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最強のハンター、神の光を拾う。〜滅びゆく世界で俺はもう一度守りたい〜  作者: 蛮ニル
第4章 合理の名で壊れるもの

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【第103話 折れない者の折れる音】

挿絵(By みてみん)

 白い翼が、室内の空気を裂いた。


 羽ばたきは静かだ。

 だが圧は重い。


 呼吸が浅くなる。

 肺が押し潰されるような感覚が、じわじわと喉元まで這い上がってくる。


 目の前の存在は、戦場で見たどの魔物とも違う。


 ――完成しすぎている。


 “救い”の形をしているのに、

 その形のまま人を殺せるように作られている。


◇ ◇ ◇


 ルコールは動かなかった。


 動けないわけではない。

 動かない。


 斬れる距離だ。

 撃てる距離だ。

 壊せる距離だ。


 だが、斬った瞬間に終わる。


 セナが。


 そのまま。


 あの声も、あの笑みも、

 孤児院の木漏れ日も、

 全部、ここで断ち切ってしまう。


◇ ◇ ◇


 白金の光が収束する。


 次の一撃は逸れない。


 制御が整っていく。

 兵器として完成していく。


 “抗う意識”が薄くなるほど、

 攻撃は正確になっていく。


 その事実が、何より残酷だった。


◇ ◇ ◇


 歴戦の死神。


 そう呼ばれた。


 死に慣れている男。

 殺しに迷わない男。


 勝つために生きる男。


 敵の命を奪うたびに、判断が冴えていく男。


 ――その男が今、立ち尽くしている。


◇ ◇ ◇


 白金の光が放たれる。


 ルコールは避ける。


 床が溶ける。

 壁が飴のように崩れる。


 爆発ではない。

 破壊でもない。


 融解。


 世界が“形を保てなくなる”種類の攻撃。


 避けても避けても、

 空間そのものが削り取られていく。


◇ ◇ ◇


 外套クロスシェードが焦げる。


 腕に熱が走る。

 皮膚が裂け、血が滲む。


 その痛みは、慣れている。


 痛みは武器になる。

 痛みは集中を助ける。


 そうやって生きてきた。


 だが――


 胸の奥の痛みは、慣れていなかった。


◇ ◇ ◇


「……やめろ」


 声が出た。


 戦場では、出なかった種類の声だ。


 命令でもない。

 威圧でもない。

 作戦でもない。


 ただの、願い。


◇ ◇ ◇


 白い翼が揺れる。


 セナの瞳は冷たい。

 白金の光が、奥まで満ちている。


 だが、その奥底で、


 ほんの一瞬だけ、

 揺れた。


 氷の表面に走る、細い亀裂のように。


◇ ◇ ◇


挿絵(By みてみん)


 ルコールは理解する。


 助けられない。


 今の自分では。


 壊せば消える。

 奪えば崩れる。

 時間をかければ、完全に怪物になる。


 ――詰みだ。


 戦術的に。

 感情的に。

 生き方として。


 全部が。


◇ ◇ ◇


 光が迫る。


 避けるべきだ。

 避けられる。


 だが身体が動かないのではない。


 動かさない。


 ほんの一瞬。


(……もう、いいか)


 思ってしまう。


 このまま撃ち抜かれてもいい。


 セナの手で終わるなら。


 それも――悪くない。


◇ ◇ ◇


 心が疲れていた。


 何年も狩り続けた。

 何年も殺し続けた。


 救えなかった者の数は数えない。


 数えたら、立てなくなるからだ。


 だが今は数えてしまう。


 セラ。

 セナ。

 守れなかった光。


 拾えなかった命。


 自分の手から零れたもの。


◇ ◇ ◇


 白金の光が、目の前で弾けた。


 衝撃。


 身体が宙に浮き、

 壁に叩きつけられる。


 骨が軋む。

 血の味が口に広がる。


 視界が滲む。


 白い天井が遠い。


◇ ◇ ◇


 セナが浮いている。


 神話のように美しい。


 だからこそ、残酷だ。


 人間の形を残したまま、

 人間を殺せるように作られている。


 “帰りたい”と願った結果が、

 この姿なら――


 救いは、どこにある。


◇ ◇ ◇


 ルコールの内側で、

 何かが沈んでいく。


 怒りもない。

 焦りもない。

 殺意もない。


 ただ、疲労。


 長い戦いの終わりみたいな疲労。


 そして――


 虚無。


◇ ◇ ◇


(終わりでいい)


