【第22話 降下作戦】
――警告音が、夜明け前の格納庫に鳴り響いた。
《警告:クロウギア温度限界 臨界域突破》
スカイハウルの整備区画。
焼け焦げた両腕の外骨格が鈍く光を失い、冷却蒸気すら上がらない。
ルコールの両腕に装着されたクロウギアは、真紅に灼けて沈黙していた。
「おい死神! 動くな、腕が吹き飛ぶぞ!」
バルドの怒号が響く。
「両腕の回路、オーバーヒートだ! 冷却系が完全に死んでる!」
ルコールは息を吐き、焦げた金属を見下ろした。
表面は歪み、装甲の継ぎ目から赤い光が漏れている。
それでも彼の声は静かだった。
「……まだ燃えてやがるか。まったく、しぶとい機械だ。」
パネルの表示は真っ赤に点滅していた。
《出力系統過熱 / 強制停止中》
フォティは唇を噛みながら、焦げた外装を見つめた。
融けかけた導線が火花を散らし、
まるで“痛みに耐えている”ように見えた。
「……泣いてるみたいだ。」
「坊主、触るな!」
バルドの声が飛ぶより早く、フォティは一歩踏み出していた。
彼の指先が、赤熱した装甲にそっと触れる。
瞬間――青い光が走る。
光は導線を伝い、金属の奥へ染み込むように流れ込んでいった。
《システム再起動開始 冷却モード稼働》
カチリ、と小さな音。
次の瞬間、クロウギアの排熱弁が開き、
白い蒸気が静かに噴き出した。
高温の空気が吹き抜け、
赤熱していた装甲が徐々に沈静していく。
「……ったく、燃費の悪ぃ骨董品だ。」
バルドが苦笑しながら肩をすくめた。
だが次の瞬間、計器の警告色が一転する。
真っ赤だったメーターが一斉に緑へと変わった。
《エネルギー残量 100% / 温度安定》
「……は? おい、死神、見ろよこれ。」
バルドが目を疑い、思わず計器を叩いた。
「フルチャージ? 何の冗談だ、さっきまで空っぽだったぞ。」
ルコールは眉をひそめ、右腕をゆっくりと握る。
掌の内部から、低い駆動音が戻り始めていた。
「……蘇ったな。」
フォティは小さく笑い、光の消えた掌を見つめた。
「……あったかかった。まだ、生きてたんだ。」
――そして、雲を抜けた先に戦場があった。
眼下に広がるのは黒焦げの平原と、
その中央にそびえる巨大な建造物。
鋼鉄と石を組み合わせた異形の要塞。
かつて《世界救済団体》第七支部と呼ばれた研究区画だ。
「……静かすぎる。」
操縦席のバルドが呟いた。
モニターに映る映像には、煙すら立ち上っていない。
まるで全てが“終わった後”のような、不気味な静寂。
「第七支部は完全に封鎖されてる。
残存エネルギー反応は……一箇所だけ。」
フォティが目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。
その小さな身体から、淡い光がわずかに漏れた。
「感じるか。」
ルコールが短く問う。
「うん……“呼ばれてる”。あの奥だ。
でも、なんか違う。セナの光じゃない……。」
フォティの声がかすかに震えた。
ルコールは銃剣アッシュフォールを握り直す。
「どのみち行くしかねぇ。」
スカイハウルの側面ハッチが開いた。
強風が吹き込み、砂と灰が舞う。
外は夜明け前――地平線の向こうで雷雲がまだ光っている。
「降下ルート、風速安定。
ただし……敵影反応、複数。」
バルドが低く言った。
「死神、先に行け。俺が空で援護する。」
「了解。」
ルコールは一言だけ残し、背の外套を翻した。
黒い影が風を切り、空へと溶けるように落ちていく。
「……ルコ兄……!」
フォティが思わず立ち上がる。
バルドが片手を伸ばし、制止した。
「やめとけ、坊主。お前には無理だ。地上まで持たねぇ。」
だが、フォティは首を振った。
目に宿る光は、恐怖ではなく“確信”だった。
「……大丈夫。いけそうなんだ。」
その瞬間、彼の足元で淡い光が広がる。
空気が震え、重力がふっと軽くなった。
フォティの身体が――浮いた。
ほんの2秒。
それでも確かに、彼は“空中に留まっていた”。
「お、おい……今、浮かなかったか!?」
バルドが目を見開く。
フォティはそのまま光の尾を残し、風に乗って飛び出した。
夜明けの空へ、光が駆け抜けた。
「坊主ゥ! いけそうって、そういう意味だったのかよッ!」
バルドの叫びが、風にかき消される。
ルコールは下方で戦闘態勢に入りながら、
頭上を掠めた光の影に一瞬だけ目を奪われた。
「……なんだ今の。」
地上。
焼けた土の上に、フォティが着地した。
膝をつきながらも、しっかりと立っていた。
呼吸が荒い。汗が額を伝う。
それでも、その瞳はまっすぐだった。
「ルコ兄……僕、来たよ。」
ルコールがため息をつき、肩をすくめる。
「勝手な真似しやがって……だが、よくやった。」
その瞬間、地面が震えた。
金属音――地下から何かがせり上がる。
瓦礫を突き破って現れたのは、
半分が人間、半分が機械の兵士たち。
――第一世代《祈りの器ヴェッセル》。
「……来やがったな。」
ルコールが銃剣を構える。
フォティの周囲に、再び淡い光が揺らめく。
祈りの器たちは無言のまま、ゆっくりと剣を構えた。
その胸部には白金の紋章――《世界救済団体》の象徴。
「行くぞ、フォティ。」
「うん……!」
閃光と銃声が交錯する。
ルコールの銃剣が金属を貫き、
フォティの光弾が空を裂いた。
祈りの器たちは数で押してくる。
その全てが、どこか“悲しげな”瞳をしていた。
「……壊したくねぇもんだな。」
ルコールが歯を食いしばりながら呟く。
だが、その手は止まらない。
銃剣が唸りを上げ、再び光が走る。
戦いの中、フォティが何かを感じ取った。
要塞の奥――地下深くに、微かに“人の光”がある。
「ルコ兄! あの奥だ! 誰かが――!」
「行くぞ。」
戦場を駆け抜け、二人は瓦礫の中へと突き進んだ。
朝焼けが空を染め始め、崩れかけた塔が光を反射する。
スカイハウルの上空で、バルドが苦笑した。
「……ったく、血は繋がっちゃいねぇが、
兄貴に似てやがる。」
(第22話 了)
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