聞いたか、祈りの器の新型、今度はもっと持つらしいぜ。」

「マジかよ。前のは一戦でモタなかったって話じゃねぇか。」

「素材を変えたんだとよ。どっかの研究室が“当たりの素材”をまとめて引き当てたってさ。」


 テーブルの向こう側で、下士官たちが噂話をしている。

 ルコールは、その隣で黙って酒を舐めていた。


挿絵(By みてみん)


「当たりの素材、ねぇ……」


 呟きに、隣の兵士が肩をすくめる。


「なんだよ、軍曹。今さら綺麗事か? 俺らは結果さえ出せばいいんだろ。」


「別に、綺麗事を言う気はねぇよ。」


「じゃあ――」


「結果の中身くらいは、知っておきてぇだけだ。」


 グラスを置く音が、乾いた。


 別のテーブルでは、衛生兵らしき男がぼそりと言った。


「この前さ、搬入リスト見ちゃってさ。」


「搬入? 弾薬か?」


「いや……“素材”の。祈りの器用の。」


 周囲が、ほんの少しだけ静かになる。


「数が合わねぇんだよ。」

「どういう意味だ。」


「前線からの“回収数”と、基地に送られてくる“素材”の数がさ。

 どう考えても、戦場で死んだ兵士の数じゃ足りねぇ。」


 ルコールの指が、わずかに止まった。


「じゃあ、どこから持ってきてる。」


「さぁな。」

 衛生兵は、自嘲気味に笑った。

「輸送ルートの一部が、保護区画と繋がってるって噂は聞くけどな。

 あそこ、赤線の向こうは全部“機密”だろ?」


 保護区画。

 白い部屋。

 二人の歌。

 赤い線。


 頭の中で、ばらばらだった点が一本の線になっていく。


「……やっぱり、そういうことか。」


「何か言ったか、軍曹。」


「いや。」


 短く答え、席を立つ。

 グラスの中身は半分以上残っていたが、喉を通る気がしなかった。


◇ ◇ ◇


 夜の廊下は、昼とは違う顔をしていた。

 人の往来が減り、機械の駆動音ばかりがやけに大きく響く。


 ルコールは、足の向くままに歩いていた。

 自分でも、どこへ向かっているのかわからないまま。


 気づけば、またあの階層にいた。


 地下。

 保護区画の手前。

 白衣の出入りが多い一帯。


 床にはあの赤線。

 立て札には同じ文字。


 【関係者以外立入禁止】


(ここから先は、俺の仕事じゃねぇ。……はず、だ。)


