第4話 今がその時
その週末は、なんともデート日和な、気持ちのいい日だった。
昼前に待ち合わせをし、予約していたお洒落なカフェでランチをとったあと、おしゃべりに花を咲かせながら二人で映画館へと移動。
見たのは、その週末に公開されたばかりの映画で、客席はほぼ満席。映画は約二時間半に及んだ。
その間、倫太郎は隣に座るめいちゃんの手をいつ握るか、という超高度な問題に全神経を集中していたため、映画の内容のほとんどを覚えていない。
だが、そのハラハラとしたドキドキ感は映画に勝るとも劣らず倫太郎を興奮させ、「幸せ」というものを実感させていた。
そして、それを実感するごとに、ああ……俺にはなぜ秘密があるのだろう、めいちゃんと真っ直ぐ向き合うには明かすべきなのにそれができないとは……などと、ヒーローの葛藤に再び酔いしれてみたりしていた。
これからもめいちゃんと真剣に交際し、いつかは結婚……と考えたりすると、絶対にこのままでいいわけがない、とは倫太郎自身も思っている。ジョーの言葉に左右されているわけではないが、正直、黙っているのもそろそろ限界に来ているという自覚もある。
だが、話したい、話してしまいたい―――という気持ちがある反面、話してしまえばヒーローの葛藤に浸れなくなるという惜しさもやはりある。
デート中、ふとした瞬間に何度もそんな思いが胸中を駆け抜け、楽しいはずのデートが心から楽しめないのはお前のせいだ! と心の中で幾度となく倫太郎はジョーを責めた。
ことが起きたのは、映画が終わって外に出た時である。
ちょっとお手洗いに……とトイレへと向かっためいちゃんに合わせて、倫太郎もトイレに入った時だ。
めいちゃんよりも先に出て待っているつもりが、実はずっと堪えていたこともあって、個室の方に少々長居してしまった。用を済ませて慌てて外に出た時には既に、めいちゃんは二人組の男に囲まれていた。
―――君、一人? 誰か待ってんの? もし一人なら俺たちと遊ばない?
聞こえてきたのは、典型的な誘い文句である。もっと無いのか、と思う程捻りが無い。
通常ならそこを指導してやるところだが、二人組が声をかけているのは倫太郎の愛してやまないめいちゃんである。そんなことは頼まれたってしてやるものか。
「おい貴様ら、人の彼女に何をしている」
言うと、二人組は倫太郎に対して胡乱な瞳を向けてきた。
―――んだよ、男連れかよ。でもさ、こんなヤツより俺たちと一緒の方が楽しいぜ?
これまた捻りの無いセリフに呆れてしまった。もう少し、どう楽しいのかとか言えんのか。俺なら言葉を尽くして訴えかけるぞ。めいちゃんはそれ程の女性だ。
しかし、そんなことを思っている間にも、男たちは構わずめいちゃんに手を伸ばそうとする。まるで、倫太郎など見えていないかのようだ。
見るからに筋肉バカなこの連中に、真っ向から挑んでいっても勝ち目が無いことは明白であった。だが、愛しのめいちゃんを守れるのは自分しかいない。
どうする……、どうすればいい―――!? と、必死に考えを巡らせて、そして倫太郎は気付いてしまったのだ。
そうだ、俺にはあるではないか。常人にはあらざる超常的な能力が。今こそ、正体を隠し一般人にまぎれて暮らすヒーローが、その秘された能力を発揮する時ではないのか―――? と。
倫太郎はさっと辺りに視線を走らせた。周りを行く人々は、何だ何だ、と遠巻きながらもしっかりとこちらに視線を投じていく。
ダメだ、ここはあまりにも人の目が多過ぎる。
映画館内は外に比べて多少は薄暗いとはいえ、上映中のスクリーンでもなければ、相手の顔を判別できない程に暗いというわけでもない。
ここで力を明かせば、多くの一般人に自分の正体がバレてしまう。
そして何より。
倫太郎は、一歩後ろで怯えるように小さく震えるめいちゃんを見た。
別に、ジョーの言葉に左右されているわけではないのだ。しかし、自分の正体を知ったら、めいちゃんは一体どんな反応を示すだろう。それがやはり怖くもある。
そして、既に言わずもがなだが、ヒーロー特有の葛藤がもう抱えられなくなることも、何度考えてもやはり捨てがたかった。
『話したって何も変わらねえよ』
脳裏に、先日のジョーの言葉が蘇る。
本当に、変わらないだろうか。今までと同じでいられるだろうか。めいちゃんも、俺自身も、二人の関係も。
そんなことを思って、倫太郎は勢いよく頭を振った。
ええい、今はそんなことを考えている場合ではない! 一撃必殺の大技が必要なのだ!
「君たち、どうやら痛い目に遭いたいようだな」
そうして、倫太郎はついに開けてはならない蓋に手をかけてしまったのである。