【第21話 雷雲の影】
――雷鳴が、空を裂いた。
スカイハウルは乱気流の中で激しく揺れた。
視界のほとんどが白光と黒雲に覆われ、
前方のセンサーは次々と警告を吐き出す。
「くそっ……視界ゼロだ!」
バルドが操縦桿を押し込み、体をシートに預けた。
外では、雷が機体を舐めるように走っている。
「ルコ兄……大丈夫なの?」
フォティの声は震えていた。
雲の向こう――黒い外套の影が、確かに見えた気がした。
「外にいるんだ、あの死神は。」
バルドが低く呟いた。
「空の雷を切り裂いて、俺たちに道を開けてる。」
次の瞬間、視界の中に閃光が走った。
まるで雷そのものを斬り裂くような光。
轟音が遅れて届く。
雲の中を滑る影――外套クロスシェードが、
雷を反射して黒い翼のように広がっていた。
その腕には、青白い光を帯びたクロウギアが脈動している。
推進孔が唸り、掌から白い蒸気が吹き上がった。
金属と神経が共鳴し、衝撃のたびに火花が散る。
ルコールの視界に、内蔵モニタが点滅した。
〈エネルギー残量 84%〉――出撃直後の表示。
だが雷の渦の中に入るたび、出力警告が瞬く。
〈残量 68%〉→〈52%〉→〈41%〉……
熱が上昇するたび、脳の奥に鈍い痛みが走った。
「……まだ動くのかよ、あの腕!」
バルドの目が見開かれる。
「死神の玩具じゃねぇ、空の悪魔だ……!」
フォティは息を呑む。
「……あれ、本当に……落ちながら、戦ってる……」
口にしてみても、信じられなかった。
けれど確かに、雷の中のその影は――空を斬っていた。
ルコールは雲を裂きながら敵群の中央へ突入した。
クロウギアの拳が唸りを上げ、
目標の一機を正面から叩き潰す。
**衝撃。**
次の瞬間、掌底の推進孔が反動を噴き出した。
その力で彼の身体は逆風を蹴り、
拳の軌道をそのまま推進力に変えて次の敵へ跳躍する。
雷と爆炎の中で、彼は殴り抜けながら飛ぶ。
打撃が衝撃波を生み、空を裂くたびに雷が呼応した。
まるで空そのものが、彼の拳に導かれているようだった。
〈残量 28%〉
モニタの警告が赤く点滅する。
神経に焼けるような痛みが走ったが、止まらなかった。
「見たか、坊主……あれが“クロウギア”だ。
殴って飛び、飛びながら殴る……常識の外だ。」
バルドが息を呑む。
フォティの瞳が雷光を映す。
ルコールの姿は、まるで空の閃光そのものだった。
機体の前方に、いくつもの赤い光が点滅する。
円盤状の自動防衛砲台――教団の無人防衛群。
雷雲の中で不気味に浮かび、無数の光弾を放ち始めた。
「死神、前方防衛陣展開! 数十機はいるぞ!」
応答はなかった。
代わりに、雲の中で幾つもの閃光が走る。
一機、また一機と《アーク・エイド》が爆ぜ、光の中に消えていった。
〈残量 19%〉
クロウギアが悲鳴のような駆動音を上げた。
ルコールの右腕から煙が立ち、導線が火花を散らす。
「……持てよ、まだ墜ちるわけにはいかねぇ。」
滑空しながら、銃剣アッシュフォールを構える。
クロウギアが閃き、推進噴射が雷を引き裂いた。
**アッシュフォールによる刺突が雷鳴と同時に砲台の中心を貫く。**
爆炎と衝撃が空を満たす。
スカイハウルが揺れ、フォティが座席にしがみつく。
バルドがスロットルを押し込み、機体を急上昇させた。
「死神、通路開いた! 戻ってこい!」
返事はなかった。
だが雲の裂け目から、一条の光が走る。
それはまるで、死神の軌跡そのものだった。
次の瞬間、ハッチの外から黒い影が滑り込み、
床を転がるようにしてルコールが着地した。
クロウギアの表面から白い蒸気が吹き出し、
焦げた外套が微かに燻る。
モニタが消えた。〈残量 0%〉
ルコールは焼け焦げた腕を見下ろし、息を吐いた。
「……ったく、相変わらずこの骨董品は燃費が悪りぃな。」
バルドが吹き出す。
「お前の腕が燃えてんだ、兵装のせいにすんな!」
ルコールは苦笑しながら、クロウギアの冷却弁を開く。
白い蒸気が勢いよく吹き出し、格納区画に霧が立ちこめた。
「バルド、クロウギア対応のエネルギーカートリッジ……まだ残ってたか?」
操縦席の奥からバルドの怒鳴り声が返る。
「そんなもん積んでるわけねぇだろ! 二十年前に廃棄された規格だ!」
「……だろうな。」
ルコールは苦笑し、焦げた装甲を軽く叩いた。
「じゃあ、次も“素手”でやるしかねぇ。」
「やめろ! 船ごと落とす気か、死神!」
バルドの叫びに、フォティが笑いをこらえる。
「……心配すんな。ちょっと、焼けただけだ。」
ルコールは笑い、蒸気を吹くクロウギアを軽く振った。
金属の節が軋みながらも、まだ光を宿している。
「……まだ焼けるな。」
低く呟く声に、バルドが目を細めた。
スカイハウルは雲を抜け、下方に広がる黒い大地が姿を現す。
「ここからが本番だ。」
ルコールの声が低く響く。
「“第七支部跡”――教団の巣だ。」
雷鳴が遠ざかり、朝日が雲の切れ間から覗いた。
フォティは胸の光の残滓を感じながら、静かに呟く。
「……行こう、ルコ兄。セナを……取り戻すんだ。」
その言葉に、ルコールの胸が僅かに軋んだ。
――本当は、俺が言うべき台詞だ。
だが今、それを口にした少年の声が、
誰よりも強く響いていた。
(第21話 了)
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