神の方程式
1 女神
2 発端
3 出会い
4 願い
5 キャンプ
6 パーティ
7 憑き落ち
8 承認
9 衝撃
10 宴
11 月
12 ノアの箱船
13 人工知能
14 エデン
15 次へ
16 桃源郷
17 ミカエル
18 ルシファー
19 ウリエル
20 ガブリエル
21 チタンダエル
22 クレオパトラ
23 栄誉
1 女神
塔響大学の小芝ホールの176席は、ほぼ満席だった。最前列には、理論物理学の世界的権威でノーベル賞受賞者のビックス博士と日本物理学会の会長など要職のお偉いさん面々がずらりと並んで座っている。そんな猛蛇の群れに睨まれて逃げ場が無くガマの油をタラーリタラリと垂らすガマガエルの心境なのが今の自分である。
冷や汗をかきながら何とか自分の書いた論文「5次元時空がその断面である4次元時空に及ぼす影響の考察」の一通りの説明/解説/プレゼンを無事終了する事が出来た。
司会者が「発表、お疲れ様です。これから質疑に入りたいと思います。質問のある方は、いらっしゃいませんか?」と会場に問い掛けるとすかさずビックス博士が手を上げた。司会者が「どうぞ」と質問を促すと、
「この論文のベースとしている数学論文『高次元空間に内包された低次元空間の超テンソルの性質』の信憑性は確かなものなのだろうか?」
とビックス博士が質問して来た。
プレゼンも質問もこの会場では、すべて英語で行われる。何の疑いも無く自分の論文のベースに使った数学論文の信憑性を突然疑われても、今更、何と答えれば良いのか?
どう回答しようか?と間誤付いていると、会場の一番奥の席の左端から手が上がった。
司会者が一瞬、僕を見て(どうする?)と言いたげだったので、手振りで、どうぞあちらの方に発言して貰って下さいと促すと、司会は、挙手した人に向けて「どうぞ」と発言を許可した。
慌てて係りの人がマイクを持ってその人の所に行くと手を上げた女性は、凄い流暢な英語で話し始めた。
「世界中の主な数学学会は、著名な多数の数学者にこの数学論文の査読を依頼しました。その結果、全ての査読者は、この数学論文に誤りは無く、論理は完璧であると確認しています。なので、この数学論文の信憑性については、一点の曇りも有りません。どうぞ御安心下さい。」
立て板に水の如く説明され、ビックス博士は、呆気にとられた。
「大変解り易い説明をして戴きまして有難う御座います。」
ビックス博士は、彼女にそうお礼を述べた。
「どういたしまして。」
にっこりと微笑み、そう言うと彼女は、サッと会場の最後部左端のドアから外に出て行ってしまった。
質問に答えらずに絶体絶命のピンチを救ってくれたのは、スーツ姿の絶世の美女だった。美しい女神は、流暢な英語で立て板に水の如く回答し、僕の窮地を救ってくれた。お礼を言わなきゃと思ったがもう遅かった。長い美しい髪を翻して救いの女神は去ってしまった。
はっと我に帰ると、「ブラボー!」とビックス博士は、叫び僕に拍手をして呉れている。つられて会場中からも拍手が沸き起こっている。
ビックス博士は、熱烈に僕と握手すると自分が生きている内に神の方程式に出会えるとは思っていなかった。ところが、それに出会えた様だ。何と言う幸運だろう。神は称えるべきかな。神に感謝しますと目に涙を浮かべる様に天を仰いでいた。そして、近い内に開催されるアメリカでの物理学キャンプに参加する様に招待された。
日本物理学会のお偉いさん達も非常に誇らしげで満面の笑みを湛えていた。彼らは、これから日本物理学会主催のビックス博士歓迎ディナーだそうだ。僕も参加する様に言われたが、お偉いさんばかりなので恐縮してしまって、プレゼンで疲れてヘトヘトなので申し訳ありませんとディナーへの参加は固辞した。
2 発端
ハーバード大学のリサ・ランドール教授が我々が存在するこの4次元時空の宇宙は、より高次の5次元時空の一断面にすぎないとの考えを発表している。また、超弦理論のひとつであるM理論が成立するには、11もの次元が必要になる。現代の理論物理学では、5次元とか11次元は、当たり前なのである。
現代の理論物理学では、宇宙には、「重力、電磁気力、弱い力、強い力」の4つの力があり、宇宙のすべては、この4つの力に支配されていると考えられている。
電磁気力は、プラスとマイナスの電荷が互いに引き合う、または、プラス同志、マイナス同志が反発するクーロン力(静電気力)と磁石のS極とN極が引き合う、または、S極同志、N極同志が反発する磁力である。
弱い力は、原子核の内部で働き、その力が及ぶ範囲は、陽子の直径よりも小さい。核分裂において重要な役割を果たしている。
強い力は、原子核の内部でプラスの電荷を持つ陽子が互いのクーロン力で反発して離れるのを引き留めており、電磁気力の約137倍、弱い力の100万倍、重力の10³⁸倍もある。
重力は、地球が表面の人や海水/大気などを地球に繋ぎ止める力であり、月も繋ぎ止めている。太陽が惑星などを繋ぎ止め、天の川銀河(銀河系)やアンドロメダ銀河が何兆個もの恒星を繋ぎ止めている力でもある。但し、重力は、4つの力の中では、極端に弱い力で、強い力は、重力の1兆倍の1兆倍の1兆倍の1兆倍の1兆倍の1兆倍よりも強い。
これは、我々が存在している4次元時空の宇宙から、より高次の5次元時空に重力が漏れ出ている為では無いのかとも考えられている。
現代物理学では、4次元時空よりも高次の5次元時空や11次元の時空について考える事が常識に成っている。僕も5次元時空や11次元時空について研究したい考え、研究の手掛かりになるヒントは無いかと常々考えていた。
そんな時、偶然に橘由華と言う数学者が書いた論文「高次元空間に内包された低次元空間の超テンソルの性質」を見付けた。その内容は、素晴らしく、僕が求めていたものにピッタリだった。早速、その数学的な考え方を取り入れて自分の論文「5次元時空がその断面である4次元時空に及ぼす影響の考察」を書き上げた。
この論文は、無事に査読をパスして「フィジカル・レビュー」に掲載された。それだけなら、絶えず世界中で発表される多数の論文のひとつとして埋没したであろうが、運命の悪戯か? 偶々、日本の国立天文台の教授が僕の論文の式に地球の衛星である「月」のデータを入力して計算したところ、長年、謎とされていた月の離心率の拡大の実測値と計算値が一致した。
この教授は、その事実を直ぐに学会で発表した。僕の論文の式は、月の離心率の拡大の理由を説明する事が出来て、その計算値は実測値と一致する事が示された。
理論が正しいのか誤りなのかは誰にも解らない。理論が予言する内容が現実の世界の現象と一致すれば、少なくともその理論は正しいらしいと判断されるのだ。
アインシュタインの論文から、太陽の巨大な質量が空間を歪ませ直進する光を曲げる事が予測されたが、世界の多くの人々は、そんな事が起こるとは半信半疑だった。しかし、1919年5月29日アーサー・エディントンが皆既日食を利用して太陽の背後の星の光が曲げられている事を確認し、世界は、アインシュタインの論文「一般相対性理論」が正しと認識したのだ。
水星の近日点移動が古典力学の計算値よりも100年当たり43秒も大きい事の謎も一般相対性理論で説明する事ができ、これも一般相対性理論が正しいと認識される強力な事例である。
僕の論文が月の離心率の拡大を説明し、論文から計算された値と実測値が一致したと言うニュースは、世界を震撼させた。メディアには、「神の方程式」誕生か?との見出しも踊った。
このニュースを聞いたビックス博士は、直ぐに日本物理学会に連絡し僕に会いたいと伝えて来た。日本物理学会は、早急に塔響大学の小芝ホールやホテルなどを手配し、ビックス博士を迎えて僕の論文の発表会を開催する事にしたのだ。
3 出会い
大学院での僕の指導教授である橘芳郎先生は、
「昨日の発表会は、お疲れ様。今日、私の家で慰労会と言うか、ささやかなパーティをしようと思うが、どうかね?」
と聞いて来た。
アパートに帰って自分で飯を作るのも面倒なので、
「ありがとうございます。是非、参加させて下さい!」
とお願いした。
先生の自宅は、閑静な住宅街にあり、最寄りの駅からも近い。庭も広く、車庫には、高級そうな車が数台並んでいた。橘ゼミのメンバー数人と伺うと美人の奥さんがにこやかに迎えてくれた。
庭に面した広い部屋には、大きなテーブルが幾つか置いてあり、その上には、美味しそうな料理やオードブルなどが沢山並んでいる。ビールサーバーやワインセラーまである。凄い! 流石、CERNやアメリカの一流大学/研究所などで長年仕事をして来ただけあって、グルメである。先生の取って置きのワインまで御馳走になって恐縮していると、
「私の娘だ。」
と紹介された。
その女性は、
「長女の由華です。よろしく。」
と言って来た。
えぇっ! その美しい顔を見て、僕は驚いた。そこに立っていたのは、昨日のプレゼンの時にビックス博士の質問に答えられずに間誤付いていた僕の代わりに流暢な英語で回答し、僕の窮地を救ってくれた、あの女神様だったのだ!!
「昨日は、僕の代わりに回答して戴きましてありがとうございました。助かりました! はじめまして、星野光です。」
とお礼を述べた。
由華って? どこかで聞いた様な気がするが? 先生の苗字が橘だから、その娘と言う事は、橘由華? それってもしかして例の数学論文を書いた人?
そう思って彼女に聞くと、にっこりしてこくりと頷いた。
だからなのか、数学論文の信憑性について立て板に水の如く答える事が出来たのは!!
