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最強のハンター、神の光を拾う。〜滅びゆく世界で俺はもう一度守りたい〜  作者: 蛮ニル
第2.5章 選別の歌

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【第25話 死神が見たもの】

挿絵(By みてみん)

 ――何度目の出撃だったか、もう覚えていない。


 砂塵と煙に満ちた戦場。

 焼けた鉄と血の匂いが、肺の奥に張りついて離れない。


「前線小隊、第三防衛ラインを維持しろ! 《世界救済団体》の機甲部隊が押し込んでくる!」


 怒号とともに、魔導砲の閃光が夜を裂いた。

 その中を、黒い外套の男がひとり駆ける。


 ルコール。

 当時はまだ“ハンター”ではなく、とある王国軍に所属するただの兵士だった。


 ただの――と呼ぶには、あまりに戦場に馴染みすぎていたが。


「ルコール! 右、抜けるぞ!」


 横を駆ける仲間が叫ぶ。

 ルコールは一瞬だけ視線を向けると、すぐに前へ跳んだ。


 飛来する砲弾。

 足元で爆ぜる土。

 吹き飛んだ鉄片を、掌で払いのけながら走る。


 その時、頭上で声が響いた。


『こちら作戦指揮官クロウ。前線各隊に告ぐ――新型兵器による突破を開始する。

 味方火線に注意しつつ、支援に回れ。』


 空気が、一瞬だけ冷えたように感じた。

 前線の兵士たちの視線が、一斉に後方へと向く。


「新型兵器、だと……?」


 ルコールの隣で、仲間がごくりと喉を鳴らす。

 彼も眉をひそめた。


 ――嫌な予感がした。


 後方の輸送車列が停止し、分厚い装甲ハッチが開いていく。

 蒸気が噴き出し、その中から“それ”は現れた。


 人間が、機械に埋め込まれている。


 片側だけ異様に肥大した腕。

 金属骨格と肉が溶接され、稼働音とともに蠢く脚。

 頭部の半分は鋼鉄の仮面で覆われ、残された片目だけがぎょろりと動いた。


 祈りの器――《ヴェッセル》。


 それが、この戦場に初めて投入された瞬間だった。


『第一プロトタイプ、投入。識別コード:V-01。

 ――対象区域へ向け、前進を開始。』


 通信越しの声が、やけに冷たく聞こえた。


 そして、ひとつだけでは終わらなかった。


 大きな影の後ろから、もう二体。

 ひとつはずんぐりとした重装型。

 もうひとつは、やけに小柄な影だった。


 子どもと変わらない背丈。

 それなのに、その足取りは機械のように正確で、揺らぎがない。


『V-02、V-03、全システム正常。

 前線防衛ラインに向けて進軍開始。』


 司令部からの報告が、無機質に重なる。


「おいおい……あれ、本当に“味方”かよ……」


 隣の兵士が、戦場よりも別のものに怯えた声を漏らす。

 ルコールは、口を結んだまま何も言わない。


 だが、胸の奥で同じ感情がうごめいた。

 ――あれは、兵器じゃない。

 これは、何かがおかしい。


 その違和感が形を成り切る前に、祈りの器たちが動いた。


 雷鳴のような駆動音。

 重装型が一歩踏み出すごとに、地面が揺れた。

 前面に展開された盾と装甲板が、敵弾を弾き飛ばしていく。


 小柄な機体は、逆に音もなく走った。

 砂煙の中を滑るように移動し、敵兵の背後に回り込む。

 振るわれた腕が、まるで玩具を壊すみたいに、人間の体をへし折った。


「っ……!」


 味方の誰かが吐き気を堪えるように声を上げた。

 それでも、クロウの声は冷静だった。


『前線各隊、祈りの器の後方で火力支援に徹しろ。

 敵の突破口は必ず開く。それまで死ぬな。』


 その声だけは、不思議と血臭い空気を切り裂いて届く。

 ルコールは一度目を閉じ、息を吐いた。


「――了解。死神の役目ってやつを、やってやるさ。」


 自嘲気味に呟き、地面を蹴る。

 祈りの器たちの後方に回り込み、その隙間から突き出した敵の槍を撃ち落とした。


 砲声、悲鳴、歪んだ金属音。

 戦場が、地獄の合唱のように鳴り響く。


 その中で、ルコールは気づいてしまった。


 祈りの器の胸部。

 装甲の隙間から見えた柔らかなもの――。

 薄い皮膚と、脈打つ血管。

 確かに、“人間の胸”がそこにあったのだ。


 その瞬間、頭のどこかが冷えた。


「……人だ。」


 自分でも驚くほど、淡々とした声だった。

 仲間の一人がこちらを振り向く。


「何か言ったか、ルコール!」


「いや……何でもねぇ。前見ろ、死ぬぞ。」


 そのくせ、内心では怒鳴り散らしていた。


 ――ふざけるな。

 ――どこまで堕ちる気だ、この戦争は。


 祈りの器が、敵陣に深く食い込んでいく。

 一撃ごとに、敵兵が吹き飛び、悲鳴が上がる。

 それは確かに戦果だった。

 だからこそ、最悪だった。


『前線全域――突破成功。死傷者、許容範囲。

 さすがだな、ルコール。まさに“死神”と言っても過言ではない。』


 クロウの声が、通信機越しに響く。

 誉め言葉のつもりなのだろう。

 だがその呼び名は、胸の奥のどこかを冷たく締めつけた。


「……勝手に墓石を彫るなよ、作戦屋。」


 舌打ち交じりに返しながらも、銃口は敵へ向いたまま。

 撃つ。殴る。斬る。

 生きるために、殺す。


 やがらくして、砲声が遠のき始めた。

 煙の向こうで、司令部からの撤収命令が下る。


『前線部隊、掃討完了。残骸の回収を開始せよ。

 祈りの器各ユニットは、運搬班の到着まで現位置で待機。

 素材は貴重だ。丁重に扱え。』


 素材。

 その言葉に、ルコールはゆっくりと振り返った。


 そこには、さっきまで暴れていた祈りの器の一体がいた。

 片膝をつき、稼働を停止している。

 装甲は砕け、内部から血と油が混じった液体が滴り落ちていた。


 ――近づくな、ルコール。

 頭のどこかがそう叫んでいたが、足は勝手に動いた。


 マスクの隙間から覗く唇が、かすかに震えた。


「……た、す……」


 聞こえた気がした。

 幻聴かもしれない。

 それでも、今にも消えそうなその声を、脳は確かに拾っていた。


挿絵(By みてみん)


