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第1話 最大にして最高の秘密

 周りよりもほんの少しだけ浮いている。


 倫太郎がそのことに気付いたのは、中学二年の頃だった。


 ある時から足のウラに違和感が生じたのだ。

 それまで普通に感じていたはずの足のウラの感触が、どことなくあやふやな気がする。確かに踏みしめているはずなのに、どうしてかしっくりこない。

 まるで、見えない薄いクッションを常に踏みながら歩いているかのようだ。ただ立っているだけでも、全体的な地面との接触度が浅い気がする。


 しかも、その違和感は足のウラだけではなかった。


 どこかに座った時、寝転んだ時、体重をかける先と体との間に、薄い壁一枚隔てているような妙な感覚がある。


 倫太郎は、決して頭が悪い方ではない。

 むしろ、勘の良さや、暮らしの工夫など、勉学ではなく生きる意味での頭の方を言えば、そこらの人間には負けないくらいの大人になるだろうと思ってさえいる。

 ゆえに、柔軟な発想の仕方には自信があった。


 だから、まるで空気を踏んでいるかのような感覚に、倫太郎は気付いてしまったのだ。

 そう、もしかすると俺は、地面から浮いているのではないか、と。


 (にわか)には信じがたい事実ではあったが、この空気を踏みつけるような感覚はそれ以外に形容できない。


 地面から浮いている。それも、目には見えない程う~っすらと、ほんの少しだけ。


 ここで言う「目には見えない程」というのは、例えでも何でもなく、実際に倫太郎がその目で確認した結果である。


 この年頃の男子にしては珍しく、倫太郎は自室に姿見を置いていた。

 昔から倫太郎には、周りよりも少しばかり大人びているところがあり、同級生たちが泥んこになっても平気で遊び呆けていられるような小学生の頃から、身だしなみには人一倍気を配っていた。毎朝の身だしなみチェックが日課になっていた程だ。


 その姿見で確認したのだから、自分が感じている浮遊感が、自分が感じている程には見た目に現れていないことは確かで、むしろ見た目には全くそうと分からない程であることを知ることができたのである。


 だが、感覚としては確かに浮いている。ただそれが見た目に現れていないというだけだ。


 倫太郎はこの時、その事実を冷静に受け止めた。浮いているということにはしゃいだり、人に自慢できるような目に見える変化でなかったことに、がっかりすることもなかった。


 なぜならこれが、ありもしない霊感をあると言ったり、自分には超能力があるんじゃないかと無意味な錯覚を起こしたりするような、中二病と言われるおかしな病気などではなく、実際に起きている疑いようの無い事実だったからだ。


 人に知られてはまずいとも思った。

 地面から浮いているなど、常識的に考えてまずありえない。知られればバカにされるか、力を利用されるか、どちらにしろ身に危険が及ぶ。だから、ひた隠しにするしかない。


 こうして倫太郎は、簡単には人にバレてはいけない、最大にして最高の秘密を抱えることになったのである。







「で、何が問題なわけ?」


 顔は目の前の画面に向けたまま、いたって平坦な声でその男は言った。


 相変わらず何も無い、殺風景な部屋だ。

 よくもまあ、こんな部屋で毎朝寝起きができるものだ、と来るたびに思うことを今日もまた倫太郎がぶつけると、


「毎回飽きないな」


と、これまた言うたびに戻ってくる返事が今日も同じように返ってきた。


 格闘ゲームから目を離すこともせず気の無い返事を寄越したのは、同じマンションに住み、同じ高校に通う、腐れ縁の友人だ。

 先程からコントローラーを持つ指先だけが凄まじい勢いで動き、それに連動するように、画面上の異常な程に筋肉質なキャラクターが、人間業とは思えない光線の攻撃を相手に繰り出している。


 昨日、人気シリーズの最新作が発売されたらしい。平日の早朝にも関わらず、開店三時間前から並んで手に入れた代物だそうだ。昨日遅刻してきたのはそのためか、と倫太郎は友人のゲームに対する執着心に呆れてしまう。


 倫太郎はこの友人のことを昔からジョーと呼んでいた。本人の名前とは全く関係ないが、友人はゲームのキャラクターに必ず「ジョー」と名付けるため、自然とそれが友人の呼び名になってしまったのだ。


 倫太郎とジョーとの付き合いは、既に一〇年以上もの長い時に及んでいる。二人が親という完全なる庇護の元を離れ、その小さな一歩を初めて社会に踏み出した幼稚園時代から始まっているのだから、実に長い。


 ともに過ごしている時がそれだけ長いのだから、ジョー以上に倫太郎のことを知り尽くしている人間はいない。言わずもがな、その逆もまた然りだ。


 ジョーの部屋は、必要なもの以外すべて削り取られたような場所で、そこにゲーム関係のものだけが散らばっている、というのがこの部屋の唯一の特徴だった。


 いかにもスポーツ万能ですという顔をしておきなら、その実は完全なるインドア派で無類のゲーム好き。移動中も常に何かしらのゲームをしているし、部屋に来れば絶対にコントローラーを離さない。


 そのくせ、テストの成績はなぜか毎回トップというのがこの友人の摩訶不思議なところだ。いつ勉強しているのか知らないが、要領のいい男であることは確かである。チッ、羨ましい奴め。


「ずっと好きだっためいちゃんから告られたんだろ? よかったじゃん」

「別に好きだと言った覚えは無い。他の女子程うるさくないし、他の女子より知的で可憐だと思っていただけだ」

「それは要するに、めいちゃんが好きだってことだろ。ていうかリン、その言い方は何気に失礼だぞ」


 めいちゃんというのは、倫太郎判定で学校で一番可愛い女の子である。


 「なんか羊みたいだから」というよく分からない理由でジョーが彼女につけた「めいちゃん」というあだ名でさえも、彼女の愛らしさを表しているようで、倫太郎は気に入っている。

 羊なら「めえちゃん」ではないかと思いそうだが、倫太郎はその間違いを広い心で許すことにした。ジョーの呆れる程の適当さも、たまにはいい仕事をする。


 そんなめいちゃんから、熱い愛の告白を受けた。下校前の、つい先程のことだ。


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