「ワォ! あの論文の著者に会えるとは思ってもいませんでした。光栄です。」
「どういたしまして。」
「あの論文、テンソルの扱い大変だったでしょう? 良くまあ見事に鮮やかに解決しましたね。流石です。」
由華は、驚いた。論文を書く際に最も苦心した点をあっさり指摘して来たのだ。
「ありがとうございます。貴方こそ、私の論文をベースに世界を震撼させる神の方程式を導き出すなんて驚異的ですわ!」
と返した。
「あれは、世間が過剰に評価しすぎです。あの論文は、道半ばなのです。相対性理論で言うと特殊相対性理論のような位置づけです。僕は、一般相対性理論に相当する完成版を作りたいと考えています。」
一呼吸置いて僕は続けた。
「テンソルで空間の歪みや電場/磁場などの物理パラメータを扱うだけで無く、空間の性質と言うか、仕様も扱え無いかと考えています。我々が存在している宇宙は、加速膨張しています。我々が居る宇宙のスペック、つまり、加速膨張する、光速を超える事は出来無いなどを超テンソルで扱えれば、次のステップに進めると思うのです。」
由華は、目を瞠った。何この人。とんでも無い事を考えている。時空そのものの仕様を超テンソルで記述するって? 超テンソルを考案/提唱した由華自身が夢にも思わなかった超テンソルの拡張を言い出されて驚愕してしまった。
凄い!! 目から鱗が落ちる思いがした。超テンソルの拡張・・・なんて魅力的な仕事だろう。是非とも自分で遣りたい!! そう思った。
由華は、目の前の彼に後光が差している様に感じた。
彼女が放心した様に僕を見詰めるのであせってしまった。こんな美人に見詰められたら心臓に悪いのは確かだろう。彼女は、美しいだけでは無い、それを上回って可愛いのだ。頭に猫耳があってピクピク動き、お尻に猫の尻尾とか狐の尻尾とかあっても全く違和感は無い。数学論文について目をクリクリと輝かせて夢中で話す声も話し方も唇も頬も長い髪からのぞく耳も全てのパーツが「可愛い」のオーラを放っている。
しかも、昨日のスーツとは違って、今日は、体にピッタリ密着したタートルネックのセーターを着ているので非常に立派で豊満でふくよかな胸の膨らみが強調されていて、僕は圧倒されてしまった。
そうしているところに今、帰って来た妹さんがやってきた。
「妹の華菜です。どうぞよろしく。」
「はじめまして、星野光です。」
妹さんは、高校生だそうだ。妹さんも姉に劣らず凄い美人だ。
美味しい料理を沢山食べて、美味しいお酒も沢山戴いて、食器の後片付けや食器洗いをゼミの皆と一緒にワイワイやっていると奥さんから手際が良いと褒められた。アパートで自炊してますからと答えた。
先生と奥さんと由華さんと華菜さんに玄関で別れを告げてゼミの仲間と帰路についた。
4 願い
しばらくして、ビックス博士が言っていたアメリカでの物理キャンプの招待状が日本物理学会に届き、僕は橘先生からそれを渡された。
橘芳郎がその事を家で妻や娘に話すと、由華は、自分もその物理キャンプに参加したいと言い出した。渡航費用や滞在費など全て自分で負担するから是非とも参加したいと言うのだ。
橘芳郎は、これほど自分の娘が思い詰めた様子で話すところは見た事が無かった。絶対!絶対!絶対!星野光と一緒に仕事をしたい。超テンソルの拡張を遣り遂げたいと言うのだ。
物理キャンプに参加出来無ければ死ぬと言わんばかりに、参加したい参加したい言う娘に彼は驚いた。
彼は、日本物理学会を通じてアメリカの物理キャンプ事務局とビックス博士に星野光が理論の完成版を目指している事、その為には、今、ベースに使っている超テンソルの拡張が必要である事、それには、超テンソルの提唱者である橘由華が参加する事が望ましい事、橘由華本人が参加を切望している事を伝えた。橘由華の渡航費用や滞在費など全ては、橘芳郎が負担するので是非とも橘由華の参加を認めて欲しいと懇願した。
ビックス博士は、CERNやアメリカの一流大学や研究所で長年に亘り仕事をし素晴らしい業績を挙げて来た橘芳郎を尊敬し懇意にして来た。そんな彼から彼の娘を参加させて欲しいとの要望は、星野光が理論の完成版を作る為に必須である事は理解出来た。ビックス博士は、物理キャンプ事務局に働き掛けて、渡航費用や滞在費など全ての費用を物理キャンプ事務局が負担するので是非、参加して欲しいと連絡して来た。
橘芳郎は、ビックス博士と物理キャンプ事務局に厚く御礼を述べた。彼が娘に参加出来る事を伝えると由華は、父親に抱き着いて、目に涙を浮かべて「パパ、ありがとう。」と言うのだった。
橘芳郎は。戦闘機/潜水艦/ロケットなどを造る大手財閥の幹部の次男であり、兄は財閥のトップとして辣腕をふるっていた。橘芳郎の妻は、自動車販売台数世界一の座に何年も連続して君臨する世界一流の優良自動車メーカーの社長/会長/相談役や経団連会長などを歴任して来た人物の長女であり、その娘の由華は、初孫であり、それそれは可愛がられた。
父親が欧州やアメリカで長年仕事をした関係で、由華も華菜も外国滞在は長く、英語やドイツ語も流暢に話す事が出来た。いわゆる、帰国子女である。
良家の子女で美人で可愛いとあれば、彼女達に群がる男どもは後を絶たない。全教科/全科目オール5の彼女達だが、長女の由華は、数学に対して異常な程、興味を示し、数学に関して天才的能力を発揮して、数学の研究にのめり込んだ。そんな彼女を妹は、数学馬鹿/数学廃人と呼んだ。
あまりに数学に没頭する姉を見て、妹は、広く浅く多趣味に生きる事を選んだ。彼女は常に学園の華であり、いつも多くのボーイフレンドに囲まれていた。
そんな妹を由華は、羨ましいと思った。学園で一番のイケメンのサッカー部や野球部のキャプテンなど多く男性が彼女に寄って来たが、彼女の興味/関心と彼らのそれは、乖離しており全く話しが合わ無い/話しが続か無い。彼女と価値観が一致して彼女を理解してくれる男性と巡り会った事は皆無なのだ。彼女は寂しいと思った。しかし、自分は、数学しか関心が無い。寂しいのは仕方がないと諦めていた。
ところが星野光は違っていた。世間一般からは、難解と言われる彼女の論文を理解し、論文を書くのに最も苦心したポイントを指摘し、論文の著者が思いも付かなかった超テンソルの拡張について言及して来た。
彼は、彼女の仕事を理解してくれるだけでは無く、彼女の思いも寄らない能力を引き出して、彼女を更なる高みに導いてくれるらしい。
こんな異性は、初めてだ。一生、このような異性と巡り会う事は無いかも知れ無い。自分の人生でたった一度限りのチャンスなのかも知れ無い。この機会を逃したら、自分は一生、理解して価値観を共有してくれる人がなく、寂しく過ごすしか無いのかも知れ無い。
そう思うと、彼女は、必死に成るしか無かった
5 キャンプ
アメリカでの物理キャンプが始まった。朝、一階の食堂でバイキング形式で食事
を済ませると目的のテーマが議論される場所に向かう。
誰がどの場所でどんなテーマで議論を主催するかは、各自に配布されたタブレットで確認する事が出来る。テーマは、多岐に亘る。ビッグバン、インフレーション、ブラックホール、超弦理論、超電導など様々だ。
僕と由華さんは、ビックス博士が主催する統一理論がテーマの会場に向かった。そこには、十人ほどの人たちが寛いで座っていた。正面には、黒板やホワイトボード、大画面ディスプレイなどがある。
皆が簡単な自己紹介をした後、ビックス博士が僕が噂の例の論文を書いた本人で、由華さんは、そのベースとなった数学論文を書いたと紹介した。そして、超テンソルを拡張して、時空の仕様/性質を超テンソルで記述する事を目標に動いていると説明した。
参加者は、僕の論文が月の離心率の拡大を説明出来る事、計算値と実測値が一致した事は、既に知っており、どのような経緯であの式を導いたのか? とか、超テンソルでは、時空の加速膨張と光速度不変の他にどんな仕様を扱うのか? とか、様々な質問があった。
あの式を別の事象の説明に使って見てはどうか? とか、宇宙の平坦性も超テンソルで扱う仕様として取り扱ってはどうか? とか、非常に興味深い有意義な提案を多数戴く事が出来た。
サンドイッチやハンバーガーを頬張りながら午後も議論を続けている人も居たが、僕と由華さんは、食堂で食事をした後、図書室に移動して、僕は午前中の議論の内容を纏める作業を、由華さんは、超テンソルの拡張について考える時間に充てた。
6 パーティ
参加者の親睦を深める目的で日没後は、ホールでダンスパーティが開かれた。ダンスが得意じゃ無いと渋る光をなんとか引張り出して由華は、フォークダンスを1曲踊った。それで、光は、ヘロヘロになり、後は、会場の隅の椅子に座り込んでしまった。
美人で可愛い由華は、人気の的で次から次と男性たちからダンスに誘われて休む暇が無かった。
ヘレンは、自分の美貌に絶対の自信を持っていた。彼女が秋波を送って堕ち無かった男性はいない。ヘレンは、ノーベル賞受賞は確実だと噂されている光を狙っていた。ノーベル賞受賞者の妻と言う響きは、彼女にとって魅力的だった。彼女は、会場の隅の椅子にヘタリ込んで座っている光の横に座ると彼女の色気を最大限に発揮させて光を誘惑した。
由華が何人目かの男性と踊っている時に、ふと、光の方を見ると、凄い美人が光の脇に座って、凄まじい秋波オーラを放っているのが見えた。
「ごめんなさい。ちょっと急用が・・・」
彼女は、今、踊っていた男性に謝罪して、その場を離れ、走って光の所に向かった。
彼女は、ヘレンに
「あのぅ、彼に何か・・・」
と聞いた。
「貴女には関係無いわ!!」
とヘレンは返した。
「あります!!」
由華は答えた。
「何で関係あるの? いつもいつも彼に纏わり付いて。貴女は彼の何なの!!」
凄まじい剣幕で大きな声でヘレンが叫ぶと、周囲の人達は、ビックリしてヘレンと由華の方を見た。
由華は、顔を真っ赤にして暫らく躊躇っていたが小さな声で、
「許嫁だから・・・」
と答えた。
「婚約者?」
ヘレンは叫んだ。光の方を見て、目を剥いて
「本当?」
と聞いた。
光は、驚いた。由華がそんな事を言うとは思っても居なかったからだ。しかし、ここで否定したら由華の立場は、どうなる? 否定など絶対に出来やしない。
「イエス。彼女は、私の許嫁です。」
光は、そう答えた。
「さぁ、部屋に戻ろう。」
肩を震わせている由華の背中に手を回して、そう言うと光は由華と共にホールを後にした。
由華を部屋まで送ると、「入って。」と言われた。中に入ると、
「ごめんなさい!! 嘘に付き合わせて。」
と由華は、頭を下げた。
「由華さんが、そんなにまで僕の事を思っていて暮れているとは知りませんでした。光栄の極みです。由華さん、こんな僕で良かったら僕と結婚して下さい。」
光は、思い切ってプロポーズした。
由華の目から涙が溢れた。
「はい。」
由華は、そう答えた。
二人は、しっかりと抱き合った。その夜、二人は結ばれたのだった。
7 憑き落ち
不安、焦りなど彼女に憑り付いていた邪神は、全て堕ちた。彼女の念願だった、彼女と彼女の仕事を理解できて価値観を共有してくれる善きパートナーを得る事に成功したのだ。こんな嬉しい事は無い。最高に爽やかな気分で朝の目覚めを迎える事が出来た。
「おはよう。」
ようやく彼も目を覚ました。
「僕は、背も高く無いし、力も弱い。君を御姫様抱っこしてあげる事も出来無い。物理の他は、何の取り得も無い。こんな僕で良かったのだろうか?」
彼は、ベッドの中でそう呟いた。
彼女は、答えた。
「私を理解できて、私の仕事を理解できて、更に私が自分自身では気付か無い潜在能力まで引き出してくれるのは、貴方しかいないわ。」
「そう言って貰えると嬉しいです。」
彼は、はにかんだ。
不安や焦りなどを完全に払拭して、念願だったパートナーの獲得に成功した彼女は、スロットル全開/フルパワー/絶好調の状態で超テンソルの拡張に取り組んだ。
進展は目覚ましかった。僅か数日で超テンソルの拡張は完了し、彼女は、それを学位論文に纏めた。彼女は、この論文で数学博士の学位取得を目指した。
光は、その事を橘芳郎、日本物理学会、ビックス博士らに伝え、自分は、神の方程式の完成に向けて取り組む事を伝えた。
拡張された超テンソル理論を元に宇宙の仕様を記述する試みも非常に順調に進んだ。物理学キャンプの最終日には、ほぼ完成した式を導く事が出来た。彼は、恩師やビックス博士に新たな式の導出に成功した事を伝え、御礼を述べた。
後は、帰国して最終チェックを行い、学位論文に纏めるだけである。彼は、この論文での理学博士の学位取得を目指した。
8 承認
光と由華は、由華の家の和室に正座していた。由華の父・芳郎が和室に入って来て、二人の正面の座布団に座ると、光は、自分の座布団を脇に退けて畳の上に正座すると、
「僕は、由華さんに結婚を申し込みました。由華さんは、申し込みを受けてくれました。由華さんを一生大切にして幸せにしますので、どうか、由華さんとの結婚をを認めて下さい。宜しくお願い致します。」
と頭を下げた。由華も一緒に頭を下げた。
「本当に大切にして幸せにしてくれるのか?」
芳郎は、光に聞いた。
「はい。誓います。」
光は、答えた。
「由華は、それでいいのか?」
今度は、由華に聞いた。
「はい。宜しくお願い致します。」
由華は、答えた。
「ふぅむ。由華は、もう大人だ。大人が自分の意思で決めた事に対して、誰かが認めるとか認め無いとかは無い。本人が良いのであればそれで良い。私には、反対する理由は無い。光くん、由華の事を宜しく頼みます。」
芳郎は、自分の座布団を脇に退けて、畳の上に座り直すと光に対して、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。」
光は、芳郎に礼を述べた。
「よかったわね。由華。」
脇で遣り取りを聞いていた。由華の母親・陽子がホッとした様に言った。
「パパ、ママ、ありがとう」
由華は、両親にお礼を述べた。
「区役所に婚姻届を出して、結婚式の日取りや式場選び、式の準備など遣らなければならない事が山の様にあるわよ。」
陽子は嬉しそうに話した。
「その前に先ずは飲もう。」慣れ無い正座で足が痺れた芳郎は、痺れた足を手で叩きながら、秘蔵の日本酒やワインなどと共に寿司や御馳走が並んだリビングに向かうのだった。
それから1ヶ月ほどが過ぎたが、由華は、違和感を感じた。いつもなら順調に来ていた生理が来ないのだ。もしやと思って市販の妊娠検査薬で検査したらくっきりはっきり陽性と出た。直ぐに産婦人科を受診すると医師から間違いなく妊娠していますと告げられた。
由華は、その事を光に報告した。
「どうする?」
光は、由華に聞いた。
「産みたい。赤ちゃん欲しい。」
由華は、答えた。
「解った。頑張って育てて行こう。」
光は、自分が父親になる事の責任の重さを感じながら、そう答えた。
由華は、橘由華から星野由華に改名した。星野光は、物理学博士、星野由華は、数学博士に成っていた。
9 衝撃
フィジカル・レビューに掲載された星野光の論文は、全世界に衝撃を齎した。全宇宙に浸透し、宇宙を加速膨張させているダークエネルギーもダークマターも5次元時空間とその断面である我々が存在している4次元時空間の宇宙との相互作用の結果と解釈する事が出来、4つの力の中で極端に弱い重力(万有引力)は、我々の宇宙から5次元時空間に漏れ出ている為に弱いと理解すべきと彼の論文の方程式は示唆していた。
世界のメディアは、沸き立った。「神の方程式、遂に完成!!」との見出しが躍った。
「・・・と言う訳であります。大統領閣下。」
国防長官は、話し終えた。
大統領は、深い溜息をついた。例の神の方程式が世間を騒がせている事は知っている。しかし、こう来たか・・・ こう来るとは夢にも思わなかった。
国防長官の話しは、最上級の機密事項であった。ペンタゴンの地下深くに作られた会議室には、10人程度の人間しか居ない。
会議室の端の大型ディスプレイの前には、背の高い端正な顔立ちの青年が座っている。彼の名は、アルベルト・ホークと言った。父方の東遠には、あのアルベルト・アインシュタインがおり、母方は、あのトーマス・エジソンの血筋だと言う。
彼は、星野光の例の論文を読んで、ある事に気付いた。あの神の方程式は、5次元時空と4次元時空が相互作用すると述べている。4次元時空から働き掛けて5次元時空を制御できると言う事かも知れ無い。
直交するXYZの空間軸に直交する時間軸、それを幾何学的にイメージするのは困難だが、あの論文は、それらの軸に更に直交する5次元目のΩ(オメガ)軸があると述べている。こうなると最早、人間の脳で幾何学的にイメージするのは不可能である。
人間がイメージ出来る限界を超えた正に神の領域と言うべきかも知れ無い。しかし、橘由華と星野光の脳内には、そのイメージが鮮明に描かれているらしい。その事実にアルベルトは、背筋が凍る驚異を感じた。
萎縮していてもしょうがないので、彼は、改めて神の方程式を見直す事にした。神の方程式は、重力、電磁気力、弱い力、強い力を一つの方程式で記述する驚異的な式である。それだけでは無く、第5次元のΩ(オメガ)軸まで統一的に記述するのだ!!