 トドメを刺すために構えていた銃剣を、ルコールはほんの一瞬だけ止める。


 ――迷うな。

 ――こいつは兵器だ。

 ――このまま放っておいても苦しむだけだ。


「……悪ぃな。」


 刃が振り下ろされる。

 血と火花が飛び散り、祈りの器の片目が光を失った。


 その瞳に映っていたのは、最後まで“敵兵”ではなく、ただの男の顔だった。


 死神と呼ばれるようになったのは、この戦いの後からだった、と後に彼は思い返すことになる。


 だがその時のルコールには、そんな名前の由来を考える余裕もなかった。


 ――ただ、吐き気がするほどの疲労と、

 ――胸の奥にこびりついた違和感だけが、いつまでも消えなかった。


◇ ◇ ◇


 作戦終了報告と同時に、ルコールには召集命令が下った。

 司令部への出頭。

 表向きは“戦果の評価と聞き取り”という名目だ。


 だが、彼は知っている。

 評価と同じくらい、“監視”の意味もあることを。


 灰色の廊下。

 磨かれた床に、兵士たちの足音が規則正しく響く。


 開かれた扉の先は、作戦司令室だった。

 壁一面のモニター。

 複数の戦場と、その裏側がリアルタイムで映し出されている。


「ようこそ、ルコール軍曹。」


 背の高い男が、軽く笑って振り返った。

 銀灰色の短髪、赤銅色の瞳。

 まだ今より少し若い、クロウだった。


「……作戦通り、か。」


「お前のおかげでな。祈りの器の実戦データも十分に取れた。

 敵兵の損耗率、連中の士気低下。どれも期待以上だ。」


 ルコールは、返事をしなかった。

 目だけをモニターに向ける。


 そこに映っていたのは、戦場だけではない。


 白い部屋。

 無機質な壁と床。

 簡素なベッドが並ぶ、収容施設らしき一室。


 ベッドの端に、小さな影が座っていた。

 ぼさぼさの髪。痩せた肩。

 ――見覚えがある。


 数ヶ月前。

 焼けた村から救い出した避難民の中に、よく似た少女がいた。

 名前も、素性も知らない。

 それでも、泣きながら「ありがとう」と言った顔だけは、妙にはっきり覚えている。


「……避難民の収容区画か。」


 何気ないふりをして、ルコールは問いかけた。

 クロウは答えず、隣の男に視線を送る。


 白衣を着た、細身の男。

 細い眼鏡の奥で、冷えた瞳が光った。

 ――ラドクリフ。

 この時はまだ、ただの“軍医兼研究員”という肩書きだった。


「保護対象だよ。戦争で行き場をなくした者たちさ。」

 ラドクリフは淡々と言う。

「君も何人か、ここに送っただろう?」


「……ああ。」


 ルコールの視線が、モニターに釘付けになる。


 別の画面が切り替わる。

 今度は違う部屋。

 そこでも、小さな二つの影が並んで座っている。


 一人は、さっきの少女によく似た輪郭。

 もう一人は、それより少し背の低い子ども。

 二人で、何か小さな歌を口ずさんでいた。


 聞き取れないほど小さい声。

 だが、旋律だけは妙に耳に残る。


「……歌ってるのか。」


 思わず漏れた言葉に、ラドクリフが肩をすくめた。


「子どもは順応が早い。ここが“安全な場所”だと理解すれば、ああして日常を取り戻す。

 我々は彼らの“未来”を保障しているのさ。」


 未来。

 その言葉が、胃の底に鉛を落とした。


 別のモニターに切り替わる。


 鋼鉄の手術台。

 透明なカプセル。

 その中に、さっき戦場で破壊した祈りの器の“残骸”が横たわっていた。


 装甲を剥がされ、露出した胸郭。

 そこに確かに、人間の肋骨と心臓があった痕跡。

 機械と肉が、焼き固められたように融合している。


「素材の回収率はおおむね良好だ。」

 ラドクリフが、モニターの数値を指でなぞる。

「心肺と脳の保存も、次の実験に回せる程度には残った。

 次の個体では、もう少し拒絶反応を抑えたいところだね。」


 素材。

 個体。

 次の実験。


 その言葉が重ねられるたびに、ルコールの中で“何か”が音を立てて軋む。


「……戦場で壊れた兵器の中に、人の胸があった。」

 低い声で言うと、ラドクリフは振り向きもしない。


「当然だろう。祈りの器は、“人間を基盤にした兵器”だ。」


