【第11話 光の記憶】
今日はあと1話投稿できるかどうか…でしょう。
※2026/01/12 イラストを更新しました
【第11話 光の記憶】
――風の匂いが変わっていた。
焦げた木と鉄と血の匂いが混ざり、空気そのものが重い。
森を抜けたルコールは、遠くに黒い煙を見た。
胸の奥で、何かがざらりと動く。
「……まさか。」
丘を越えた瞬間、息を呑んだ。
かつて孤児院があった場所。そこに建物の影はもうない。
地面は融け、土はガラスのように光り、中心だけが丸くえぐれている。
足を踏み出すたびに、灰が舞い上がる。
外套の裾が焼けた土をはらい、熱風が頬を焼く。
銃剣の金属がかすかに軋む。
「……全部、消し飛んでやがる。」
崩れた瓦礫の間を抜け、地面を蹴る。
焦げた匂いの中に、かすかな冷気――地下の気配だ。
瓦礫の下、鉄のハッチが半ば埋もれていた。
ルコールは片膝をつき、埃を払い、焼けた金具を掴む。
変形した取っ手を力任せに引き上げると、冷たい空気が吹き上がった。
暗闇の中に、かすかな光。
壁のランプがまだ息をしていた。
「……よくやったな、セナ。」
薄暗い地下。壁際に丸まった子どもたちの影。
十人ほどが互いに抱き合い、浅い眠りの中にいた。
その中に、セナもフォティもいない。
ルコールは安堵と同時に鈍い痛みを覚えた。
幼い子どもの肩に手を置くと、その子は怯えて目を開けた。
「もう大丈夫だ。外は……片付いた。」
震える声が返る。
「……セナおねえちゃんが……おにいちゃんを……おいていったの。
でも、まぶしいひかりが、したからうえにのぼって……
おにいちゃん、てをのばして……とけちゃったの。
そしたら……ふたりともいなくなったの。」
ルコールは黙って聞いた。
子どもの言葉は拙いが、嘘ではないと分かった。
彼は立ち上がり、ハッチの裏を指でなぞる。
金属が歪み、内側から溶けたような跡がある。
「……下から光がのぼった……か。」
小さく呟き、階段を見上げる。
熱が残る空気を吸い込み、ハッチを閉めた。
「ここにいろ。夜が明けたら迎えを寄越す。」
静かに扉を閉じ、地上へ戻る。
――熱。
空は赤く、風は焼けた砂の匂い。
建物の跡を踏みながら歩くと、地面にひと筋の裂け目が見えた。
外からではない。内側から膨張して破裂したような痕。
その縁が、淡い青で脈を打っている。
「……逃げたんじゃねぇ。出たんだな。」
ルコールは屈み込み、融けた線を指でなぞった。
指先に触れたのは、焦げたガラス片のようなもの。
けれど、その奥で青い光がわずかに脈を打つ。
――セナが胸に下げていたペンダントの破片だ。攫われた衝撃で砕けたのだろう。
見覚えのある光。
森で自分を救った“あの光”と同じ色だった。
「……まさか、あのガキが。」
信じたくはない。だが、焦土の温度が何よりの証拠だ。
人間の手で起きたものじゃない。
ルコールの拳がゆっくりと震えた。
だが、掌の上の光は、まだ脈を打っている。
まるで、生きているように。
「……違うな。」
拳を開く。光が柔らかく広がった。
ルコールは息を吐き、外套のポケットに欠片を滑り込ませる。
「もしこの光が、世界を焼く日が来るなら――」
風が止む。青い粒子が空へ昇る。
遠く、東の空に淡い光の線が見えた。
「――その時は俺が撃ち抜く。だが今は、信じてやる。」
ルコールは外套を翻し、焦げた大地を離れた。
背後で灰が舞い、青い火が一瞬だけ灯った。
(第11話 了)
よろしければ、評価と気に入っていただければブックマークをお願いします。
執筆の励みになります。