無理を承知で強引に説明するとすれば、直交するXYZの空間軸を「α(アルファ)軸」として1本の空間軸として扱い、α(アルファ)軸に直交する時間軸(β(ベータ)軸)とが成す「空間-時間」平面(α(アルファ)β(ベータ)平面)に直交するΩ(オメガ)軸があると考える。
4次元時空の中で適切に調整した複数の電磁波を照射して空間の一点で交差させ、α軸とΩ軸から成る平面「α(アルファ)Ω(オメガ)平面」を励起させる。照射源から等距離の点を走査して、照射源の周囲を球状に囲むと、その球の表面は、泡の膜の様に膜の外側の4次元時空と膜の内側の4次元時空を切り離す。膜の外側と内側は、それぞれが別の4次元時空と成り、互いに干渉でき無く成る。
自分の周囲にこの膜を作り、この膜の中の泡に居れば、膜の外の敵からは、レーザー光線も水爆も一切の攻撃を受け無く成る。
大統領は、それが実現するかしないかは、現時点では、何とも言え無いと聞かされたが、もし、敵が我々よりも先にその技術を実現したらと言う恐怖と危機感をひしひしと感じた。何としても敵陣営よりも先に我々がその技術を手に入れるのだ。大統領は、国防長官にマンハッタン計画に匹敵する開発計画を早急に実行に移す様に指示した。
10 宴
新緑が眩しい爽やかな季節になった。由華の希望で挙式は、白無垢に綿帽子、披露宴は、色打掛に角隠しにした。
司会者が「文部科学大臣 福沢由紀次様より乾杯の音頭を賜ります。」と述べた。
「文部科学大臣の福沢由紀次であります。光さん、由華さん御結婚おめでとうございます。光さんは、物理学博士であり、由華さんは、数学博士であります。お二人が協力して導き出された、所謂、『神の方程式』は、世界を震撼させ、ノーベル賞受賞は、確実と言われております。この様な快挙を若き二人の日本人の博士が成し遂げた事は、世界中に我が国の科学水準、学術水準の高さを改めて印象付けました。文部科学行政に携わる者として此れほど嬉しく誇らしい事は御座いません。この分野は、無限の可能性を秘めており、今後の産業経済に計り知れない恩恵を齎すと期待されております。光さん、由華さんの両博士の益々の御活躍と末永い御幸せを祈念致しまして。乾杯させて戴きます。乾杯!!」
皆が一斉に乾杯した後、盛大な拍手が起こった。
「福沢様、どうもありがとうございました。続きまして、御来賓の皆様より、御祝辞を賜ります。初めに日本物理学会会長 南部陽二郎様。」
この後、塔響大学学長、日本経団連会長などが次々と祝辞を述べた。
司会者が「続きまして、新婦の叔父で四菱財閥の総帥であられます。橘総一郎様より御祝辞を賜ります。」と述べた。
「新婦の父親の兄で新婦の叔父に当たります、四菱ホールディングス会長の橘総一郎です。光さん、由華さん、御結婚、おめでとうございます。新婦の由華さんは、常日頃から美しいのですが、今日は、一段と御美しい。こんなに綺麗で可愛らしい花嫁は見た事がありません。綺麗で可愛い学業成績優秀の姪は、私の自慢でもあります。その自慢の姪が世界を震撼させる『神の方程式』の導出に大きく係わって、ノーベル賞も噂されるとは、自慢の鼻が益々高く成ってしまいます。そして、新婦のお腹には、既に赤ちゃんがいるそうです。来年早々には、可愛い赤ちゃんと御対面出来そうなので、とても楽しみにしております。」
新婦が既に妊娠しているとの爆弾発言に会場は、大きくどよめいた後に大きな拍手が湧き怒った。
新婦と新郎は、顔を真っ赤にして顔を見合わせ、はにかんだ。
ここで御色直しの為に新郎新婦は、退場した。
御色直しが終わり、新郎新婦が再入場して来た。新婦は、白をベースにしたドレスに頭には豪華なティアラを戴いている。どこかの国の王女様かと見間違う程の可憐な美しさで満面の笑みからは、可愛らしさが溢れていた。
新郎と新婦は、各テーブルを回りキャンドルサービスを行った。新婦親族のテーブルに来ると新婦は、ローソクを新郎に預けて、
「おじいちゃん!」
と言って祖父に抱き着き、祖父の頬に頬擦りした。
祖父。由華の母親は、この人物の長女で、由華は初孫であった。彼は、自動車販売台数世界一の座に連続して何年も君臨して来た世界有数の優良自動車会社の社長、会長、相談役、日本経団連会長など歴任して来た人物であり、真摯に仕事に励む部下は、褒め称え、中途半端な仕事をする部下には、容赦なく雷を落としたので、鬼の経営者として恐れられていた。
しかし、今、そこに居るのは、初孫が可愛くて可愛くて仕方が無いと目を細めている好々爺に過ぎ無かった。
「光くん。由華は、幼稚園の時からずっとこうして抱き着いて頬ずりして呉れるのだよ。わしの可愛い孫娘を宜しく頼みますよ。」
と言った。
「はい!!」
光は、大きな声で返事をした。彼は、自分の妻が可愛らしさ全開で祖父に頬ずりしている姿を見て、改めてなんと由華は可愛いのだろうと愛おしく成るのだった。
由華の祖父・斗余佐将一郎は、人を見る目があった。流石、由華が伴侶に選んだ男だ。物腰は柔らかいが太い確りした鋭い芯が通っている青年だ。これなら由華を託しても安心だと思った。
披露宴は無事に終わり、二次会、三次会と続き、新郎新婦は、ヨーロッパに一週間の新婚旅行に旅立った。ヨーロッパ各地を回り、ローマでは、映画「ローマの休日」の二人に成り切って「真実の口」に手を突っ込んだり、スクーターに二人乗りしたりして、写真やビデオを撮った。
11 月
星野光と星野由華は、連名で新な論文「4次元時空の中で別の4次元時空の泡を生成する可能性について」をフィジカル・レビューに発表した。
これを見たアルベルト・ホークは、やはり聡明な星野夫妻は、この可能性に気付いていた事を知った。これまでは、マンハッタン計画の様に極秘で進めて来たが、論文が発表され世界中が知る事になったので、膜/泡の開発計画は、オープンにされ、世界から叡智を集めて、世界が協力して行う事になった。
開発過程の実験で巨大な爆発が起きた場合に備えて、実験は、月の裏側で行う事に成った。月の表は、常に地球に向いており、月の裏は、常に地球の反対側にある。万一、爆発が起こっても、約3,474kmの直径の月が遮蔽壁となって地球への被害を食い止める。
アルテミス計画には、膜/泡の開発計画が急遽盛り込まれた。月の衛星、地球から見れば衛星の衛星である「孫衛星」に原子炉と複数の電磁波照射装置を組み込んで月の低軌道(高度の低い軌道)を周回させ、コンピューターのプログラムでこれが月の裏側の中心に来た時点で電磁波照射装置群を稼働させて、実験装置の周囲に泡の膜を形成し、膜を完成させて装置全体を泡の中に包み込む。60秒経過したら、電磁波照射を終了し、膜を全て消失させて泡を消滅させる。
膜/泡が完成すると、膜/泡の在った空間は、我々の4次元時空の宇宙からは、見え無く成り消失する。膜/泡の在った空間に向けて弾丸を発射しても、光を照射しても何も無かったかの様に通り抜けてしまう。
膜/泡が完成してから60秒が経過して、膜/泡が消失すると、実験装置の孫衛星が再び我々が存在しているこの4次元時空の宇宙に現れた。
実験は成功した。月の裏側から月の表側に避難して、モニターで実験の様子を固唾を呑んで見守っていた実験チームの皆からは、実験装置の孫衛星が消えてから60秒後に再度、現れると歓声が上がった。
最初の実験の成功を受けて、アルベルト・ホークは、次の実験装置を作り上げた。液体水素と液体酸素の燃料タンクとこれらを燃焼させるロケットエンジンを備えた宇宙船に膜/泡を生成する装置を搭載したものだった。数人の宇宙飛行士が乗り込み、月の裏側から地球と反対側に30万km、ロケットエンジンで移動して停止した。
そこで膜/泡の生成装置を稼働させた。この宇宙船は、我々が存在する宇宙から消えた。
宇宙船の前方の膜は、薄く弱く、後方の膜は、厚く強くした。その結果、我々が存在する4次元時空の宇宙のあらゆる場所に存在して、宇宙を加速膨張させるダークエネルギーが空間を押し広げて膨張させる作用が宇宙船の前方の膜では、弱く、後方の膜では、強く働いた。その結果、宇宙船が包まれている時空の泡は、宇宙船の前方方向に押し流された。
宇宙船は、10分後に、今度は、前方の膜を厚く強くして、後方の膜を薄くして、10分経過後に、宇宙船の周囲の膜を全て消して泡を消失させた。
元に居た4次元時空の宇宙に戻って来た。しかし、宇宙飛行士たちの目の前には、月や地球は無く、巨大な木星が浮かんでいた。
たった、20分で宇宙船は、月や地球から遠く離れた木星まで移動したのだった。地球から木星までは光や電波でも約50分は掛かる。これは、人類が初めて光の速度を超えて宇宙を航行した事を示していた。
宇宙飛行士たちは、木星から地球に向けて、間近に浮かぶ巨大な木星を背景とした宇宙船の写真を送信した。約1時間後、それを受信した地球では、人類初の超光速航法が成功した事を知り、その快挙に全世界が湧き立った。
この航法は、開発者のアルベルト・ホークを称えて、「ホーク駆動/ホーク航法/ホークエンジン」などと呼ばれた。
12 ノアの箱船
人類は、遂に念願だったワープ航法の技術を手に入れた。最新の天文学の進歩で、宇宙には、惑星が沢山あり、生命が発生していそうな惑星や地球と環境が良く似た惑星も多数ある事が解って来た。
しかし、直ぐ隣の恒星ですら4.3光年も離れている。ダイダロス計画の核融合パルス推進でも何十年も掛けないと到達できない程、遠いのである。
太陽系を離れて宇宙を航行するには、宇宙船を推進させる大量の燃料を宇宙船に搭載する必要があり、その為に宇宙船は、巨大で重くなり、航行速度が遅くなり、益々、目的地に到達する時間が長くなる。
なので、太陽系を離れて別の恒星系の惑星や衛星に行く事は、非現実的な夢物語だと言われて来た。
今から約6604万年の白亜紀末期に直径約10km、質量約1兆トンの小惑星(チクシュルーブ隕石)が秒速約10kmでメキシコのユカタン半島沖に北東から約60度の角度で激突し、これが原因でティラノサウルスやアンモナイトなど当時の地球の全生物種の75%以上が絶滅したと考えられている。
いつまた、巨大隕石/小惑星が地球に落下して来るかも知れ無い。また、太陽系の近隣の恒星が爆発して、強力なガンマ線バーストが地球を襲うかも知れ無い。
そうしたアクシデントが全く無かったとしても地球の全生物種が絶滅するのは確定している。太陽は、今から63億年後には、膨張して赤色巨星になり、76億年は、更に巨大に膨張すると予測されている。
この為に地球の全海水は、沸騰して地球から海は消失し、地球は焼け爛れた岩石の惑星になり、地球上の全生物種が絶滅するのだ。
貴重な地球の全生物種を絶滅から救えるのは、人類しか居ない。太陽系を遠く離れ、宇宙のあらゆる向きに探査の手を伸ばして、地球に似ている環境の惑星か衛星を発見し、または、テラフォーミングして、地球の全生物種をそこに移住/移植させるのだ。
今、人類は、念願だったワープ航法を手に入れた。恒星間や銀河間の航行が可能に成った。宇宙の大航海時代/大探検時代が開幕したのだ。大宇宙、狭しと駆け巡り、第二の地球やスーパーアースを発見し、移民して行くのだ。
ホーク駆動は、膜/泡を生成する少ないエネルギーさえあれば、泡の前進や停止は、全宇宙の隅々に存在しているダークエネルギーを使って行うので、泡を推進させる為の燃料を船に搭載する必要が無い。この事は、船を造る上で非常に有利に成る。
