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最強のハンター、神の光を拾う。〜滅びゆく世界で俺はもう一度守りたい〜  作者: 蛮ニル
第2.5章 選別の歌

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【第27話 セラの決意】

挿絵(By みてみん)

 ――朝だ、と気づいたのは、静かすぎたからだった。


 いつもの白い天井。

 同じ高さの蛍光灯。

 変わらない、真っ白な部屋。


 でも、違う。


 ――音が、ない。


 寝返りのきしむ音も、

 布団のこすれる小さな気配も、

 隣のベッドから聞こえる、かすかな寝息も。


 何も、なかった。


「……セナ?」


 セラは、ぼんやりとした頭のまま、身体を起こした。

 視界がゆっくりと焦点を結ぶ。


挿絵(By みてみん)


 隣のベッドは、きれいに整えられていた。

 シーツには、誰かが寝ていたはずの皺も残っていない。

 枕も、冷たい。


 まるで最初から「誰もいなかった部屋」のように、

 完璧に“片づけられて”いた。


「……あれ?」


 胸の奥で、小さな不安が形を持ち始める。

 昨日の夜を思い出そうとする。


 ――鉄の扉が閉まる音。

 ――「すぐ戻ってくる」と笑ったセナの顔。

――白い光に飲み込まれていく背中。


 そこから先が、途切れている。


 いつの間に眠ってしまったのか、思い出せない。

 セラは両手で自分の腕を抱くようにして、ベッドから降りた。


 床は冷たい。

 足の裏に伝わる、その冷たさが妙に現実的で、余計に世界が“おかしく”感じられた。


「セナ……トイレかな……?」


 自分で口に出しながら、すぐにその言い訳が苦しいことに気づく。

 部屋の扉は内側から開けられない。

 夜のあいだは、鍵がかかっているのだ。


 セラは、ぎゅっと唇を噛んだ。


 ――連れていかれた。

 ――わたしが寝ているあいだに。


 その考えが、喉の奥で重く引っかかった。


◇ ◇ ◇


 食事の時間を告げるチャイムが鳴ってから、白衣のスタッフがやってきた。


「……おはよう、Se-06。」


 金属のトレイをベッドサイドに置きながら、男は事務的な口調で言う。

 笑顔も、挨拶らしい挨拶もない。


 セラは、勇気を振り絞って言葉を出した。


「あの……セナは? Se-Naは?」


 男は一瞬だけ手を止めた。

 目だけがこちらに向く。


「未明に起こした。機器調整のための事前検査だ。」


「事前検査……」


「今日は本検査の予定だったが、機器にトラブルがあってな。

 点検が終わり次第、改めて日程を組み直す。」


 淡々とした声。

 セラの胸の奥で、別の意味を探そうとする心がもがいた。


「じゃあ……セナは……」


 言いかけたセラに、男はわずかに眉を動かした。


「息も脈も、きちんとある。

 “神に仕える役目”を与えるには、まだ早い。

 今は、そのための準備段階にすぎない。」


 まるで「壊れ物はまだ祭壇に上げていない」とでも言うような口調。

 安心させるような言葉なのに、そこには体温がまるでなかった。


 男が部屋を出ていく直前、セラはもう一度だけ声をかけた。


「……セナ、戻ってくる?」


「今日のうちはな。

 おとなしく待ってろ、Se-06。」


 番号で呼ばれた瞬間、胸の奥がひやりとした。

 扉が閉まる音が、やけに大きく響く。


 セラは、冷たくなったスープを見つめた。

 味は、もうほとんどわからなかった。


◇ ◇ ◇


 時間の感覚が、あいまいになっていく。


 施設の中にいると、空の色も、外の音も届かない。

 あるのは、決まった時間に鳴るチャイムと、

 定期的に響く足音と、

 どこか遠くから聞こえる機械の駆動音だけ。


 セラはベッドの上で膝を抱えた。

 腕に巻かれたバンドを、指でなぞる。


 【Se-06】


 白い布に刻まれたその文字が、じんわりと熱を帯びているような気がした。


 ――Se系列。

 ――Ra。

 ――Na。


 昨日の検査室で聞いた言葉の断片が、頭の奥で渦巻く。


「……Naが完成したら、どうなるのかな。」


 呟いてみても、答えてくれる人はいない。


 代わりに、他の部屋からかすかな声が聞こえてきた。


『Mi-03が、戻ってこないって……』

『嘘だよ、たまたま今日は別の部屋かもしれないじゃん……』

『でも、Mi-07も、その前のRaも……』


 耳を澄ますと、かすかなすすり泣きが混じる。


 Seの隣の部屋。

 Mi系列の子どもたちの声だ。


 番号の違う子たちとは、直接会ったことはない。

 けれど、壁越しに交わされるささやき声を、セラは何度も聞いてきた。


 ――誰かが検査に呼ばれて、

 ――そのまま、戻ってこない。


 それが、この場所の“当たり前”になりつつある。


「……戻ってくる、って言ったのに。」


 昨夜のセナの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 「歌ってて」「忘れないで」と言った彼女の声。


