第14話 宣戦布告?
背中がゾワリとして振り返る。誰かから殺気を向けられた気がした。
この方向は、配電所のある方からだろうか。……。多分モモだな。
仁賁木とモモを家から送り出した後。店仕度を済ませた隠奇 咲夜は優秀なアルバイトに事情を話して店を任せて外出した。
うちの彼女達は俺にとって、悪魔と契約した原因のことも知っている数少ない協力者でもある。
煙草の煙を吹かしながら、とぼとぼと店のある場所から1つ峠を渡った先にある山中を歩く。この先には広い土地で遊具のある森林公園があるのだが、俺が向かうのはそんな子供達が集まるような場所ではなく、その公園の隣にある小さな教会の方であった。
森林公園前にまで辿り着く。
平日の朝っぱらだということもあり、公園に子供たちの姿はなく、活気もない。静かな公園は、自然の色にのみ魅入られてそこに存在していた。下手をすれば、子供の妖精でもみてしまいそうだ。
あの兄弟も、この公園で遊んでいたりしたのかな。
俺は、数日前に助けた少女のことを思い返しながら公園を眺める。修司の依頼人であった少年が、お姉ちゃんと一緒にテニスでもしている様子をだ。
そんな公園を横目に、俺は教会の敷地を囲う硬い鉄柵の前に立つ。
そして、その中部にある重い鉄扉を押した。
教会の敷地に足を踏み入れる。気持ちを切り替える。その瞬間、不自然に強い風が吹き荒れ、どこかしらから飛んで来た水飛沫に煙草の火が消された。
「……。(不満)」
「あら、ごめんなさい。」
聞こえた声に視線を向けてみると、教会の横から顔を出したシスターエイリが満面の笑顔でこちらを見ていた。ゴゴゴゴゴ。という効果音が似合いそうな威圧的な笑顔に俺は屈する。そういえば、彼女は非喫煙者だったか。
「……。」
溜息を吐いて、しょうがなく煙草から口を放して携帯灰皿の中に捨てる。これで問題ないか?と確認するように改めてシスターエイリを見る。しかし、そこにもう彼女の姿はない。ホースを持っていたところを見るに、花壇への水やりでも再開したのだろう。おっかないので覗きに行くのは止めておく。
門から教会の建物までの道筋を歩き、玄関扉の前にまで行く。
特にノックもせず、それを開けた。教会の中は、決して広くて豪勢な造りではない。それでも、俺はこの教会になにか日本の風土にはそぐわない特別な感情を抱いた。
身廊の奥、中央交差部を超えた内陣にて既にこの教会の神父は立っていた。普段は奥の小部屋にいる癖に、今日は珍しく最初からそこにいる。
徳富神父は右手で持ち開いていた聖書を閉じ、俺を見て口角を上げる。
「やれやれ。モーニングの宅配を頼んだ覚えはないのだがね。」
「宅配なんてうちの店はやってねぇよ。」
40代。身長は180後半あたり。髪は肩ほどの高さまで伸びる剛毛。肩幅が広く、がたいのいい神父。自分をだらけさせることを許さず、肉体の鍛錬を怠らないこの男からは、通常時でも何かしらの威圧を感じさせられた。人としての格の違いを雰囲気だけで感じさせてくる用な男だ。だからこそ、信者をありのままの素顔をこの男の前ではさらけ出せるのかもしれない。自分が無理でも、この神父ならなんとかしてくれるかもしれない。そう思わせるほどの強さがそのたたずまいからだけでも感じさせられる。
「そうなのかね。最近では、外部の企業が配達を依頼して届ける。何とかイーターが流行っていると聞いたのだが。」
「悪いが、今日は世間話をしに来た訳じゃなくてな。先に単刀直入に聞かせてくれ。」
「そうかね。ああ。私は別に構わないよ。」
中に入り、閉じたドアに背を預けながら徳富神父を睨めつける。徳富神父は話の腰を折られたことに対して、特に不満を見せることなく話を促した。
「今回の件に、アンタは関わってないよな。」
「今回の件?今回の件とは、“型乃坂 瑛己の死”についてのことかな。」
