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第6話 沈黙の果てに

 映画館を出て、倫太郎はめいちゃんと河川敷を歩いていた。

 めいちゃんを家に送るには、この道が一番車通りも少なく、早いのだ。


 歩きながら、今日は天気がいいだの、今散歩中の犬に睨まれただのと、先程から倫太郎はどうでもいい話ばかりを必死に探してめいちゃんに話しかけている。

 だが、俯いたままのめいちゃんの表情を変えることはできずにいた。どんな話題を振ろうとも、めいちゃんは倫太郎の話に何も言わずただ小さく頷くだけなのである。


 ああ、沈黙が苦しい。


 二人で並んで歩いているという幸せな時間であるにも関わらず、全く真逆の心境に陥っていることが信じられない。

 夕暮れの穏やかな風が流れる河川敷の道が、急にひどく狭苦しい窮屈な場所のように思えてくる。通学路にもなっているこの道を、普段は二人で笑い合いながら帰っているというのに。

 重苦しい空気に、これ以上無い程に押しつぶされそうになっている。


 角を曲がり、住宅街に入るとすぐ、めいちゃんの家がある。門が見え、歩くスピードは知らず知らずのうちに落ちていった。


 終わりが近付くにつれ、足が重くなるのはいつものこと。しかし、今日のそれはいつもとは違っていた。


 もしかしたら、このまま永遠にサヨナラになってしまうかもしれない。


 倫太郎の秘密を知って、めいちゃんが大きな衝撃を受けたことは確か。それがマイナスの方向に作用してしまったとしても、何ら不思議は無い。


 話したって何も変わんねえよ―――、ジョーのやつが言ったその言葉は、当たるどころか、全く真逆の結果を招いてしまった。……くそ、ジョーのせいで。お前が余計なことを言うから。


 思ってしまって、倫太郎は勢いよく(かぶり)を振った。


 ―――いや、違う。決めたのは俺自身だ。その責任をジョーに転嫁することは間違っている。


 何より、それはヒーローらしくない。これがもし最後になるのなら、せめて笑顔でいよう。めいちゃんの前では、最後までヒーローでいられるように。


 そんなことを思っている間に、気付けばめいちゃんの家に着いていた。表札の前でどちらからともなく足を止める。


 それじゃあ、また―――、いつもはそう言って別れる。だが、今日は。


 本当に、「また」があるのか?


 倫太郎がかける言葉に迷っていた時。


「―――リン君、私、話があるの」


 倫太郎に背を向けたまま、めいちゃんが急にそう言った。


「……な、何かな」

「うん……」


 言い淀むように、そこからなかなか言葉が出てこないめいちゃんに、倫太郎は内心やきもきする。


「あのね、」


 ごくり、と唾を飲み込む音が耳元で大きく響いた。


「えっと……、ここではちょっと話せないから、うち、あがっていってくれないかな」

「え―――?」


 予想外の提案に、思わずめいちゃんを見つめ返してしまう。


「だ、だが、ご両親もいらっしゃるだろうし、急にお邪魔したらご迷惑では?」

「大丈夫、両親は出かけてるから。それに多分、すぐに済むと思う」


 すぐに済む? 一体何が。


 倫太郎の戸惑いを知ってか知らずか、めいちゃんは門を開き、玄関の扉を開けてこちらを振り返る。


「あがって、リン君」

「わ、分かった」


 言って、おずおずといった(てい)で倫太郎はめいちゃんの家の門をくぐった。いつもは門の前でサヨナラなのだ。それがいきなり家の中とは。しかも、二人きり。

 一体何が待ち受けているというのだ。


 倫太郎は再び、ごくりと唾を呑み込んだ。


「話っていうのはね……、えっと、」


 自室のベッドに座り、クッションを抱えて、そこに顔を埋めるようにやや俯き加減でめいちゃんが話し始める。倫太郎はその真向かいに、処刑前の心持ちのように正座で対していた。


 淡い配色で整えられた室内は、やはり年頃の女の子の部屋といった感じだ。香水らしいものは何も見受けられないのに、どことなくいい香りまで漂っている気がする。それが嗅ぎ慣れためいちゃんの香りだと気付いて、急に胸がぎゅっと苦しくなった。


 もっと違う時にここを訪れたかった。こんな処刑前のような心持ちでいる時が、お部屋初訪問になってしまうとは……。


 やはり、別れ話か。


 あんなものを見せてしまったあとだ、それでも仕方がない―――とどこかで諦めてはいる。だが、心優しいめいちゃんが、こんなことで背を向けるとは思えない自分もいる。

 それが希望的観測であろうと、心の中でどう思うかは自由だ。せめて、気持ちだけでもポジティブにいたい。


「あのね、」

「……ああ」

「実は私もね、リン君に黙ってたことがあるの」

「……黙ってた? ……え? 一体何を」

「うん、えっと……。話すより、そうだ。私もやって見せるね」


 迷いを拭い去るように言うと、めいちゃんは立ち上がり、窓際に置かれた机へと足を向けた。

 見た目にもよく整頓された机である。めいちゃんの性格を表しているようだ。


 その机に置いてあったノートを一冊取ると、めいちゃんはおまむろにその一ページを破り取った。静かな室内に、その音がやけに大きく響く。


「見ててね」


 訳が分からないまま見つめていると、めいちゃんは少し前に倫太郎がそうしたように、手に持った一枚を足の下めがけてゆっくりと下ろした。そして。


 な、何だって? まさか、めいちゃん……、


 倫太郎が見ている中、ノートから破り取ったペラ一枚を、めいちゃんは足の下にすう……っと通したのだ。

 それは、何もつっかえることなく。まるで地面に足がついていないように。これは、ひょっとして―――。


「まさか、君も……?」

「うん、実は、そうなの。私も浮いてるの。目に見えないくらいうっすらと、薄い紙一枚分だけ」


 今までのどんなことより、倫太郎が衝撃的な事実を知った瞬間であった。


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