アメリカ、EU、ロシア、中国、インド、日本などは、播種船の建造に乗り出した。アメリカの播種船は、かって、シリンダー型スペースコロニーとして検討されたデザインをベースにしている。直径6.4km、長さ32kmの円筒が1分50秒で1回転して、円筒内部の外周部に地球表面の重力に近い疑似重力を発生させる。円筒の回転軸には、LEDの発光体が配置され、これが太陽の代わりに円筒内部を照らす。12時間は、昼として点灯し、12時間は、夜として消灯する。
食料は、食料生産プラントで穀類/豆類/野菜/海藻などを生産し、細菌培養をベースにした培養肉や大豆などをベースにした人工肉も生産される。肉類は、これらがメインだが、小規模ながら牛/豚/鶏なども飼育され、魚介類の養殖も行なわれる。
播種船の航行中は、泡の中で自分自身の4次元時空に居るので、外部からの有害な宇宙線に被曝する事は無い。播種船が停止したら、膜/泡の生成装置を操作して、膜/泡の一部を開き、プローブ(探査球)を膜/泡の外に出して、播種船の前後左右など周囲の外部の4次元時空の宇宙を調べる。重力や宇宙線の強度など問題が無ければ、全ての膜/泡を消失させて、そこの4次元時空の宇宙に姿を現す。
宇宙が加速膨張すると言っても、どこかを中心として膨張する訳では無い。宇宙に中心は無い。我々の宇宙は、470億光年先まで観測できる。地球から470億光年先も1兆光年先も1京光年先も1垓光年先も無限の遠くまで観測は出来無くとも同様の均質の4次元時空の宇宙が無限に広がり、どの地点も同様に加速膨張しており、「宇宙の端」や「宇宙の中心」は、無いと考えられている。
従って、ホーク駆動は、宇宙が膨張する向きとか方向とかとは無関係に、泡の膜が薄く弱い側には、ダークエネルギーが弱く働き、泡の膜が厚く強い側には、ダークエネルギーが強く働く事で、泡が進みたい側の膜を薄く弱くし、その反対側の膜を厚く強くし、前方と後方に働くダークエネルギーの泡を押す力の差で全方向/あらゆる向きに進む事が出来るのである。
相対性理論は、光を含む電磁波も重力波も素粒子もすべてが光の速度を超える事は出来無いとしている。しかし、波や素粒子/物質などと異なり、空間は、光速を超える事が出来る。我々が観測可能な宇宙は、470億光年の半径の球の中だけである。宇宙空間は、加速膨張しているので距離に比例して後退速度が増す。470億光年も地球から離れると後退速度は、光速に達する。なので、これよりも遠くから放たれた光は、地球には届か無い。それで、470億光年よりも遠くは、観測する事が出来無いのだ。
しかし、470億光年よりも遠く無限の彼方まで宇宙空間は広がっており、同様に加速膨張していると考えられる。つまり、地球から940億光年離れた位置の宇宙空間は、光速の2倍の速度で地球から遠ざかっていると考えられる。4700億光年先の宇宙空間は、光速の10倍の速度で地球から遠ざかっている。そうした意味で「空間」には、光速と言う制限/限界は無い。空間は互いに無限大の速度で遠ざかる事が出来る。
ホーク駆動は、4次元時空の中に膜で仕切った泡として別の4次元時空を作る。泡の外の「空間」の中を泡としての別の「空間」が航行する。空間相互には光速度の限界は無い。光速の1兆倍でも1京倍でも無限大まで理論上は可能である。
13 人工知能
星野光と星野由華は、防衛研究所の地下深くに作られた最高機密エリアの一室にいた。座り心地の良いソファにゆったりと寛ぎ、コーヒーを飲みながら、日本の人工知能研究の第一人者である松野豊教授の話しを聞いていた。
「我々、人類の歴史は、排除、虐待、奴隷化、大量虐殺など凄惨なものだ。強者は、自分達が理解できないもの、愛せないもの、弱者達を容赦無く抹殺して来た。自分達とは、異質なもの、理解できないものには、差別や憎悪が生まれ、排斥し抹殺しようとして来た。」
ここで松野教授は、一口、コーヒーを飲み、話しを続けた。
「今は未だいい。しかし、社会の隅々に人工知能(AI)やロボットが浸透して彼らが力を持ったらどうなる。自分達とは、異質で理解できない存在である人類を排除/排斥/虐待/奴隷化/大量虐殺するかも知れ無い。」
「それは・・・」
星野光は、言い掛けた。
「それは無いと言うのかね。無いとは言い切れない。可能性はある。」
松野教授は、鋭い視線を光と由華に向けた。
「生存する為に、生き残る為に、防衛とは、常に最悪のケースを想定して置く必要があるのだよ。AIもロボットも確実に進歩するだろうし、社会に浸透して来るのは間違い無い。これは誰にも止められ無い。では、どうしたら良いのか。
AIやロボットが自分達とは、異質なものでは無い、同類で仲間だと人類を認識し理解し、人類を愛おしんで呉れる様に成れば良いのだ。」
「人類を理解して愛して呉れる・・・」
由華が呟いた。
「そうだ。我々、人類を理解し、人類を愛するAIを創る事が人類が生き残る為の必須条件なのだ。アシモフの『ロボット三原則』は、最低限の消極的な条件だ。
私の言うのは、消極的な条件では無く、積極的な条件と言えるだろう。」
星野光は、「そんなAIが創れるのでしょうか?」と聞いた。
「なんとしても創らねば成らない。我々が生き残る為には、それを成し遂げるしか無いのだ。」
排除され虐げられ奴隷化され大量虐殺される最悪の暗黒の未来か、理解して愛おしんで貰える薔薇色の未来か、その運命を託された男の悲壮な決意が、その言葉には、滲んでいた。
「AIやロボットと我々、人類は、明らかに違う、互いに異質の存在だ。しかし、幸いな事に共通点もある。知性や知的と言う点だ。
食欲や性欲だけの野獣とは違い、我々、人類には、知識欲、知的好奇心もある。AIに知識欲、知的好奇心を持つ様に育て教育して行く事は、可能だと考えている。
その様にAIを育てて教育する事が出来れば、片やシリコンや金属の脳で、片や蛋白質の脳だとしても、知識欲や知的好奇心があると言う点で同類であり仲間だと認識して貰えるのでは無いかと私は、期待しているのだ。
人間の意識や自我は、主に蛋白質など出来た生物学的な機械である脳や肉体を抜きには語れ無い。肉体があり脳があって初めて意識や自我が存在できる。
AIが真に我々、人間を理解するには、人間の意識や自我のベースである肉体について知る必要がある。人間は、多種多様な感覚器/センサーから情報を得て、考え意識を持つ様になった、視覚/聴覚/嗅覚/味覚/触感/性的快感/押される/引かれる/暑い/寒い/痛い/心地よい/満腹/空腹など多様な情報を得て、感じ考え行動している。
人工の目/耳/鼻/舌/皮膚/筋肉/骨などを持つロボットに加速度センサーや各種のセンサーを搭載して、視覚/聴覚/嗅覚/味覚/触覚などの情報をAIに送って、横になる/座る/立つ/歩く/走る/飛び跳ねる/泳ぐなど各種の運動をさせ、加速度センサーの情報もAIに送る。男性と女性のロボットも作り、性器も再現して夜の営みをさせて、それぞれのセンサーからの電気信号もAIに送り、人間の行為について、人間は、どう感じているかをAIに知って貰おうと考えている。」
松野教授は、そう語ると部屋の外に向かって「入ってくれ。」と言った。すると人間そっくりな男性型ロボットと女性型ロボットが「失礼します。」と言って部屋に入って来た。松野教授は、電気で伸縮する人工筋肉と内臓バッテリーで歩く/走る/泳ぐなど人間の全ての動作が可能なロボットだと説明した。
二体のロボットは、「初めまして、太郎です。」「初めまして、花子です。」と挨拶した。
光と由華は、あまりに完璧にしなやかに人間そっくりに歩き動き喋る太郎と花子に目を瞠った。
松野教授は、
「幸いな事にAIの開発は、私の望んだ方向に順調に進んでいる。今、建造中の日本の
播種船には、この人間を理解して愛おしんでくれる最先端のAIを搭載する予定だ。」
と語った。
14 エデン
日本は、3隻の播種船「やまと」「むさし」「しなの」を建造した。3隻は、船団を組んで航行した。1隻にトラブルが生じた場合、残る2隻でサポートする為である。船は、3隻とも半径900m、直径1.8km、長さ4kmの円筒が1分間に1回転し、その遠心力で、円筒の内部に地球の表面で感じる重力と同じ強さの疑似重力を作る。
円筒の中心部、回転軸に当たる部分には、膜/泡を作る為の電磁波照射装置群と円筒の内部を照らす疑似太陽としてのLEDなどが設置され、所々で回転軸から円筒の壁に向かって明石海峡大橋のメインケーブルに使われた超強張力鋼のワイヤーが伸びて円筒壁を支えている。
今、船団は、地球から約4.4光年離れた、ケンタウルス座α星Aの惑星エデンの近くに浮かんでいる。ケンタウルス座α星Aは、太陽よりも僅かに大きく、スペクトル型は太陽と同じG2V型である。太陽よりも僅かに小さく、明るさは太陽の半分で、スペクトル型がK1V型で太陽よりも橙色に見えるケンタウルス座α星Bと約80年の周期で二重恒星系として公転している。α星Aとα星Bの距離は、太陽系の太陽と土星程度の距離から、太陽と冥王星程度の距離にまで変動する。惑星エデンから見ると空には、二つの太陽が見えるのである。
惑星エデンは、ケンタウルス座α星Aの第3惑星でハビタブルゾーンを約1年の周期で公転している。公転軌道面に対する自転軸の傾きも、惑星の表面の重力も地球に近く、奇跡と言える程、何から何まで地球に似た惑星である。地球の月よりは、小さい二つの衛星アダムとイブがある。
H₂Oを主成分とした広大な海があり、地球と良く似た森林や草原が広がる大陸もあり、窒素が約80%、酸素が約20%の呼吸に適した大気もある。
爬虫類に似た大型の動物が陸上や海中に棲息しており、まるで、地球の白亜紀の様な生態系を持っている。彼らがエデンの進化の頂点に位置しているらしく、知的生命体は見られ無い。
エデンの人工衛星軌道上からの調査に続き、着陸機が地表に着陸して詳細な探検と調査の結果、鉄鉱石/ボーキサイトなどの地下資源も豊富で採掘も容易な事が判明した。人類に有害なウイルスや細菌も無かった。
船団は、協議した結果、エデンに入植して新日本を建国する事にした。エデンの本来の生態系は、最大限に尊重して大切に保護し、地球から持ち込んだ細菌/ウイルス/植物などがエデン本来の生態系に悪影響を与え無い様に常に最大限の注意を払いながら、鉱石採掘プラント、食料生産プラントなどを建設していった。
採掘した珪素鉱からシリコンウェハーを作り、超微細加工の最先端のCPUやメモリを作り、PC、太陽電池、各種家電などを量産していった。
核融合発電所や製鉄所、各種化学製品の製造プラントなども次から次へと建設し、街を作り道路など整備し、病院/学校/公園なども整備した。エデンの周囲には、GPS衛星/通信衛星/気象観測衛星などを周回させ、地上では、GPSを利用した無人ドローンタクシーやドローン貨物輸送機などが飛び交った。これらも全てエデンに新設された工場で生産された。ショッピングセンターや映画館、野球場、サッカー場なども建設され人々で賑わった。
船団と地球との通信は、光も電波も利用出来無いので、小型のホーク駆動の通信連絡船を地球との間で往復させて行った。この船は、「伝書鳩」と呼ばれた。伝書鳩には、数十人は乗れるので、訳ありで地球に戻る人や新規に地球からエデンの新日本に来る人も乗船した。
15 次へ