 ほんの一瞬。


 考えた。


 誰にも言わない。

 自分にも言わない。


 ただ、そう思った。


 セナの手で終わるなら、

 自分が背負ってきたものも、

 ここで片付くかもしれない。


 救えないまま終わるなら、

 せめて終わり方くらいは選べる。


 そんな逃げが、

 胸の奥に浮かぶ。


◇ ◇ ◇


 そのとき。


 音が消えた。


◇ ◇ ◇


 室内の照明が、わずかに揺らぐ。


 セナの翼が、一瞬だけ止まる。


 白金の光が乱れる。


 そして――


 懐かしい気配が、頭の奥へ落ちてきた。


(……だめだよ)


 柔らかい声。


 幼い声。


(兵隊さん)


◇ ◇ ◇


 ルコールの瞳が、わずかに開く。


 ありえない。


 ここにはいないはずだ。


 消えたはずだ。


 あの光は。


◇ ◇ ◇


 セラ。


 青い髪の少女。


 冷却槽の中で眠り続けた原初個体。


 始まりの光。


 導く光。


◇ ◇ ◇


(終わらないで)


 声は優しい。


 責めない。

 怒らない。

 泣かない。


 ただ、静かに言う。


(まだ、ここにいるよ)


◇ ◇ ◇


 セナの白金が、わずかに揺れる。


 翼が震える。


 瞳の奥に、

 青い残光が走った。


 ほんの一瞬。


 だが、それは決定的だった。


◇ ◇ ◇


『……干渉?』


 クロウの声が、初めて揺れる。


 観測不能の波形。


 外部因子ではない。


 内部共鳴。


 艦の内側から起きている。


◇ ◇ ◇


 ルコールは理屈を追わない。


 今は理屈ではない。


 ただ、分かる。


 “止まった”。


 セナが一瞬、止まった。


 完全支配が崩れた。


 隙が生まれた。


◇ ◇ ◇


 ルコールは立ち上がらない。


 斬らない。

 撃たない。


 選んだのは――撤退だった。


◇ ◇ ◇


 死神が背を向ける。


 戦場で一度も選ばなかった選択。


 逃げる。


 逃げて、生きる。


 生きて、取り返す。


 それができるなら――


 今は逃げるしかない。


◇ ◇ ◇


 外套を翻し、

 崩れた壁の穴へ走る。


 白金の光が追う。


 だが、一拍遅れる。


 セラの干渉。


 その“一拍”が命を繋ぐ。


◇ ◇ ◇


挿絵(By みてみん)


 最後に振り返る。


 白い翼の少女。


 神話の姿。


 だが――


 瞳の奥に。


 ほんの一滴の涙が、光った。


 泣けないはずの瞳が。

 泣きたくないはずの心が。


 それでも、泣いている。


◇ ◇ ◇


「……待ってろ」


 低い声。


 届かなくていい。


 これは自分のための言葉だ。


「必ず――迎えに行く」


◇ ◇ ◇


 死神は退く。


 折れたわけではない。


 だが戦えなかった。


 傷つき、

 耐え、

 逃げた。


 その事実だけが、重い。


◇ ◇ ◇


 白い室内に翼の影が落ちる。


『面白い』


 クロウが、いつもの平坦さを取り戻して言う。


『まだ終わらないか』


 それは期待でもない。

 失望でもない。


 ただ、観測者の言葉だった。


◇ ◇ ◇


 ルコールは走る。


 血を流しながら。

 心を削りながら。


 初めて、自分の無力を噛み締めながら。


◇ ◇ ◇


 救いはあった。


 セラの干渉という救い。


 だがそれは――

 セナを救ったわけではない。


 ただ時間を延ばしただけ。


 救いの形をしたものが、

 救いになっていない。


 それが、この空母の本質だった。


◇ ◇ ◇


 白い翼は檻の中で揺れている。


 救いの形をして。


 救われないまま。


(第103話 了)


※他作品も連載中です。

勤労に感謝を。働き続けた男の、転生スローライフ

https://ncode.syosetu.com/n1113lt/

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