 セラは、胸の奥にたまったものを振り払うように、小さく息を吸った。


 喉が震える。

 声が掠れる。

 それでも、歌うことはやめなかった。


 ――ドでもレでもない始まりの音。

 二人で作った、小さな祈りの歌。


 今は一人で歌う。

 もう片方の声が、どこかで小さく重なってくれることを願いながら。


◇ ◇ ◇


 どれくらい時間が経ったのか。


 チャイムの音が昼を告げ、

 午後を告げ、

 セラの背中がじわりと汗ばみ始めた頃――


 鉄の扉が、再び開いた。


「Se-Na。」


挿絵(By みてみん)


 一緒に入ってきた白衣のスタッフの声と、

 その後ろでふらりと揺れる、小さな影。


「……セナ!」


 ベッドから飛び降りて駆け寄ると、セナは少し驚いたように瞬きをした。

 頬は少し青ざめている。

 唇も、いつもより血の気が薄い。


 それでも、ちゃんと笑った。


「ただいま、セラ。」


 その一言が、やけに遠くから聞こえる。


 セラは思わず、セナの手を掴んだ。

 腕には、セラと同じバンド。

 その少し上に、新しい針の跡がいくつか並んでいた。


「痛くない?」


「ちょっとだけ。

 でも、今日は“本番”じゃなかったんだって。」


 セナは、無理に明るい声を出した。

 スタッフが簡単な説明をする。


「機器の基準値が安定しなかった。

 本検査は延期だ。

 Se-NaもSe-06も、今夜は安静にしておけ。」


 セラの方には視線を向けもしない。

 扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。


 部屋の中に残されたのは、

 少し冷えた空気と、

 静かな呼吸だけ。


「……ねぇ、セナ。」


 ベッドに戻ったセナの隣に腰掛けて、セラはそっと覗き込んだ。


「怖くなかった?」


「うーん……ちょっとだけ。」


 セナは、天井を見ながら笑う。


「すごく明るくて、

 すごく冷たくて、

 すごく静かだった。」


「静か?」


「うん。

 機械の音はいっぱいしてるのに、

 人の声が、全然しないの。」


 セラは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「先生がね、言ってた。」

 セナは、ぽつりと続けた。

 「“Naが整えば、Se系列の価値は証明される”って。」


「……しょうめい?」


「わかんない。

 でも、その時の目が、ちょっと怖かった。」


 ラドクリフの横顔が、セラの頭に浮かぶ。

 昨日、検査室で見た、感情のない瞳。


 セナは、ふと横を向いた。


「ねぇ、セラ。」


「なに。」


「わたし、やっぱり、外に出られるかもしれない。」


 その言葉は、希望のようでいて、

 同時に刃物みたいに尖っていた。


「どこか、戦ってる人のところに行くのかも。

 “世界を救う光”になるんだって。」


 どこかで何度も聞かされた言葉を、

 そのままなぞるようにセナは言う。


 セラは、思わず声を荒げた。


「そんなの、いらない。」


 セナが目を瞬かせる。


「世界とか光とか、そんなのどうだっていい。

 わたしは、セナがここにいてくれたら、それでいい。」


 言ってしまってから、胸が熱くなった。

 涙がこぼれる前に、セラは顔を伏せる。


 セナは少しだけ黙ってから、ゆっくりと微笑んだ。


「……ありがとう。」


「なにが。」


「そう言ってくれるの、セラだけだもん。」


 その声は、少しだけ震えていた。


「みんな、“光になれるのはいいことだ”って言う。

 “世界を救えるなら立派だ”って。

 でもね……」


 セナは、握られたセラの手をぎゅっと握り返した。


「わたし、本当は――

 どこかの誰かじゃなくて、

 “ここにいる誰か”を守りたい。」


「……それ、セラ?」


「うん。

 たぶん、一番はセラ。」


 セラは、顔を上げることができなかった。

 胸の奥に、重い何かと一緒に、温かい何かがじわりと広がっていく。


「だったら……」


 かすれた声で言葉を継ぐ。


「だったら、わたしが守るよ。」


「セラが?」


「うん。

 セナが誰かを守りたいって思うなら、

 わたしはセナを守りたい。」


 言葉にしてみると、それは子供っぽく聞こえた。

 でも、今のセラには、それしか言えなかった。


「だから……」


 セラは、はっきりと言った。


「セナは、ここから出るんだよ。

 いつか、“その時”が来たら。」


 セナの瞳が、大きく揺れた。


「やだよ。

 セラを置いていけない。」


「置いていっていい。

 その代わり――」


 セラは、喉の奥に刺さった棘を飲み込む。


「その代わり、

 わたしたちみたいな子を、いつか助けて。」


 昨日、自分がセナに問われた言葉。

 「何がしたい?」と聞かれて、うまく答えられなかった自分。