 あまりにも当然のことを告げるように言う。

 ルコールは、ほんの一瞬だけ言葉を失った。


「……いつからだ。」


「何が?」


「いつから、人を材料にするのが当たり前になった。」


 その問いに、ラドクリフは初めて目だけをルコールに向けた。

 そこには怒りも戸惑いもなく、ただ純粋な好奇心のようなものだけがあった。


「君は戦場にいる。人が死ぬのを日常的に見ている。

 ならば、彼らの“死”に意味を与えることが、そんなにおかしいかい?」


「意味、だと?」


「無価値に失われる命を、“神の兵器”へと昇華させる。

 私たちは世界を救うために、この人体実験を行っている。

 それが《世界救済団体》と我々軍部の共同計画だ。」


 その言葉は、まるで祈りのように滑らかだった。

 だからこそ、吐き気がするほど歪んで聞こえる。


 クロウが静かに口を開いた。


「ルコール。お前の力が必要だ。

 あの化け物じみた技量は、戦場を終わらせるために使うべきだ。」


「……それが、この計画の“先”だと言うのか。」


「そうだ。」

 クロウはわずかに視線を逸らし、モニターの別の画面を示した。


 そこには、先ほどの二人の少女が映っていた。

 今は歌をやめ、どこかを見上げるように目を閉じている。


 画面の隅に、小さな文字が浮かんでいた。


 【被験候補:Se-06】

 【被験候補:Se-Na】


 ルコールは、文字を読む前に視線をそらした。

 読んでしまえば、戻れなくなる気がしたからだ。


「……保護したはずの連中まで、素材にするつもりか。」


 絞り出すような声に、ラドクリフは淡々と答える。


「すべては選別だ。

 この世界に残すべき“光”と、“捨てるべき闇”を分けるためのね。」


 その瞬間、ルコールは理解した。

 自分が今いる場所は、戦場以上の地獄だということを。


 ――ここにいたら、いつか俺も“素材”にされる。


 そんな予感が、冗談には思えなかった。


◇ ◇ ◇


 司令室を出ると、廊下は妙に静かだった。

 さっきまでの戦場の喧噪が嘘のように感じる。


 歩き出そうとしたとき、かすかな音が耳に届いた。


 歌声。


 幼い。

 それでいて、不思議なくらい澄んだ声。

 二つの声が、互いに絡み合いながら響いていた。


 内容までは聞き取れない。

 それでも、旋律だけが心に残る。

 ドでもレでもない、不思議な始まり方をする、小さな祈りの歌。


「……やめろ。」


 誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。

 足が勝手に止まる。

 曲がり角の向こうから、笑い声が混じる。


「高い方、ちゃんと出てるよ、セラ。」

「セナの方が上手いよ。わたし、いつも遅れちゃうもん。」


 そんな、何でもない会話が聞こえた気がした。


 ルコールは、拳を握りしめた。

 角を曲がれば、その子たちの顔が見える。

 でも――今、それをする勇気はなかった。


 もし顔を覚えてしまったら。

 もし名前を知ってしまったら。

 自分はきっと、もう引き金を引けなくなる。


 戦場で、誰かを殺すたびに、あのモニターに映った“素材”の顔が重なる。

 そんな未来が、はっきりとイメージできてしまった。


「……悪いな。」


 誰に向けた謝罪なのかもわからないまま、ルコールは踵を返した。

 歌声は、なおも続いている。


 それは、いつか再び聞くことになる“光の残響”だった。

 セラとセナの歌。

 のちにフォティの中で、そしてミラの中で、形を変えて鳴り続ける旋律。


 だがこの時のルコールは、それを知らない。

 ただ、胸の奥に苦い棘が刺さったような違和感だけを抱えながら、軍の廊下を歩き去っていった。


 ――この場所から離れなければならない。

 漠然とした確信だけが、その歩みを前へと押し出していた。


(第25話 了)

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祈りの器という神への冒涜にしては何とも皮肉なネーミングがね……
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