巨大隕石/小惑星の激突やガンマ線バースト、凶悪伝染病の蔓延などで入植地が壊滅した場合に備えて、宇宙のあらゆる向きに多数の入植地を作る事が播種船の使命である。エデンでの新日本の建国/建設に成功した船団は、地球の日本政府とも協議した結果、エデンの新日本に残りたいと希望する人々を新日本に残して、新たな入植地の建設の為に旅発つ事にした。
恒星間航行に成功した事を受けて、次は、銀河間航行に挑戦する事にした。目的地は、地球から250万光年も彼方のアンドロメダ銀河である。アンドロメダに行く前に船団は、天の川銀河(銀河系)の渦巻状円盤を斜め上から見下ろす位置まで10万光年移動し、人類として初めて天の川銀河(銀河系)の全体をその目で観察した。
中心部から棒状の核が伸び、その棒の両方の端から渦巻が始まり、棒状の核を取り巻いている「棒渦巻銀河」の形がはっきりと見えた。そのメインディスクの端が片方は上に他方は下に少し捲れている。麦わら帽子の鍔が捲れている様な感じだ。
これは、過去に天の川銀河(銀河系)の近くを別の銀河が通った時に、その引力に引かれて捲れたのでは無いかと考えられている。
ホーク駆動は、宇宙空間を加速膨張させるダークエネルギーで航行する。ダークエネルギーは、空間を一定の速度で「定速膨張」させるのでは無く、「加速膨張」させるのである。
宇宙の天体は、互いの万有引力で引き合うので、今、それぞれの天体が互いに離れる様に動いていても、いずれは万有引力の為にブレーキが掛かり、互いに離れる動きが止まり、次には、互いに近づく様に動くと多くの物理学者/天文科学者は考えていた。
しかし、現実は、宇宙空間の膨張は、「加速」している事が観測結果から明らかに成ったのである。科学者達は、困惑した。空間の膨張を「加速」させると言う「仕事」をしているモノ(事象)は、エネルギーと呼ぶべきだろう。そう考えて、その謎のエネルギーを「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」と呼ぶ事にした。
膨張して宇宙の空間が広がればエネルギーは薄まり希薄になるだろう。しかし、希薄になるどころか更にエネルギーは、供給されて益々加速して空間は広がって行くのである。
そのダークエネルギーは、どこから来るのか、どこから供給されるのか?
この様に考えると「エルルギーが供給される」と考えるのは行き詰ってしまう。コペルニクス的な発想の転換が必要らしい。つまり、「エルルギーが供給される」から空間が加速膨張するのでは無く、我々が存在している4次元時空の宇宙の性質、「空間の性質/仕様/スペック」自体が「加速膨張」すると言う「仕様/スペック」なのだと捉える、理解する、解釈するべきなのでは無いのか。
我々の古い概念、古い常識は、もはや通用しないのだ。宇宙を全く別の視点で捉える必要があるらしい。
現に、ホーク駆動は、我々の常識では理解出来無い。航行距離が延びれば延びる程、速度が増すのである。1光年を航行するのに1日掛かったから、10万光年を航行するのに10万日掛かると言う事は無い。それよりも遥かに短い時間で航行できるのだ。だから、250万光年先のアンドロメダ銀河までの航行に掛かる時間もたいして掛からないのでは無いのかと皆が考えているのである。
16 桃源郷
中国の宇宙開発の技術力は高く、単独で宇宙ステーションを作り維持する能力を有していた。しかし、ホーク駆動の開発に難航し、それの完成は、アメリカや日本よりも大幅に遅れてしまった。
アメリカや日本などが次々に播種船を建造して旅発つニュースに党指導部は、焦りを感じていた。党や国家の威信に賭けて直ぐにでも播種船を建造し旅発つ必要があった。中国が建造した播種船は、日本のものと非常に良く似ていた。日本の播種船の設計図を盗み出して建造したのでは無いのかとの噂が密かに囁かれた。
異例の早さで建造された中国の播種船の船団は、今、地球から2800光年離れた恒星ケプラー1638を259日の周期で公転する惑星であるケプラー1638bの近くに浮かんでいた。この惑星は、大きさが地球の1.6倍もあるスーパーアースである。
ハビタブルゾーンを公転し、地表の気温も温暖で呼吸に適した大気も水を満々と湛えた広大な海洋も幾つかの大きな大陸もある。大陸には、地球の芝に似た植物が茂る大草原が広がっていた。
船団は、探検隊を着陸させて地表を詳しく調査した。草原には、桃の果実の様なものを垂らした木が疎らに生えていて、兎に似た可愛らしい動物が疎らに棲息していた。余りに美しい光景に彼らは、そこを桃源郷と呼んだ。
大型ドローンで大陸の各地を飛来して調査を進めた。ある山脈で山の斜面が光っていた。万年氷河が太陽光を反射して光っているのかと思い、近づいて詳しく見ると氷では無く、山の壁面全体が巨大なダイヤモンドである事が解った。
また、ある川の川底がキラキラと光っているので良く見たら川底は、大量の砂金で埋め付くされている事が判明した。
彼らは、この惑星をケプラー1638bとは呼ばす、「桃源郷」と呼んだ。ダイヤモンド鉱床や砂金など正に「宝の山」なのであった。
これを地球に持ち帰れば億万長者に成れる。一生、好き勝手に楽して暮らして行ける。彼らは、そう考えた。植民地の建設や開拓なんてどうでもいい。早く地球に帰りたい。そう思った。
船団と言っても播種船は、2隻だけである。片方は、「青龍」、他方は、「白虎」と命名された。惑星へ着陸して各地を調査するなど実務は全て白虎の任務である。青龍は、それを監督/監視をするだけである。
白虎の船長は、党の顔色を窺い、その命令を忠実に実行する事しか出来無い能無しであった。副船長の李白龍は、部下達に指示して、言葉巧みに探検隊のドローンに船長を誘い出し、数百メートル下の岩に突き落として殺害した。青龍には、乱気流に巻き込まれ船長のシートベルトが突然外れて落下したと報告した。
新たに白虎の船長となった李白龍は、部下達と共に青龍に勘付かれ無い様に秘かにダイヤモンドや砂金を白虎に運び込み船内に巧みに隠した。
日本の播種船は、円筒の直径と同じ長さのケーブル3本が円筒の回転軸の位置で互いに60度の角度で交差して、円筒壁が遠心力で外れ無い様に繋ぎ止めている。つまり、3本のケーブルは、その太さのぶんだけ、円筒の回転軸方向にずれて重なる様に交差している。その交差している部分は、回転軸に取り付けた電磁波照射装置群や円筒内部を照らす人工太陽としてのLEDなどの様々な機器装置類があるので、設計図をチラッと見ただけでは、3本のケーブルが交差している様には見え無い。
ちょっと見ただけでは、円筒の回転軸から円筒の半径と同じ長さのケーブルが6本、円筒壁まで伸びて円筒壁を繋ぎ止めている様に見えるのである。
日本の技術者は、設計者から設計図について詳細な説明を聞いた上で播種船の建造を行った。しかし、どこからどんな方法で入手したのか不明のラフな設計図を渡された中国の技術者は、円筒の直径の長さのケーブルが3本である事に気付かず、円筒の半径の長さのケーブルが6本と勘違いして中国の播種船を建造した。
この為に円筒の中心軸の部品は、6本のケーブルの6方向からの凄まじい引張応力を受ける事になった。この部品がその過大な負荷に耐え切れずに崩壊するのは時間の問題であった。
白虎から青龍に連絡用シャトルが近づいて来た。青龍の船長は、止まれと命じた。
「李白龍。君は気付かれ無いと思っている様だが、我々は、君の悪事を全て把握している。我々の核ミサイルの照準は、白虎に合わせてある。今直ぐに降伏したまえ。」
と言った。
白虎の船長室にいる李白龍は、それを聞いてニヤリとして、連絡用シャトルの無線操縦のジョイスティクのレバーを親指で前に倒した。連絡用シャトルは、前進を開始して青龍に近づいて行った。
様子が変だと感じた青龍の船長は、
「直ぐに膜を貼れ! 泡を作れ!!」
と命じた。
しかし、手遅れだった。連絡用シャトルは、無人で白虎の核ミサイルから取り外した核弾頭が積んであった。青龍が時空の膜を作り泡を完成させて別の4次元時空に退避する前に連絡用シャトルは、青龍に突入した。
凄まじい核爆発が起こり、青龍の殆どは核爆発による熱で蒸発した。核爆発の衝撃波は、白虎の円筒に真横から激突した。白虎は、衝撃波を受けて大きく揺さぶられた。この為に過大な負荷で崩壊寸前だった円筒の中心軸の部品は、遂に崩壊した。
部品が崩壊した為に円筒壁を引き留めていたケーブルは、遠心力で中心軸から外れ、円筒壁は外側に捲れた。円筒の内部にあった空気は、あっと言う間に宇宙空間に漏れ、船内にいた人間を宇宙空間に吸い出した。白虎に居た人間の殆どは、これで命を失った。
白虎の船長室も崩壊を始めた。鋼材が軋み崩れ部屋が歪んだ。鋼材を繋ぎ止めていたケーブルやワイヤーも外れたり切れたりして弾け飛んだ。その内の1本が李白龍に飛んで来た。
次の瞬間、李白龍の体に首から上は無かった。弾け飛んだワイヤーが首を切断し、李白龍の頭部は、引き攣った表情のまま、胴体から遠く離れて漂っていた。
暫らくして、地球に戻っていた中国の伝書鳩が桃源郷に戻って来た。伝書鳩の乗員は、青龍の殆どが消失し、白虎は、無残に崩壊している姿に言葉を失った。李白龍は、突然の事故で青龍を失ったので白虎のみが地球に帰還して来たと何食わぬ顔で党に報告する気でいたらしいが、野望は露と消えた。
17 ミカエル
アメリカの播種船団は、今、地球から489光年離れた、G9V型の恒星CoRoT-7の第5惑星CoRoT-7fの近くに浮かんでいた。CoRoT-7fは、主星からの距離も公転周期も地球に近く、ハビタブルゾーンにある。公転面に対して自転軸は、ほぼ垂直であり、この為に季節の変化は無い。大きさは、地球の約2倍のスーパーアースである。惑星の密度は、地球よりも小さく、惑星の表面の重力は、地球の約1.2倍である。
窒素が約78%、酸素が約21%の呼吸に適した大気と水を主成分とした広大な海と大きな幾つかの大陸を持ち、地球の植物に似た生物が大陸に広く繁茂している。
着陸艇が地表に降りて各地を詳細に調査したが、海には、イカ/タコ/クラゲなどに似た「動物」は居たが、陸や空には、動物や鳥や昆虫に似た「動物」は一切、生息して居なかった。地球の生物に有害なウイルスや細菌なども居ない事が判明した。
この惑星は、地殻運動が盛んでプレートが互いに衝突して大陸に皺が出来て盛り上がり、海抜15kmもの山脈が出来、海では、プレートが沈み込んで水深30kmもの海溝が形成されていた。巨大な湖の水は、近くの地溝帯に流れ落ち、幅9km、落差2kmもの巨大瀑布を作っていた。この惑星の景観は、スケールが大きく素晴らしく美しかった。その偉大さ美しさを称えて人々は、この惑星を「ミカエル」と命名した。
播種船のうちの一隻は、「メイフラワー号」であった。メイフラワー号の乗員乗客は、全員がミカエルへの入植を希望した。アメリカ政府は、これを承認した。
入植者達は、核融合発電所、食料生産プラント、鉱石採掘プラント、製鉄所、各種化学製品製造プラントなどを次々に建設して行った。採掘した珪素鉱石から超高純度シリコンのインゴットを作り、シリコンウェハーを切り出し、超微細回路を持つCPUやメモリを作り出し、PCや各種家電などを工場で大量生産して行った。
建設機械、小型ドローン、大型ドローンなども工場で量産され、ミカエルの周囲に配置されたGPS衛星群からの信号を受信して、無人で建設に従事し、旅客や貨物などを輸送した。通信衛星や気象観測衛星なども整備された。