徳富神父は表情1つ変えず、こちらの心を擽るように聞き返す。俺はふと疑問に思う。ここで返される返事はてっきり“氷のデモ悪魔”のことだと思ったからだ。確かに瑛己の死もこの町のニュースでは報じられてはいるが、全く新しいのは氷の方だ。
いや、瑛己の方のデモ悪魔が“雷のデモ悪魔”ということを知らないだけか。詳しく聞きたいところではあったが、本題ではないので諦める。
「違う。」
俺の返答に、神父は少しだけ驚いたような表情をみせた。どうやら、神父は神父で何か予想していたものがあったらしい。
「仁賁木継菜を拾った。」
「それは、“型乃坂 瑛己の死”に関することではないのかね。」
「あ?まあそうだな。全く関係ないとも言えねぇ。だが俺にとっては別案件として取り扱わせて貰う。」
「別案件だと?」
「ああ。これは“型乃坂 瑛己”の事件を上手く利用しようとしている“魔術師”案件だ。」
「ほう。なるほど。確かにそれは別案件にも該当出来る。全く同じ案件でも、魔術師が関わるだけで、事は表向きの表情とは分離される。」
魔術師。魔術使い。呼び方なんてものはどうでもいい。それは、神秘に手を出そうとする外れ者。人の域を越えようとした愚か者で半端者。自らを変容させる為に肢体に繭を編んだものの、その繭を破ることが出来ずに腐ってゆく出来損ないの蛹。
魔術師はかつて、人の手によって直接淘汰されて来た。有名なのは魔女狩りだ。不安定な存在は、人を害する完全なる悪と決めつけられ、英雄譚の生け贄に捧げられた。“出る杭は打たれる”だ。その時点で既に、魔術師は人間とは別のナニカとして区分けされていた。
まあ、この世界の魔術師なんて殆ど頭のネジをどこかに落して来てしまったような奴らばかりなのでしょうがない結論ではあった。野放しにしていた方が危ないのは事実だ。安易に魔術師を目指せば自我が崩壊する。それは魔術師ならば誰もが知る常識であり、その壁を越えたところで正常で居られる可能性は低い。人を越えるなんてふざけた行為にはそれ程のリスクが伴う。だからこそ、魔術師は危ないから殺せという極論は一概に否定することも出来ない。
現代の日本では犯罪者の一族も犯罪者に違い無いという考え方はなされない。だからこそ、今なら交渉次第では善性のある魔術師は社会に受け入れられるのかもしれない。だが、“かもしれない”で命を投げ出すほどのお人好しはまだ現われてはいなかった。それに、民意に辿り着く前に処理されるのがオチに決まっている。
どちらにしろ、“人に危害を与える怪物”として昇華されてしまった以上、我々はアンダーグラウンドで活動することを余儀なくされているのが現状だ。基本的に魔術師は、一般人に己が魔術師であることを知られてはならない。自身が殺されない為にも、その在り方はひた隠し、居城で守りを固めて閉じこもってしまうのが定石なのだ。
入念に作り上げられた魔術師の城は、そう簡単には攻略出来ない。魔術師を殺すのなら、居城の外にいるところを狙うことが正解である。
この教会にいる徳富神父やシスターエイリもまた、魔術師であった。しかし、教会に所属する魔術師は他と比べてその凶暴性はないとされている。何故ならば、彼らは魔術を神に与えられた恩恵だと考えるように教育されているからだ。だからこそ、彼らは必要以上に魔術を追求しない。神秘の底に辿り着く気がさらさらないのだ。彼らが少しでも人道を外れるようなことがあれば、即座にその権限は剥奪され、堕ち人。即ち神の敵とみなされて処分される。
人ならざる者専用の執行人がその教会には存在している。そしてそこには、戦闘に特化した化け物を越える化け物達がいると言われている。
その点でいえば、唯一魔術師を有効的に統一出来ている組織であるといえる。
その教会の名称が、神督教会という。
