【第100話 届いた光】
通路の照明が、ひとつ灯る。
次が灯る。
さらに奥で、もうひとつ。
巨大な浮遊要塞の内部で、
道は一本だけ生まれていた。
ルコールは歩く。
足音は静かだ。
だが胸の奥が、重い。
戦場では感じない重さ。
これは――恐怖だ。
間に合わなかったあの日と、
同じになるかもしれないという恐怖。
◇ ◇ ◇
『……はやく』
セラの声が、かすれている。
意識を削っているのが分かる。
「分かっている」
短く返す。
だが足は自然と速くなる。
◇ ◇ ◇
血の匂い。
冷えた空気。
重厚な隔壁。
ここだ。
手を伸ばす。
指先が、震えている。
自分でも気づかないほど、
わずかに。
◇ ◇ ◇
封印が外れる。
最後のロックが落ちる。
扉が、開く。
◇ ◇ ◇
白い光が満ちる部屋。
改造台。
絡み合う導管。
そして――
中央に、拘束された少女。
◇ ◇ ◇
時間が、止まった。
足が動かない。
呼吸が浅くなる。
目を逸らせない。
◇ ◇ ◇
「……セナ」
声が、崩れた。
戦場で崩れたことのない声。
◇ ◇ ◇
瞼が震える。
ゆっくりと、開く。
淡い光を宿した瞳。
その色を、
忘れたことは一度もない。
◇ ◇ ◇
「……ルコール」
名前を呼ばれる。
ただそれだけで、
胸の奥に固めていたものが、
一斉にひび割れた。
◇ ◇ ◇
怒り。
後悔。
罪悪感。
救えなかった夜。
抱きしめられなかった記憶。
全部が、押し寄せる。
◇ ◇ ◇
ルコールは動けない。
触れた瞬間に消える幻のようで、
信じきれない。
◇ ◇ ◇
「遅い」
セナが、弱く笑う。
その言い方が、
あまりにも昔のままで。
◇ ◇ ◇
ルコールの喉が鳴る。
「……悪い」
短い言葉。
だが続きが出ない。
本当は違う。
遅いなんてものじゃない。
守れなかった。
連れ帰れなかった。
失わせた。
◇ ◇ ◇
「……守れなかった」
気づけば、漏れていた。
◇ ◇ ◇
セナは、ゆっくりと首を振る。
「守ってくれたよ」
息が浅い。
それでも、はっきりと言う。
「兵隊さんが、あのとき……抱きしめてくれたから」
ルコールの視界が、揺れる。
◇ ◇ ◇
「だから、わたし……怖くなかった」
その言葉が、刃になる。
自分を責める刃ではない。
許す刃だ。
◇ ◇ ◇
視界が滲む。
瞬きをする。
こぼれない。
こぼれないが――
確実に、限界は近い。
◇ ◇ ◇
ルコールは一歩、近づく。
拘束具に触れる。
冷たい金属。
だが少女の体温はある。
確かにある。
◇ ◇ ◇
「……迎えに来た」
やっと出た言葉。
それだけでいい。
◇ ◇ ◇
セナの瞳に、光が溢れる。
泣かない。
だが、光が滲む。
「うん」
小さく頷く。
◇ ◇ ◇
「また、来てくれた」
宝物を確かめるように言う。
◇ ◇ ◇
ルコールは、ようやく正面から彼女を見る。
細い。
傷だらけだ。
だが折れていない。
心が折れていない。
◇ ◇ ◇
「当たり前だ」
声は低い。
だが震えは消えている。
「俺は――」
一瞬、言葉が止まる。
喉が詰まる。
だが、言う。
「お前を、置いていかない」
◇ ◇ ◇
セナの瞳から、ひとすじの光が零れる。
涙ではない。
光だ。
◇ ◇ ◇
その光を見た瞬間。
ルコールの中で、
最後の堤防が崩れかける。
だが耐える。
ここで泣けば、
彼女を不安にさせる。
◇ ◇ ◇
「……帰るぞ」
強く言う。
今度は、迷いがない。
◇ ◇ ◇
部屋は静かだ。
改造は終わっている。
変異はまだ始まらない。
今だけは――
戦争も狂気も、
二人の間に入れない。
◇ ◇ ◇
要塞の最深部で。
二つの光が、再び向き合った。
拾われた光。
拾いに来た光。
まだ、嵐は来ない。
だが近づいている。
それでも――
今この瞬間だけは、
救いだ。
(第100話 了)
※他作品も連載中です。
勤労に感謝を。働き続けた男の、転生スローライフ
https://ncode.syosetu.com/n1113lt/