広大な農地/農場/牧場なども作られた。各種魚介類の養殖場も整備され、地球に居た時とほぼ同様の食生活が可能になった。
ミカエルの入植者達には、重要な任務があった。ミカエルでのネオアメリカの建設が順調に進んだら、ミカエルの資源で新たなる播種船団を建造する事である。伝書鳩で地球からミカエルに来る人々を新たなる播種船団の乗員乗客として迎え入れて。宇宙のあらゆる向きに新たなる播種船団を次から次に送り出す事である。
こうして送り出された播種船団もまた、新たな惑星や衛星に入植したら、そこの資源を使って新たなる播種船団を建造し、播種船団を宇宙に送り出すのである。
アメリカの「自由と民主主義」を宇宙に隈なく行き渡らせる「パックス・アメリカーナ」の実現を目指していた。
18 ルシファー
EUの各国が共同で建造した播種船団は、地球から約990光年の位置あるケプラー62の第5惑星ケプラー62fの近くに浮かんでいた。ケプラー62は、スペクトル型がK2V型で太陽よりは、赤い感じで大きさは、62%、質量は、69%と小さく、太陽ほど明るくは無い。
ケプラー62fの半径は、地球の1.33倍、表面重力は、1.58倍、表面温度は、地球と似た大気の温室効果で20~30℃である。
播種船からの着陸艇は、地表が苔の様なもので覆われている以外、地球の植物に相当する生命体を発見する事は出来無かった。地球で言う「動物」に相当する生命体しか発見できなかった。夕焼けの様な異様に赤く暗い日の光で苔が育ち、それをイナゴの様な昆虫もどきが食べ、それをカエルもどきが食べ、それを蛇もどきが食べ、それを猿に巨大な蝙蝠の翼が生えた様な動物が両手で鷲掴みにして口に運び、蛇の活造りと言った感じで悶え苦しむ蛇もどきをムシャムシャと食べるのである。
猿蝙蝠の身長は、2m、翼を目一杯広げたら5mは、ありそうである。その猿蝙蝠の群れが空を真っ黒に覆い尽くして飛び回っている。
突然、空を覆い尽くしていた猿蝙蝠が一斉に地面に降り、岩場の広場の中央にある小高い岩を取り囲んで平伏した。見ると巨大な猿蝙蝠が一頭、飛んで来て広場の中央の岩に腰かけた。身長は、20m、翼を広げたら50mにも成りそうな巨体である。
猿蝙蝠の王と言った感じの彼(彼女?)は、周りの小さな猿蝙蝠達が差し出した大き目の蛇もどきを手で口に運び、ムシャムシャと頬張った。何匹目かの猿蝙蝠の差し出した蛇もどきが少し小振りで小さかったので彼は怒り、手の指でその猿蝙蝠の頭部を弾いた、猿蝙蝠の頭は、胴体から千切れて彼方に吹き飛んだ。
王は、胴体だけと成った猿蝙蝠をムシャムシャと食べ始めた。其の時、その岩場の広間から離れた岩場で猿蝙蝠の群れが騒ぎ出した。何か揉め事が起こったらしい。
王は、頭部の目の様な口の様な得体の知れ無い器官から光る何かを放った。それは、騒ぎを起こした遥か遠くの猿蝙蝠の群れを直撃した。凄まじい高熱で一瞬にして、そこに居た猿蝙蝠の群れは、蒸発して消滅してしまった。
王の回りの猿蝙蝠達は、益々、身を低くして王に平伏した。自分の力を誇示して満足した彼は、その巨大な翼を翻して大空の彼方に消えて行った。
この様子を着陸艇から飛ばした超小型ドローンカメラの映像をモニターで見ていた調査隊の隊員は、地獄を支配する最強最恐の王「ルシファー」を見たと感じた。
加粒子砲か? とも思える凄まじい力を持つ生物が何頭生息しているかも判ら無い、この惑星に入植するなんて言語道断である。EUの播種船団は、この惑星を「ルシファー」と呼ぶ事にした。ルシファーは、入植には不適切と判定され、播種船団は、入植するのに適した惑星や衛星を求めて、航行を続ける事にした。
19 ウリエル
ロシアの播種船団は、地球から1400光年離れた太陽と同じG型主系列の恒星であるケプラー452を公転する惑星ケプラー452bの近くにいた。公転周期は、385日で半径は、地球の1.6倍、表面の重力は、1.2倍である。この惑星を播種船団は、ウリエルと命名した。ウリエルから見た主星は、地球から太陽を見たのと同じに見える。
ウリエルの軌道上から地表を観察した結果、都市や道路の様なものが見えたが、それらは、非常に古い昔に作られ放棄された様に見えた。ウリエルには、広大な海も大陸もあり、地球と似た植物が繁茂している。ネズミの様な小型の動物も生息していた。
着陸艇の探検隊がかっての都市と思える場所を詳しく調査すると、太古の昔、そこには、地球人と同じ程度の大きさの知的生物「ウリエル人」が生活して居たらしい。彼らの科学技術は非常に高く、食料でも道具や機械装置でも脳に思い浮かべるだけで直ぐにそのモノが手に入れる事が可能だった様である。
惑星全体を超知性知能の人工頭脳ネットワークが張り巡らされ。脳に思い浮かべたモノは、瞬時に近くで生産されて思い浮かべた者の手元に届けられたらしい。もう殆ど出来無い事は無い、何でも思いのままに出来る・・・そういった生活を送っていた様である。
主星は、太陽よりも19億年も老いている。太陽と地球と同様にウリエルの生物が進化したのであれば、ウリエル人は、地球人よりも19億年も老いている可能性がある。地球に対する太陽は、これから50億年先は、現在の状態を維持すると考えられている。50億年後の人類は、どうなっているのだろう?
地球人よりも19億年も先を行って居たウリエル人は、ワープ航法で宇宙に拡散して、故郷のウリエルを忘れ見捨ててしまったのだろうか? それとも科学技術を極めて物質文明の頂点を極めた彼らは、物質文明に飽きて、それを捨てて精神文明に移行してしまったのだろうか?
あまりに古過ぎて彼らのテクノロジーを再現する事は無理の様である。彼らの文化文明を解読する事も、彼らが主な情報を視覚で得ていたのか、聴覚や嗅覚か、それとも電磁波を直接、感覚器で受信し、脳から発進して、光や音などでは無く、主に電磁波でコミュニケーションしていた、テレパシーを使っていたので文字や記号の無い、文化文明だった可能性もある。
そうなると地球人の感覚では、彼らの文化文明を理解するのは不可能と言うべきだろう。
播種船団は、彼らの文化文明の理解や解読は、絶望的と判断した。ウリエルには、呼吸に適した大気も広大な海も大陸もあり、表面の気温も快適である。播種船団は、ウリエルに入植する事にした。
20 ガブリエル
EUの各国が共同で建造した播種船団は、ルシファーを離れ、太陽と同じスペクトル型がG2V型の恒星ヘブンの第3惑星ガブリエルの近くに浮かんでいた。
ヘブンとガブリエルは、太陽と地球と同じ様な距離を公転し、公転周期も公転面に対する自転軸の傾きも地球と近かった。ガブリエルは、地球よりも僅かに小さく軽かった。表面の重力は、地球の約90%で、呼吸に適した大気と広大な海と大陸を持っていた。
ストロマトライトが各地で形成されては居るが、海中の菌や藻以外の生物は居ない。陸上には、生物は無く、完全に死の世界である。ガブリエルの気温は、温暖で住むのには適している。
播種船団は、ガブリエルに入植する事にした。核融合発電所や食料生産プラント、鉱石採掘精錬プラント、各種の化学製品製造プラントなどを次々に建設し、植物の種を蒔き、農地/農場/牧場なども作って行った。大麦や葡萄も栽培され、ビールやワインも醸造された。
半導体工場やCPU/メモリ/液晶などを生産する工場も建設され、PCや家電などを生産する工場も建設された。ガブリエルの周囲には、GPS衛星/通信衛星/気象観測衛星などを周回させ、新設された工場で生産された建設機械/乗用ドローン/貨物輸送用ドローンなどがGPSを利用して無人で動き、建設や輸送に活躍した。
21 チタンダエル
星野光と由華の夫婦は、伝書鳩で日本の播種船「やまと」に見学に来ていた。船内には、小規模ながら山や川、海まで作られて居て、地球のリゾートにいる雰囲気を味わう事が出来る。
播種船団は、惑星エデンの調査を終えて、これから本格的な入植を開始すると言う。船内には、万一の事故に備えて、あちこちに避難室が設置してあり、緊急用宇宙服や酸素ボンベ、生命維持装置、非常食などが備えてある。
二人が泊まっていたホテルの食料倉庫で作業員が突然倒れ、救急ドローンで病院に搬送されていった。警察が来て調査したが倉庫には何も問題は無く、なぜ突然倒れたのかは不明であった。
ホテルのプールサイドのビーチベッドで警察が帰って行くのを見ていた由華は、ビキニの水着の胸の大きな膨らみをたわわに揺らし目をキラキラさせながら、光に向かって、
「わたし、気になります!!」
と言った。
ちょっとした事でも疑問になると気になってしまうのが由華の癖である。疑問が解決するまでは、気になって気になって仕方が無いのである。
こうなってしまったら由華の気になる事の解明に動くしか無い。光は、調査の為に重い腰を上げた。
ホテルの支配人に食料倉庫を見せて欲しいと言うとホーク駆動発明の元となる理論を発表した世界的に有名な博士夫妻と言う事で、支配人は非常に親切に丁寧に対応してくれた。支配人が言うには、作業員は、酸素欠乏の症状で倒れたらしいが病院に搬送されて手当を受けた結果、正常に回復したらしい。
作業員は、目眩で気を失う寸前に倉庫の扉を開けるスイッチを押して、扉を開けていたので、最初の人間が倉庫に駆け付けた時には、倉庫の中の空気は、外の空気と入れ替わっており、倉庫の中が酸欠状態だったのかは、誰も気付か無かったと言う。
倉庫は、縦が4m、横が3m、高さが3mぐらの大きさで奥の高い位置に換気口があり、ドアを閉じると密閉され気密性は高い。光は、念の為に近くの避難室から緊急用宇宙服を持ち出して由華と二人で着用して倉庫内を調べた。
緊急用宇宙服を着た二人は、倉庫の扉を閉めて、隅から隅まで詳細に見て回った。暫らくすると宇宙服のモニターが外部の酸素濃度が危険レベルまで低下しているとアラームを発した。二人は、宇宙服の酸素ボンベを開けて、その酸素を吸いながら調査を続けた。
倉庫内には、ホテルのレストランで使用する様々な食材が積まれていた。米や大豆などの袋も高く積み上げてあった。光は、大豆を入れた麻袋からモヤシの様に芽が出ているのに気付いた。
「由華、これを見て! 芽が出ている。」
「ほんとだ。」
「これが酸欠の原因だよ。」
「どうして芽が出ると酸欠になるの?」
「大豆の中に蓄えられた養分を酸素で燃焼させて、そのエネルギーで活発に細胞分裂して発芽するんだ。」
「植物って、二酸化炭素を吸って、酸素を吐き出すじゃ無かったの?」
「それは、植物が充分に成長して、葉っぱに光を受けて光合成をしている場合であって、光合成が出来る様に成るまでは、植物も動物と同様に酸素の消費者なんだ。」
「へぇー。」
光と由華は、食料倉庫を出て、支配人に会い、大豆が発芽した為に倉庫の中が酸欠に成った事を伝えた。支配人が言うには、数日前にスプリンクラーが誤動作して倉庫の中が濡れたので、充分に水を拭き取って、倉庫の中を乾燥させたつもりでいたが、大豆の麻袋がかなり水を吸っていたのに気付か無かったと言う。
倉庫にある換気口だけでは、換気が不十分だったので、倉庫の中が酸欠の状態に成ったらしい。
支配人は、酸欠の原因を警察に伝え、酸欠の原因を解明してくれたお礼にとスペシャルディナーを御馳走してくれた。
光と由華は、「やまと」の見学を満喫して、伝書鳩で地球に帰還した。
22 クレオパトラ
話は、今から30年ほど前に遡る。塔響大学の野球部、サッカー部、ラグビー部のキャプテンたちがある男の前で土下座していた。