魔術を扱う以上、俺はこいつらに見張られているといっても過言ではない。だが、それに対して悲観的に思うことはなかった。彼らも別に、無差別虐殺を良しとしている訳ではない。その辺りは現代に生まれたことをありがたく思う限りだ。
俺の話を素直に聞き入る神父を真剣に観察する。今のところ怪しさはない。この神父がなんらかの形で俺の探している魔術師に関与している可能性は低そうだ。
魔術師は基本的にお互いの居場所を知らない。だからその総数も研究内容も知ったことではない。それらを知っている可能性があるのは神督教会くらいだと思っていたのだが。
「根拠は何だ。」
神父の疑問に、俺は一呼吸だけ置いて答える。
「仁賁木の記憶が一部弄られていた。」
「ほう。どうしてそのようなことが君に分かるのかね。君は確か――」
「俺も、仁賁木の記憶を弄ろうとしたからだ。」
もし仮に、己が正体を誰かに知られてしまった時の為に魔術師が行使する優しい手段。その痕跡が仁賁木から算出されたのだ。
その瞬間、神父の顔に静かな喜びの表情が浮かび上がる。
「ほう。それは面白い。君はそんなことはしないんじゃなかったのではないかね。」
確かに俺は。暫く、他人の記憶を弄る真似は控えていた。でもそれは――
「それは、あくまでも瑛己の方針だ。」
瑛己は魔術師ではない。あいつは俺に害を与えたり情報を外に漏らしたりする疑いのある人間ではなかった。その為野放しにして―――。いたな。ここに。魔術を扱う者の中に、そんな甘ったるいことをするお人好しが……。
まあ、その話はいい。何故なら、瑛己はもう。
「その彼が死んだから解禁されたと?ふふ。それでは、天国の友人は悲しむだろうな。」
その言葉には刺さるものがあった。俺も、何故自分がそう考えるのか疑問に思っているからだ。だが、そんな配慮をしている場合ではない。相手が魔術師だとほぼ確定している以上、こちらも生半可な覚悟ではいけない。人間性を捨てなければ、精神ごと潰される。
「知ったこっちゃねぇよ。先に死んだ瑛己が悪い。」
「ふむ。」
「なんだよ。」
「いや。君も大概厄介な性格をしていると思ってね。」
神父は変わらない好気の視線を一度閉じる。
「話は分かった。だが残念ながらその魔術師の正体は私ではない。関与もしていない。勿論、シスターエイリでもない。それは私が保障しよう。」
「言葉ではなんとでも言える。が、だからといっていきなりあんたと殺し合いを始める気はない。今回は、あくまでも釘を刺しに来ただけだ。」
「釘?私にか。」
「ああ。よく聞いておけよ。クソ神父。」
俺は、持たれていた背中を浮き上がらせて前に出る。
「俺の邪魔をするな。」
互いの視線が交わる。
「どんな奴でも関係ない。瑛己の事件に横槍は刺させない。それを使って無粋な真似をすることも許さない。悪いが、この落とし前だけは瑛己に関わった者達だけで終わらせる。」
俺は、そんな啖呵を切る。俺が悩みに悩んで出した結論だ。そうするのが一番人間らしいと思った。瑛己に対する誠意として最も正しい復讐者ではないだろうか。
「ほう。それは神督教会に向けても言える言葉なのかな。」
「ああ。どんな奴だろうと関係ない。お前らの組織を敵に回そうが、これだけは完遂させて貰う。」
瑛己の仇を討てたのなら、俺は死んでも構わない。勿論、最後まで抵抗はさせて貰う。勝てなくても、組織の勢力を弱めるくらいのことはやってやるつもりだ。そう考える姿勢が大切なのだ。
「それはまた。魔術師としては失格な発言だな。隠奇咲夜。」
「ハッ。分かってるよ。」
敢えてそうしている。
あいつの友人と一緒に居て変わった優しい俺なら、きっとこうするのだろう。
頭の中がモヤモヤとする。自分が2人いるかのような気分だ。
瑛己に変えられた人生。
その最後は、瑛己の為に捧げてやろう。
軽い頭痛がして。俺は自分の頭を抑えた。




