【第24話 呼ぶ声】
――静寂が、降りていた。
塔の最深部。
そこは、まるで巨大な心臓の中のようだった。
壁一面を走る管と、血管のように脈打つ光。
淡い白光が息をするように瞬き、機械でありながら“生きている”ように見えた。
フォティは息を詰め、立ち止まった。
胸の奥が熱い。
誰かが、呼んでいる。
光の奥から――やさしく、痛いほど懐かしく。
「ルコ兄……この先だ。」
ルコールは無言で頷き、銃剣アッシュフォールを構えた。
厚い扉の中央には、光の瞳の紋章が刻まれている。
その下に、焼け焦げた文字が残っていた。
《Project Seraph – Sequence:M07》
「……セラフ……ナンバーセブン。」
ルコールが低く読み上げた。
その音が、胸の奥をえぐるように響く。
セナ。
かつて名付けた少女の名――その響きの中に、確かに“07”の残滓がある。
「やっぱり……ここで、“光”は奪われたんだな。」
ルコールの声は怒りに震えていた。
あの日、腕の中で――“息を引き取ったはず”の少女。
“セラフNo.07”――教団が神に近づこうとした実験の、犠牲者。
「開ける。」
短く告げ、制御盤を銃剣で叩き割る。
火花が散り、重い扉が軋みながら開いた。
――白い光。
まるで世界が息を吹き返すように、室内が照らされた。
その中央、冷却液に満たされた透明のカプセル。
中には、ひとりの少女が眠っていた。
白金の髪。淡金の瞳。
その腕には布タグが巻かれ、黒い文字で記されていた。
《MIRA LUMIÈRE》
その名を目にした瞬間、フォティの胸が跳ねた。
まるで光が心臓を撃ち抜いたように、
息が詰まり、言葉が出なかった。
知らないはずの少女。
なのに、懐かしくて、苦しいほど愛おしい。
「……綺麗だ。」
思わず漏れた言葉に、ルコールが横目をやる。
「お前……目が溶けてんぞ。」
「ち、違います! そういうんじゃ――!」
必死に否定するフォティ。
だが顔は真っ赤で、言葉は空気に消えた。
ルコールは鼻で笑い、
銃剣の柄でカプセルを叩き割る。
冷却液が流れ出し、少女の身体が静かに浮き上がる。
「坊主、下がってろ。熱が残ってる。」
その声とともに、ルコールが少女を抱き上げた。
軽い。あまりにも軽い。
それでも彼の腕には、確かな温もりが伝わる。
フォティはその姿を見つめながら、
胸の奥に湧き上がる焦燥を噛み殺した。
(……本当は、僕が抱き上げたかった。)
だが、足が動かなかった。
この光景を壊したくなかった。
彼女を“神の器”じゃなく、“ひとりの女の子”として見てしまったから。
「行くぞ。塔が沈む。」
ルコールの声が現実に引き戻す。
警告灯が赤く点滅し、機械音が空間を満たした。
フォティが慌てて走り出す。
周囲の壁が崩れ、警報が鳴り響く。
「ルコ兄っ! 壁が……光が怒ってる!!」
「離れろ、坊主!」
金属の腕が飛び出し、ルコールが少女を庇って斬り裂く。
フォティは咄嗟に両手をかざし、光の防壁を展開した。
柔らかな光が空間を包み、衝撃を相殺する。
その光の色は――まるでセナの微笑みのようだった。
「バルド! 応答しろ! 迎えを寄越せ!」
『了解だ、死神。だが塔が沈み始めてる! 急げ!』
崩落。轟音。塔全体が軋む。
ルコールが少女を担ぎ直し、フォティが先導するように走った。
上層から差し込む風。開くハッチ。
バルドが片腕を伸ばし、叫ぶ。
「飛び込めッ、死神! 坊主もだ!」
フォティは振り返る。
ルコールの腕の中で眠る少女――ミラの横顔を見て、息を呑む。
その唇が微かに動いた。
「……ひかり……おにいちゃん……?」
その一言が、フォティの胸を貫いた。
セナの声と重なる。
そして違う。
それでも、涙がこぼれた。
「僕は……フォティ。君を助けに来たんだ。」
ルコールがミラを抱いたまま跳び込み、
フォティがその後を追って滑り込む。
バルドが操縦桿を引き、機体が急上昇した。
「嬢ちゃんは……ハズレだったか。」
操縦席でバルドが苦く呟く。
ルコールは何も言わなかった。
フォティだけが、少女を見つめて首を振った。
「……違うよ、バル爺。
この子は“間違い”なんかじゃない。」
塔が崩れ、光が空へと昇る。
その輝きの中で、フォティの腕の中の少女が再び目を開けた。
その瞳の奥――微かに、セナと同じ“光の記憶”が揺れていた。
「……大丈夫。僕が守るよ。」
ルコールはハッチ越しに塔を見下ろした。
光が消えゆく中、確かにひとつの残滓が輝いていた。
セナの魂が、まだそこにいるように。
「……見てろ、セナ。
お前の光は、また“誰か”を動かしてる。」
――その言葉を吐いた瞬間、
脳裏に焼き付いた“あの夜”の雨音が甦る。
銃声。警報。雨。
焼け焦げた研究棟の扉を蹴破り、
ルコールはひとりの少女を抱えて走っていた。
「……こわい……でも、ひかってる……」
かすれた声。
その腕の中の少女――セラ。
白い布切れを握りしめ、震えながらも笑っていた。
「大丈夫だ。空を見ろ、夜でも光ってる。」
雨に濡れたその笑顔が、
いつまでも消えなかった。
――そうだ、俺はあの時からずっと、
“光”に導かれて生きてる。
ルコールは目を閉じ、
風の中で小さく呟いた。
「……セラ、セナ、ミラ。
次は……きっと、終わらせねぇ。」
スカイハウルが夜明けの雲を抜け、
空の彼方へと消えていった。
(第24話 了)
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