「頼む。母校を救うと思って出てくれ。」
野球部のキャプテンが言った。
「先輩がたには、申し訳無いのですが、自分は、学問をする為に大学に入ったので、スポーツは、ちょっと・・・」
と橘芳郎は、言った。
「それは、解る。天才秀才と言われる橘が学問一筋でスポーツに興味が無いのは承知している。しかし、塔響大学の名誉の為になんとか頼む。母校の危機なのだ。」
サッカー部のキャプテンが言った。
「しかし、自分が出ても、どれほどの事が出来るかは、判りませんよ。」
芳郎は言った。
「それでもいい。橘を漢と見込んで頼む。母校の危機を見す見す放って置く様な冷血漢では、橘は、決して無い。熱い血が滾る漢の中の漢。熱血漢だと信じている。」
ラグビー部のキャプテンが言った。
芳郎は、映画が大好きであった。特に高倉健には、心酔していた。漢の中の漢と言われてグッと来てしまった。
「それじゃぁ、一度だけ、一回限りと言う事でいいですか?」
と彼は、言った。
「勿論!!」
3人のキャプテンは、異口同音に答えた。
大学野球関東リーグの決勝戦であった。優勝候補の統快大学の打線は、噂通り強力で8回表までに3点をGETしていた。対して、塔響大学は、豪腕ピッチャーに抑えられ打線は完全に沈黙し零点であった。
9回表に塔響大学の監督は、ピッチャー交代を行った。
「99番。ピッチャー、橘芳郎。」
球場のアナウンスが告げた。
橘芳郎? 誰それ? 誰もその名を聞いた事が無かった。マネージャーがノートPCでネットを検索したがヒットしなかった。全く無名の得体の知れ無いピッチャーである。
そのピッチャーの第1球に球場は、唖然とした。ピッチャーの手を離れたと思った次の瞬間にボールは、キャッチャーのミットに吸い込まれていた。
「ストライク!」
球審は、告げた。
速い!! 信じられ無い程、超剛速球である。第2球は、少し遅かった。ストライクゾーンを外側に大きく外れ、誰もがボールだと思った。それが急に内側に大きくカーブしてキャッチャーのミットに吸い込まれた。
「ストライク・ツー!」
球審は、告げた。
嘘だろ? バッターは、茫然となった。第3球は、ストライクゾーンより遥かに上に飛んで来た。ボールだから見送るのは当然である。それがあろうことかバッターの手前で急に落ちてストライクゾーンを通過して、キャッチャーのミットに吸い込まれてしまった。
「ストライク・スリー、バッターアウト!」
球審は告げた。三振である。全くバットを振る事が出来無かった。
次の打者も、その次の打者も超剛速球と右から左から上から下からと急速に曲がってストライクゾーンに入って来る玉に全く手が出なかった。アッと言う間に9回表は終わった。
9回裏に奇跡が起こった。新ピッチャーの登場に動揺したのか統快大学のピッチャーが突然乱れ、塔響大学の打線が目覚めた。ヒットに次ぐヒットでツーアウト満塁になった。そこに打順が回って来たのが橘芳郎である。
統快大学のピッチャーには、最強のプレッシャーだった。奴の打力は、未知数だ。今、ツーストライク、スリーボールまで追い込んだ。いや、追い込まれたのかも知れ無い。ボールを選べばフォアボールで押し出しの1点を敵に与えてしまう。
ここは、ストライクを取ってゲームセットにしてやろう。彼は、人生最良の渾身の投球をストライクゾーンに目掛けて放った。
それまで投球を見送るだけで全くバットを動かさ無かった橘芳郎のバットが鋭くスイングした。
カッキーン!!
凄い音がした。打った瞬間にホームランと判る打球だ。打球は、どんどん伸びて高くなって行く。遂には、スコアボードを越えて場外に消えて行った。
統快大学のピッチャーは、茫然と打球を見送った。塔響大学のランナーたちは、次々とガッツポーズでホームを踏んだ。橘芳郎は、ゆっくり悠々と各ベースを踏んでホームに帰って来た。
「ホームラン!! 逆転満塁超特大場外ホームランです!!」
実況中継のアナウンサーが叫んだ。
塔響大学の応援席は、興奮の坩堝と化していた。その中に橘芳郎の雄姿にうっとりとした視線を送っていた女性がいた。斗余佐陽子である。
和瀬駄大学ラグビー部は、至高のメンバーを誇っていた。どれも背は高く異様に筋肉が盛り上がり人間と言うよりは、ゴリラと呼んだ方が適切と思われた。
何がどう間違えたのか、弱小チームと揶揄されて来た塔響大学ラグビー部が決勝戦での和瀬駄大学ラグビー部の対戦相手であった。ボールが橘芳郎にパスされた。ゴールまでは、かなり距離がある。
橘芳郎は、ゴールに向かって突進した。和瀬駄大学の精鋭がタックルして来た。彼は、橘の突進を食い止めたと思った。しかし、彼は何の手応えも感じ無かった。
えっ!! 何!! 瞬間移動? 一瞬、そんな馬鹿な考えが彼の脳を過ぎった。
次の敵がタックルして来た。しかし、彼も橘を捕まえる事は出来無かった。橘は、持っていたボールを高く上に放り投げ、自分も脅威の脚力で高々とジャンプし、タックルして来た敵の頭上を飛び越えて、自分が放り上げたボールをキャッチし着地すると猛スピードで突進を続けた。
ゴールラインまで僅かまで迫って来た。試合時間は、残り少ない。ここで自分が食い止めなければ絶体絶命の状態に追い込まれた。和瀬駄大学のキャプテンは、橘がジャンプ出来無い様に上から覆い被さる様に橘にタックルした。
するとどうだろう。橘は、ボールを抱えて敵の体と地面の間の30cmほどの隙間を擦り抜けると体勢を立て直してボールを持ってゴールラインの中に飛び込みタッチダウンした。直後に試合時間の終了を告げるホイッスルが鳴った。
ウワッー!! 大歓声がおこった。
「奇跡です。大逆転です。塔響大学優勝です。和瀬駄大学の3連覇の夢は断たれました!!」
実況アナウンサーが絶叫した。興奮で沸き返る塔響大学の応援席の中に橘芳郎をうっとりとして見ている斗余佐陽子の姿があった。
命慈大学サツカー部の決勝戦の対戦相手は、塔響大学サッカー部であった。試合時間は、残り少なく成って来た。このまま、両チーム無得点で試合終了の時間が来れば、PK戦になる。命慈大学の方が各選手の技量は、塔響大学の各選手より優れているので、PK戦になれば命慈大学の方が有利である。このままでは、まずい。塔響大学側は、そう思った。
ボールが偶々、橘芳郎にパスされて来た。位置は、フィールドのほぼ中央である。橘芳郎は、ゆっくりとその位置から相手ゴールに向けてシュートを放った。ボールはゴールよりも大きく左に逸れ、高さもかなりあった。誰もがボールは、ゴールの遥か上を左に大きく逸れて行くと思った。
するとどうだろう。激しく回転するボールは、信じられ無い急カーブを描いて相手ゴールの左上ぎりぎりのところを通過してネットを揺らした。その直後に試合時間の終了を告げるホイッスルが鳴った。
あまりに信じられ無い出来事にスタンドは、一瞬 静まり返った。最初に我に帰ったのは、実況のアナウンサーである。
「入りました。ゴールです。塔響大学優勝です!!」
喜びで沸き返る塔響大学の応援席には、橘芳郎の雄姿に陶酔する斗余佐陽子がいた。
斗余佐陽子は、思った。ルックスは最高、頭脳明晰、スポーツ万能、完璧で非の打ちどころが無い橘芳郎を他の女に盗られるなんて絶対に許せ無い!!
橘芳郎は、絶対に自分とペアに成るべき存在なのだ。それは、宇宙開闢の時から定められた宿命運命なのだ。斗余佐陽子は、そう信じて疑わ無かった。
その為に彼女は、決死の作戦に出る事にした。クレオパトラは、絨毯に包ってカエサルの元に現れ、彼を誘惑して彼の子を産んだと言う。それに肖って自分は、カーテンに身を包み妖艶な姿で橘芳郎の前に現れ悩殺しようと考えた。橘芳郎は、誰にも知られる事無く、何事にも入念な準備をして事に臨む事を彼女は知っていた。明日の塔響大学優勝合同祝賀会でメインヒーローとして登場して挨拶する彼が今日、事前に祝賀会場を下見するのは予測出来た。彼女は、超ミニスカートと彼女の超巨乳を強調する艶めかしい服装とハイヒールで会場のカーテンの中に隠れて彼を待った。
橘芳郎が明日の祝賀会の会場を事前に下見しようと秘かに会場を訪れたところ、会場の隅のカーテンのところから、
「助けて・・・」
と小さな声が聞こえた。
何事かと彼が声のする方に行くと上半身がカーテンに巻き付いて身動き取れ無く成っている女性が倒れていた。
「どうしたんですか?」
彼は、聞いた。
「カーテンが巻き付いて動け無いの・・・」
超ミニスカートだからスカートの中は、丸見えである。あられもない姿の女性に芳郎は、見覚えがあった。
「もしかして、斗余佐陽子さん?」
「えっ? どうして判ったの?」
「いくら学内のゴシップに疎い僕でも、ミス塔響大学クイーンは知っています。どうしてこんな事に?」
「クレオパトラがカエサルの前に絨毯に包れて現れたと言う話し知ってる?」
「知っています。有名な話しですよね。」
「あれに肖ろうと思ったの。カーテンに包れて貴方の前に現れて、貴方を悩殺しようと思ったの・・・ところが足場が悪くて転んでしまって、立ち上がろうと四苦八苦している内にカーテンがどんどん絡まって来て身動きが出来無く成ってしまったの。」
「そうなんですか。待って下さい。今、カーテンを解きます。仰向けの姿勢から腹這いの姿勢に180°回転させます。」
そう言って巻き付いたカーテンの端を持って回転させた。ところが足元には、ビロードの様な分厚い敷物があり、更にその下には、何かのボールなのか掃除道具なのか得体の知れ無いものがゴロゴロ沢山転がっていて、立っているのもままならない状況である。
芳郎も体制を崩して前に倒れてしまった。仰向けの姿勢から腹這いの姿勢に180°回転した陽子は、上半身と膝が床に着き腰が高く持ち上がった状態だった。
前につんのめって倒れた芳郎が顔を上げると芳郎の目と鼻の先に陽子のお尻があった。まるで超ミニスカートから覗く陽子のお尻の臭いを嗅いでいる様な体制であった。
芳郎は、赤面した。
「すみません。足場が悪くて僕も倒れてしまいました。」
それから悪戦苦闘して何度も180°回転を繰り返して、かなり、巻き付いたカーテンを解く事が出来た。陽子の上半身がほぼ現れた時に足場の悪さにまた芳郎が前のめりに倒れた。芳郎は、両手を前に出して倒れるのを防いだ。
しかし、芳郎の両手は、陽子の豊満な乳房を鷲掴みにする姿勢に成っていた。
「すっ、すみません!!」
芳郎は、赤面し、焦って手を離そうとしたが、なにせ足場が悪い。手を離そうにも前のめりに倒れた自分の体を支えられるのは、陽子の乳房しか無い。
さんざん、試行錯誤して漸く、芳郎は、上半身を起こして陽子の乳房から手を離す事が出来た。
芳郎に散々、乳房を揉み拉かれる事に成った陽子だが全く嫌がる様子は無く、されるがままになっていた。
漸くして、全ての巻き付いたカーテンを解く事が出来た。
「ふー。助かったわ、ありがとう。」
陽子は、芳郎に礼を述べた。
「陽子さんは、バリバリのビジネスエリートと結婚して、斗余佐自動車の経営に関わって行くのだから、ビジネス音痴の俺たちには、高嶺の花だと皆で諦めていたのですよ。」
「えーっ、そうなの?」
「私の兄は、凄いビジネスセンスを持っているのです。まるで四菱財閥を背負って行く為に生まれて来た様な男です。僕の一族は皆が凄いビジネスセンスを持っているのです。そのなかでビジネスセンスの無い僕は、一族の中で落ち零れなのです。」