 そう思った瞬間、耳が歌を拾った。


「……セナ、そこちょっと早い。」

「ごめん、もう一回。」


 途切れ途切れの小さな歌声。

 それが、なぜか戦場の銃声よりも重く感じる。


 気づけば、赤線は背中の方にあった。

 また、無意識のうちに境界を踏み越えている。


「……本当に、褒められねぇな。」


 壁に背を預け、目を閉じる。

 音だけを頼りに、歌の情景を想像する。


 白い部屋。

 二つの影。

 腕のバンド。

 冷たい光。


 祈りの器の胸にあった、人間の心臓。

 モニター越しに見た、手術台の上の“残骸”。

 素材という言葉。


 全部が、脳裏の同じ場所に積み上がっていく。


「……俺は、何を守ってる。」


 ぽつりと漏れた言葉は、誰に向けたものでもなかった。


 軍服。

 階級章。

 与えられた任務。


 その全部が、急に薄っぺらく感じられる。


 戦場で殺してきた敵兵の顔は、ほとんど覚えていない。

 覚えていちゃ、仕事にならないからだ。


 だが――


 あの歌声だけは、やけに鮮明に耳に残る。

 モニター越しの小さな影と、覗き窓の向こうで笑い合っていた二人。

 名前も知らない、番号で呼ばれる子どもたち。


「……悪いな。」


 また同じ言葉が口をつく。

 何度謝っても届かないとわかっていても、言わずにはいられなかった。


 その時、わずかな物音がした。


 金属の台車が転がる音。

 慌ただしく行き交う足音。


 廊下の端で、白衣の一団が小声で会話していた。


「Mi系列の暴走、収まったのか。」

「薬剤で一時的に抑えたが、いつ爆発してもおかしくない。」

「なら、優先してSe系列を移送しろ。完成度の高い個体からだ。」


 Se。

 その単語が耳に刺さる。


 白衣たちは気づいていないと思っているのか、歩きながら平然と続ける。


「特にNaは、ラドクリフ博士のお気に入りだからな。」

「昨日も言ってた。“あの子が完成すれば、世界が一歩進む”って。」

「世界が進む前に、俺たちの方が壊れそうだがな。」


 乾いた笑い声が、廊下に消えた。


 ルコールは、ゆっくりと目を開けた。

 歌声は、まだ続いている。

 ただ、その裏側で――子どもたちの扱いが“素材”として語られている現実が、はっきりと形を持ち始めていた。


 赤線の向こう側に立ちながら、彼は思う。


(ここはもう、俺が守ってきた“安全な場所”なんかじゃねぇ。)


◇ ◇ ◇


 その夜、彼は久しぶりに眠れなかった。


 ベッドに横になっても、瞼の裏に浮かぶのは戦場ではなく、白い部屋だ。

 青い髪の子ども。

隣で笑う影。

 腕のバンドに刻まれた、無機質な記号。


 【Se-06】

 【Se-Na】


 名前ではなく、番号。

 そのくせ、耳に残る歌は、やたらと“人間らしい”。


挿絵(By みてみん)


(保護した。救った。そう言い聞かせてきた。)


(だが、あの子たちがこのまま祈りの器の箱に繋がれる未来しかないなら――)


(俺は、何から何を守ってる?)


 軍服の襟元を掴み、乱暴に引き剥がす。

 布の擦れる音が、妙にうるさい。


「……やっぱり、間違ってる。」


 初めてそう言葉にした。

 戦場の理屈でも、司令部の説明でもごまかし切れない感情が、言葉になった。


 死神と呼ばれるようになったあの日。

 祈りの器の胸を貫いた時。

 あの瞳に映っていたのは“兵器”ではなく、“ただの人間”だった。


 そして今――


 白い部屋の中で歌う子どもたちが、その“次”になろうとしている。


「……俺は、兵士である前に、人間だろ。」


 誰もいない暗い部屋で、ひとりごちる。

 その言葉は、情けないほど小さな声だった。

 けれど、その小ささを笑えるほど、彼は器用ではなかった。


 天井を見上げる。

 どこかで、金属の軋む音がした。


 祈りの器の心臓。

 素材搬入の台車。

 歌声。

 白衣の笑い声。

 赤い線。


 全部が、ひとつの場所に集約されていく。


 ――間違っているなら、正さなきゃならない。

 ――誰かがやるなら、手が早い方がいい。

 ――どうせ俺はもう、死神と呼ばれてる。


「なら、死神らしく――」


 ルコールは、ゆっくりと目を閉じた。

 胸の奥で、何かが決定的に“音を立てて折れた”気がしたが、同時に別の場所で何かが“組み上がった”ようにも感じた。


「次に歌が聞こえたら――今度は曲がり角を曲がる。」


 自分にだけ聞こえるように、そう呟いた。


 その決意は、やがて二人の少女と一人の少年、

 そして世界そのものの運命を大きく変えることになる。


 だが、この夜のルコールはまだ知らない。

 ただひとつ――


 “守るべきもの”の輪郭が、ようやくはっきりと見え始めたことだけは、

 確かに感じていた。


(第28話 了)

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― 新着の感想 ―
ルコール、お労し過ぎない?自分の心を騙してまで戦ってきたモノに、その心を壊されかけるなんて。この世界に、人権というものはないのか……!?
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