 今なら、はっきり言える。


「セナが外に出られるなら、

 わたしの分まで、誰かを助けて。」


 セナは、言葉を失ったように口を開きかけて、

 ぎゅっと唇を噛んだ。


「そんな約束、できないよ。」


「どうして。」


「守れるかどうかわからないもん。」


「大丈夫。」


 今度は、セラが笑った。


「セナならできる。

 だって、わたしのこと、守ってくれたもん。」


 燃えた村で。

 泣いている自分の手を握って、「大丈夫」と繰り返してくれた少女。


 セラの中で、その記憶はぼやけている。

 けれど、その時に感じた温かさだけは、はっきり覚えていた。


「今度は、わたしの番。」


 セラは、はっきりとそう言った。


「ここから先は、わたしがセナを守る。

 いつか本当に“選ばれる日”が来たら――

その時、わたしが“セナの背中を押す役”になる。」


 セナの目に、光がたまる。

 涙かもしれない。

 でも、こぼれる前に、二人は同時に笑った。


「そんなの、ずるいよ。」


「ずるくていい。」


「ずるいよ、セラ。」


「じゃあ、おあいこ。」


 二人は、手を握ったまま、しばらく何も言わなかった。

 静寂が、二人を包み込む。


 ――この静けさが、いつか壊れると知っていても。


◇ ◇ ◇


 夜。


 照明が落とされ、部屋は薄暗くなっていた。

 鉄格子の向こうからは、月なのか照明なのか分からない白い光が少しだけ差し込んでいる。


 セナは、いつもより早く寝息を立てていた。

 疲れたのだろう。

 今日はきっと、いろんな機械につながれて、いろんな数字を取られたに違いない。


 セラは、隣のベッドからその寝顔を見つめた。

 青白い光の中で、セナの横顔はやけに細く見える。


 ――Na。

 ――完成予定。

 ――選別。


 ラドクリフの言葉。

 白衣たちの視線。

 どこかの部屋で消えていったMiやRaの子たち。


 全部が、ひとつの線につながっていく。


 セラは、そっとベッドから降りた。

 音を立てないように床に足をつけ、窓際に歩み寄る。


 鉄格子の冷たさに額を押し付けると、

 遠くで何かが爆ぜるような音が聞こえた気がした。


 戦場の音だ。

 この施設の外側で、誰かが戦っている。


「……誰か。」


 セラは、誰にともなく呟いた。


「わたしたちを助けて、なんて言わないから。」


 その代わりに、と心の中で続ける。


 ――どうか、“誰か”に気づいて。

 ――ここに、Seって呼ばれている子がいること。

 ――名前を奪われかけている子たちがいること。


 いつか出会うことになる死神の顔も、

 光を拾う少年の瞳も、

 未来を統べる少女の笑顔も、今のセラは知らない。


 それでも、どこかで“誰か”がこの歌を聞いてくれる気がした。


 セラは、小さく息を吸った。


 声を出すと、セナが起きてしまう。

 だから今日は、喉の奥でだけ歌う。


 ――ドでもレでもない始まりの音。

 心の中で鳴る旋律。


 その歌に、言葉がひとつ、ふたつ、重なっていく。


「セナ。」


 小さく名前を呼ぶ。


挿絵(By みてみん)


「わたし、決めたからね。」


 誰にも聞こえない声で宣言する。


「次に“選別の日”が来たら――

 わたしが、セナを外に出す。」


 扉が開いて、「Se-Na」と呼ばれた時。

 自分が先に一歩を踏み出すイメージを、何度も頭の中で繰り返す。


 ――わたしがNaだ、と言えばいい。

 ――番号なんて、誰でも言える。

 ――ラドクリフは、きっと「素材」としてしか見ていない。


 そこまで考えて、セラは小さく笑った。


「……うん。

 世界を救うとか、光になるとか、そんなの知らない。」


 鉄格子から額を離し、そっとベッドに戻る。

 セナの寝顔のすぐ近くに腰を下ろし、その髪に触れないよう慎重に布団を直す。


「わたしが守りたいのは、

 ここで笑ってくれるセナだけ。」


 それは、幼いわがままかもしれない。

 けれど、そのわがままがなければ、

 この場所で自分を保つことなどできなかった。


「だから、ちゃんと覚えててよ。」


 もう一度だけ、心の中で歌の出だしをなぞる。


「いつか本当に外に出られた時、

 セラって名前の子が隣で歌ってたこと。

 Se-06なんかじゃなくて、“セラ”だったってこと。」


 眠るセナのまつげが、かすかに震えた。

 夢の中で何かを聞いているのかもしれない。


 セラは、目を閉じた。


 闇の中で、歌が鳴る。

 選別の歌。

 祈りの歌。

 誰にも届かないかもしれない、小さな決意の歌。


 ――でも、いつか。


 この決意が、誰かの運命を変える日が来る。


 そのことを今のセラは、まだ知らない。


(第27話 了)

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