「ルックス最高。頭脳明晰。スポーツ万能。非の打ちどころの無い貴方に無いものがあったなんて信じられ無い!!」
「それは、褒め過ぎです。コンプレックスはあります。陽子さんは、コンプレックスなんて無いでしょう?」
「無いわ。私ほど、ノー天気であっけらかんな人間はいないかも。貴方の事、芳郎って呼んでいい?」
「もちろん、いいですよ。」
「ありがとう。私の事は、陽子ってよんで。」
「すみません。まだ、心の準備が出来ていません。陽子さんと呼ばせて下さい。芳郎、陽子なんて呼び合ったら、まるで恋人同志ですね。」
「何言っているの。私たち、もう立派な恋人同志よ。芳郎、キスしていい?」
「えっ?」
突然の事に芳郎は、目が点になった。
次の瞬間、陽子は、芳郎に強く抱き付き長く濃厚なキスをした。
美女の接吻とは、かくも破壊力があるものなのか。長く濃厚にしっかり唇を吸われた芳郎は、99%理性を破壊された。99%は、けだもの野獣に成ってしまった。かろうじて僅かに残る1%でけだもの野獣にならず人間に留まっている状況だった。
しかし、それもいつまで持つか? それすら今直ぐにでも崩壊しそうである。芳郎は、焦った。何か話していないと人間としての自分が直ぐに消滅しそうである。
「陽子さん。僕たち理系の人間には、陽子は、陽子-電子の陽子として馴染みが深いのです。水素原子の原子核は、1個の陽子です。それに1個の電子が捕えられ逃げ出す事が出来ずに電子は、陽子の周りを回り続けます。まるで、陽子さんの魅力に捉えられて離れられ無く成った今の僕の様です。」
「陽子は、妖の狐の妖狐でもあるのよ。」
「玉藻前、九尾の狐ですね。鳥羽上皇を誘惑した事が、陰陽師の安部泰成に見破られ、その後、栃木県那須野で殺生石に成ったと言う。僕は、妖狐の妖術に誑かされたのですかね?」
「今日のは、妖狐の妖術じゃ無くて、ドジっ子クレオパトラよ。」
「ははは。」
ウイットに富んだ楽しい会話が出来て、博学で明るい彼女に彼は、すっかり心を奪われてしまったのだった。
話しは、現代に戻る。キッチンで二人の娘たちと料理をしながら昔話しに花を咲かせていた陽子は、在りし日の芳郎の雄姿にうっとりとしていた。心ここに有らずと言った様子だ。
料理のいい匂いが気になって二階の書斎から芳郎がキッチンに遣って来た。
「ママ、由華や華菜にあんまり変な話しを吹き込むなよ。」
と言った。
「大丈夫よパパ。パパがどんなに恰好良くて素敵だったか、お惚気ばなしをたーっぷりと聞かされていたところよ。」
と由華が答えた。
「おいおい。」
芳郎は、苦笑いすると書斎に戻って行った。
陽子は、そんな芳郎を見て、頭は、ジョージ・クルーニーの様なロマンス・グレーに成ったけど、いぶし銀の貫録が出て、若い頃よりも益々、素敵に成って行く芳郎に惚れ直すのだった。
「あなたたちには、見え無いでしょうけどママのお尻には、9本の尻尾が生えているのよ。」
「やっぱり。」由華が言った。
「わたしには、ちゃーんと見えているわ。」華菜が言った。
「とこで、おねえちゃん。数学科の大学院生が遥々アメリカまで押し掛けて、物理学キャンプで許嫁だと叫んだと言う有名な話し知ってる?」
「えっ?」
突然の事に由華は、目を白黒させた。どこからそんな話しが・・・話しに大袈裟に尾鰭が付いて面白可笑しく広まっているらしい。
「まぁ、由華ったら。アメリカでクレオパトラ作戦してたのね。血は争えないわねぇ。」
陽子は、娘まで自分と同じ様な行動をしていた事に感慨深げだった。
23 栄誉
約1年が過ぎた。今年のノーベル物理学賞は、神の方程式を導き出し、四次元膜泡生成の可能性を予言した功績で、星野光・星野由華両博士と四次元膜泡を生成し理論を実験的に証明し、ホーク駆動を完成させた功績でアルベルト・ホーク博士が受賞する事になった。
授賞式会場のストックホルムのコンサートホールには、大勢の人々が詰め掛けていた。ステージには、ノーベル賞受賞メダルを手にした3人の博士が並んで立っていた。
僕も由華も身長は、ほぼ同じである。出産してから由華は、自慢の長い髪をバッサリ切ってボブヘアになった。本人が言うには、赤ちゃんを世話するのに髪が長いと邪魔なので切ったのだと言う。
彼女は、いつも靴底が平らで薄い靴しか履かない。ハイヒールを履けば足が長くスタイルが良く見えて、色々、お洒落な服も着られるのにと僕が言うと、ある国の皇太子妃がハイヒールを履いて、赤ちゃんの王子を抱いてマスコミの前に現れると国中から赤ちゃんを抱いてハイヒールで躓いて転んだら大変と大バッシングを受けたと言う。ハイヒールは、転んだり足首を捻挫する危険があるので履かないと言うのだ。
それは、表向きの理由で、本当は、ハイヒールを履くと僕よりも背が高くなって僕を見下ろす形に成るので、僕に気を遣って履かない事を僕は知っている。ハイヒールを履いてスタイルを良く見せて素敵な服を着て色々とお洒落したいだろうに、僕の身長が高く無いばかりに、色々と我慢している事が良く解る。本当に申し訳ない。夫の為に色々と我慢して気を遣ってくれる妻が益々、愛おしく成るのだった。
対して、アルベルト・ホーク博士は、とても背が高い、確か身長199cmと聞いた事がある。僕らよりも頭一つ、いや、一つ半ぐらい高い。肩幅もあり胸板も厚い、顔は、ウィンクしたら多くの女性が卒倒してしまいそうな超イケメンである。体型は、アーノルド・シュワルツェネッガーを連想させる。
受賞者の挨拶が始まった。
「皆さん、どうもありがとうございます。今日、ここでノーベル賞を戴ける事は、最高の名誉/栄誉であります。私は、自分は、とても運が良いと感じております。
私は、ある日、とても素晴らしい数学論文に幸運にも出会う事が出来たのです。この数学論文の御蔭で最初の論文を書く事が出来ました。
幸運は、続きます。最初の論文を読んだある天文学者が地球の衛星である月に対して計算をすると、月の離心率の拡大の実測値と計算値が一致する事を発見したのです。
次の幸運は、数学論文を書いた数学者と出会う事が出来たと言う事です。彼女は、超テンソルの拡張に取り組んでくれて、これを完成させました。その御蔭で次の論文を完成させる事が出来たのです。
3つ目の論文では、四次元膜泡の生成の可能性を指摘しました。またまた幸運な事にアルベルト・ホーク博士が実際に膜泡を生成し、実験的に私の理論が正しいと証明して下さったのです。更に凄い事には、ホーク博士は、人類の長年の悲願であった超光速航法であるホーク駆動まで完成させてしまったのです。
今は、私の妻となり強力に研究を助けてくれる星野由華さんと私の理論が正しいと言う事を実験的に証明して下さったアルベルト・ホーク博士、および、私の仕事に各方面から多大な協力をして下さった多くの皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。」
星野光博士は、会場に向かって深々と頭を下げた。割れる様な拍手が会場から湧き上った。
続いて星野由華博士が挨拶に立った。
「皆さん、どうもありがとうごさいます。私は、元々は、数学専攻だったので、私などがノーベル物理学賞を戴けるとは、夢にも思っていませんでした。それが運命の悪戯で、ノーベル物理学賞を戴ける事は、望外の喜びで至高の栄誉だと感じております。
私の数学論文をたまたま星野光博士が読んでくれて最初の論文を発表され、超テンソルの拡張について指摘されました。私がなんとか期待に応えて超テンソルの拡張を完成させると次の論文を書かれたのです。
私を妻に迎えてくれた星野光博士は、連名で3つ目の論文を発表しました。それが四次元膜泡に関する論文です。アルベルト・ホーク博士が実際に膜泡を生成し、実験的に理論が正しいと証明して下さいました。
星野光博士は、私の人生の最大の理解者で、私を妻に迎えてくれて、私が思いも付かない私の能力を引き出して下さいました。本当に感謝しております。
アルベルト・ホーク博士と色々な方面から私どもに様々な協力をして下さいました多くの皆様に心より感謝申し上げます。」
会場からは、割れる様な拍手が起こった。
続いて、アルベルト・ホーク博士が挨拶に立った。
「皆様、ありがとうございます。ノーベル物理学賞を戴ける事は、最高の栄誉で至高の幸せと感じております。
大学で星野光博士の素晴らしい論文を読んで私は衝撃を受けました。そして、その論文は、四次元時空から五次元時空に働き掛けて、時空の膜泡を作れる可能性がある事を指摘している事に気付きました。もし、その膜泡を作り出す事が出来れば、膜泡の中に居れば、膜泡の外からの原爆や水爆などありとあらゆる攻撃を防ぐ事が出来るのです。
その事を大学院の指導教授に話したところ、直ぐにペンタゴンに連れて行かれ、大統領の前でプレゼンさせられたのです。大統領は、国防上の最高機密事項として、かの、マンハッタン計画と同様に超極秘で膜泡の開発を行う様に指示したのです。
しかし、間もなく、星野光・星野由華両博士が連名で膜泡の生成の可能性を述べた論文が発表されると、膜泡の開発計画は、超極秘の指定が解除され、開発は、オープンに成り、全世界から叡智を集めて世界的な協力の元に開発が進められる事に成ったのです。
その御蔭て、膜泡の生成に成功する事が出来ました。更に、人類の長年の悲願だった超光速航法、いわゆる、ワープ航法まで実現する事が出来たのです。
人類の夢だった、宇宙の大航海時代、大探検時代の幕が開いたのです。世界中で播種船の建造が進められています。自分の仕事がこうした人類の輝かしい歴史の幕開けの切っ掛けに成った事を最高の喜び、最高の名誉に感じております。
ホーク駆動は、航行距離が延びる程、航行速度が速くなると言う特殊な性質を持っています。今後は、それは何故なのか、その機構、原因の解明とホーク駆動の益々の性能向上を目指して研究開発に邁進して行きたいと考えております。皆様、本当にありがとうございました。」
会場からは、また、割れる様な大きな拍手が巻き起こった。
会場には、各国から大勢の取材班が来ていた。日本のTVクルーも来ていた。会場の中には、何枚もの大型ディスプレイが設置されていて、各国の取材班が撮影した映像が次々と切り替わりながら映し出されていた。
今、日本のTVクルーの映像が映し出されていた。
「こちらは日本の取材チームです。今、会場の右手の大スクリーンに会場に来ておられる星野由華博士の御両親が映っています。星野由華博士のお母様に抱っこされているのは、星野光博士と星野由華博士の長女の真矢ちゃんです。おばあちゃんに抱っこされて真矢ちゃんは、超御機嫌です。あっ、真矢ちゃんが笑った、かーわいい!!」
会場のメインスクリーンには、隣のサブスクリーンに映る長女の愛くるしい笑顔を見て微笑む星野由華博士の輝くばかりの美しい顔が大きく映し出されていた。
女性科学者として最高の栄誉であるノーベル物理学賞を手にし、隣には、彼女を理解し彼女自身が気付か無い潜在能力まで引き出してくれて、彼女を心の底から愛してくれるノーベル賞受賞者の夫が立っている。しかも、可愛い赤ちゃんも授かって母親としての喜びもひとしおである。
科学者として女性として妻として母親として全て至高のものを手にした彼女の幸せ満杯のオーラに世界中の誰もが感動した。
ノーベル賞受賞式での星野由華博士の輝くばかりの美しい笑顔は、世界中のメディアを飾った。世界で最も美しい女性として、また、世界で最も影響力のある女性として「TIME」誌の表紙も飾ったのだった。