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日記

作者: 通りすがり

数年前、私は趣味のカメラを持って、廃墟となった古い洋館を訪れた。蔦が絡まり、窓ガラスは割れ、内部は荒れ放題。それでも、どこか惹かれるものがあり、夢中でシャッターを切っていた。

その洋館の一室で、私は古い日記を見つけた。表紙は色褪せ、所々破れている。興味本位でページをめくると、そこには若い女性が書いたと思われる手記が綴られていた。内容は日常的なものだったが、次第に「何か」に怯えるような記述が増えていく。

「昨夜も、あの視線を感じた。誰もいないはずなのに…」

「誰もいないのに私を呼ぶ声が聞こえてくる...」

「お願い、私を見つけないで…」

日記の最後は、乱れた文字で「もう、逃げられない…」と書かれていた。

気味が悪くなった私は、日記を元の場所に戻し、その洋館を後にした。しかし、数日後、撮影した写真を見返していると、ある一枚に奇妙なものが写り込んでいることに気づいた。それは、私が日記を見つけた部屋の隅に、ぼんやりとした人影のようなものだった。その人影は、こちらをじっと見つめているように見えた。

ゾッとした私は、その写真データをすぐに削除した。そして、あの洋館のことも、日記のことも、無理やり忘れるように努めた。



それから数年後、私には恋人ができた。名前はユキ。明るく活発な彼女と過ごす毎日は、楽しくて充実していた。ある日、ユキが私の部屋に遊びに来た時のことだ。彼女は、私が昔撮影した風景写真の中に、一枚だけ明らかに異質な写真が紛れているのを見つけた。

「これ、何の写真?」とユキが指さしたのは、数年前に私が慌てて削除したはずの、あの廃墟の部屋の写真だった。なぜ、このデータが残っていたのか、私には全く見当がつかなかった。

「ああ......、これは昔、趣味で廃墟を巡っていた時に撮った写真だよ。特に意味はないんだ」と、私は平静を装って答えた。

しかし、ユキはその写真に強い興味を持ったようだった。「この建物、すごく雰囲気があるね。どこにあるの?今度、一緒に行ってみようよ」

私は内心焦った。あの洋館には、ただならぬ気配が漂っていた。二度と近づきたくなかった。しかし、ユキの好奇心は抑えられないようだった。



数週間後、私たちはあの廃墟の洋館を再び訪れた。昼間だというのに、建物の中は薄暗く、じめじめとしていた。ユキは物珍しそうに辺りを見回しているが、私は嫌な予感しかしない。

以前、私が日記を見つけた部屋に入ると、ユキはすぐに何かを見つけた。「これ、古い日記みたいだよ」

彼女が手に取ったのは、数年前に私が見つけて元の場所に戻したあの日記だった。まだここにあったことに少し驚いた。

ユキは日記を読み始めた。最初は楽しそうに読んでいたが、次第に顔が曇っていく。「この女性…何か怖い目に遭っていたみたいだね」

私が「もう、読まない方がいい」と制止しようとした時、ユキは日記の最後のページを開いた。そして、信じられない言葉を口にした。

「『お願い、私を見つけないで…ユキ…』って書いてある」

私は全身が凍り付いた。なぜ、日記の中にユキの名前が?数年前にはまだ出会ってもいなかったはずなのに。

その瞬間、背後でカタッ、と小さな音が聞こえた。振り返ると、部屋の隅に、以前写真で見たぼんやりとした人影が立っていた。しかし、今度ははっきりと見える。それは、日記に書かれていた女性だった。そして、その顔は、なぜかユキにそっくりだった。

恐怖で声が出せない私をよそに、ユキは日記を握りしめ、震える声で呟いた。「この日記…私の字だ…」

理解が追いつかない。数年前の日記に、数年後に知り合うはずの恋人の名前が書かれている。そして、日記の女性は、私の恋人に瓜二つなのだ。

その時、私は数年前に撮影した写真のことを思い出した。あの人影は、確かにこちらを見ていた。まるで、未来の私たちがここに来ることを知っていたかのように。

そして、日記の最後の言葉。「もう、逃げられない…」

それは、過去の女性の絶望の叫びであると同時に、未来の私たちへの警告だったのかもしれない。

私はこの廃墟に来たことを後悔することしかできなかった。私たちがこの後にどうなるのか。私はユキの方を見たが、そこにはユキの姿はなかった。

「ユキ!」

部屋を出た私はユキの名前を呼んで探し回ったが、どこにもユキの姿はなかった。

もしかして建物の外に出たのではと思った私は、玄関に向かう。

廊下を歩いていた時に、私は足元に一枚の写真が落ちているのに気づいた。

写真を拾い上げてみると、古く色褪せたその写真は一人の暗く沈んだ表情の一人の女性が写っていた。

それはユキだった。

私はショックのあまり動けないでいた。あの日、私がこの廃墟に足を踏み入れた瞬間にこうなることは決まっていたのかもしれない。逃れられない運命。

その時、廊下の先で何かが動く気配を感じ、そちらに視線を向ける。あの人影が立って私を見ていた。

「ユキ......」

私は呟くように愛しい恋人の名前を呼んだ。

人影は寂しそうに微笑むと、私の前から永遠にその姿を消した。

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