【第20話 進軍の空】
――夜明け前。
数日前に墜落した空挺スカイハウルは、奇跡的に機体を保っていた。
推進炉と翼の一部を失いながらも、バルドとルコールが昼夜問わず修理を重ね、
ようやく再び“飛べる”状態に戻ったのだ。
金属の軋む音が、格納庫に響く。
油の匂いと、熱を帯びた空気。
ルコールは黙って機体の腹部を覗き込み、レンチを投げた。
それを片手で受け取ったのは、整備服姿のバルドだった。
「……お前、よくこんなガラクタを飛ばす気になったな。」
「ガラクタじゃねぇ、“スカイハウル様”だ。」
バルドが笑いながらボルトを締める。
「こいつが空を嫌う日が来たら、俺が先に墓に入ってる。」
「冗談言うな。お前は悪運が強ぇ。」
「お互い様だ、死神。」
フォティは少し離れた作業台で、工具を手にしていた。
袖をまくった腕には油の跡。
「このケーブル、ここで合ってますか?」と尋ねると、
バルドが顎で示す。
「おう、そこは燃料ラインだ。触ると死ぬぞ。」
「ひ、人が怖がること言わないでください!」
「ははっ、反応が若ぇなぁ。」
バルドの笑い声が響く。
ルコールが肩をすくめて工具を受け取った。
「バル爺、意地悪すぎですよ。」
「誰がバル爺だこのクソ坊主! 命預ける操縦士を爺呼ばわりすんな!」
格納庫に笑いが広がる。
フォティは困ったように笑い、工具を拭き取った。
けれどその表情の奥に、決意が宿っている。
ルコールは黙って、整備台の隅に置かれた黒鉄の外骨格へと歩み寄った。
埃を払うと、掌の推進孔が淡く光る。
――クロウギア。
かつて戦線で試験的に導入され、装着者を焼いた“呪われた兵装”。
ルコールは短く息を吐き、右腕にそれを装着した。
金属が神経に食い込み、青い導線が脈を打つ。
外套と共鳴し、微かな唸りを上げた。
「……反応炉、始動。」
低く呟き、拳を握る。掌の推進孔が蒼白く点灯し、微かに熱を帯びる。
焦げた匂いが立ち上り、神経が焼けるような痛みが走った。
だが、ルコールの表情は動かない。
――かつて同じ装備で仲間を失った、あの夜の痛み。
それでも、彼はその記憶を焼き払うように冷静に呟いた。
「動作確認、問題なし。」
「……まだ持ってたのかよ。」
バルドが煙草を噛みしめ、目を細める。
「昔の骨董品を引っ張り出してどうするつもりだ。まさか空でも――また“死神”をやろうってのかい。」
ルコールは肩越しに短く答えた。
「俺が死神をやるのは……誰かが空を飛ぶためだ。」
バルドは苦笑し、煙を吐いた。
「……変わらねぇな、お前は。」
「……行くんですね。」
「ああ。」
ルコールは外套を羽織り、背中の銃剣を確かめた。
外套クロスシェードの裾が微かに揺れる。
裏地に織り込まれた反重力繊維が、風を拾うたび低く唸った。
――あれは落下制御用の軍用外套。
ルコールはそれを“翼”のように扱える。
「教団の空路拠点――“第七支部跡”へ。行くぞ。」
整備灯の光がスカイハウルの側面を照らす。
バルドがタラップを上りながら機体を軽く叩いた。
「――起きろ、空の亡霊ども。戦場が呼んでる。」
低い唸りとともに、エンジンが点火。
フォティが目を見開く。
金属の羽が回転を始め、格納庫の扉がゆっくり開く。
空は鉛色の曇天。
東の地平で雷が光った。
操縦席に座るバルドが声を張る。
「全員着席! 離陸すんぞ!」
フォティが隣の補助席に滑り込む。
「本当に飛べるんですか、これ!」
「飛ばすんだよ、坊主! 飛ばねぇ空なんて存在しねぇ!」
スカイハウルが跳ねるように浮き上がる。
外の風が、焼けた鉄の匂いをさらっていく。
ルコールは腕を組み、静かに呟いた。
「……あの方角だな。」
「報告じゃ、雲の下。生体輸送の中継拠点らしい。」
バルドの義眼が蒼く光り、計器に反射する。
「“第七支部跡”って名前は飾りだ。中身は実験区画だぜ。」
「セナも……そこに?」
フォティの声が揺れる。
ルコールは静かに答えた。
「まだわからねぇ。だが――掴む。」
その言葉に、フォティは頷き、拳を握る。
胸の奥で、あの光が再び脈を打った。
「僕は……逃げません。」
「言うじゃねぇか、光の坊主。」
バルドが煙草を咥え、火打ち石を鳴らす。
「らしくなってきたじゃねぇか。」
その時、警告音が鳴った。
「死神、乱気流だ。前方、雷雲!」
「防衛網か。」
ルコールの目が鋭く光る。
「バルド、高度を下げろ。」
「言われなくてもやってる!」
スカイハウルが雲を裂き、雷の中へ突入する。
稲光が翼を照らし、空気が震えた。
「――無茶すんなよ、死神。」
「無茶しなきゃ届かねぇ。」
ルコールは背中の銃剣を構え、ハッチへ歩く。
フォティが息を呑む。
「ルコ兄!?」
「黙ってろ、坊主。こっから先は、地獄だ。」
ハッチが開く。
白い閃光が流れ込み、外套クロスシェードが風を掴んだ。
まるで黒い翼のように広がる。
ルコールが振り返り、片目を細めて笑う。
「――“飛んでいるんじゃない。堕ちながら、道を開いてるんだ。”」
その言葉の意味を、フォティは理解できなかった。
けれど胸の奥で、何かが確かに震えた。
まるで、自分もその空を飛べるような気がして。
次の瞬間、ルコールは飛び出した。
雷光が刃を照らす。
クロスシェードの翼が滑空軌道を描き、雷雲を斬り裂く。
フォティの瞳がそれを追い、呟く。
「……“飛んでるんじゃない。
――落ちながら、進んでるんだ。”」
バルドが低く笑い、スロットルを押し込む。
「行けよ、死神。空はまだお前を待ってる。」
スカイハウルが雷鳴を裂いて飛ぶ。
暗雲の彼方に、確かな光が走った。
それはまるで――希望の形をしていた。
(第20話 了)
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