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7話 自慢のお庭


「ロイ・ブラックドッグだったか?」


 ロイが庭に出ようとすると、ヘンリーが咳払いをする。


「シャーロット様と話があるので、ちょっと席を外してくれないか?」

「ん? ああ、いいよ。片づけを手伝ってくるか」


 ロイは簡単に返事をすると、尻尾を緩やかに降りながら騎士たちのなかに入っていく。ヘンリーは彼が騎士の指示を聞きながら、陶器の破片を拾い集める姿を確認すると、一段と声を潜めて問いかけてきた。


「シャーロット様、正直にお答えください。あの獣人、怪しくないですか?」

「怪しいとは?」

「昨日は街の宿に泊まっていたのですよね? こっそり抜け出して、夜中に忍び込んだとか考えられませんか?」

「馬鹿馬鹿しい」


 シャーロットはヘンリーの考えを一蹴した。


「鳥の獣人ならともかく、彼の場合は狼系。足跡を消すことはできませんよ」

「しかし、あの尻尾はどうでしょうね。歩きながら尻尾を箒代わりにとか……」


 ヘンリーの眼には依然として疑惑の色が根強く見える。


「臭いは消すことができません。それに、盗品はどこへ隠したのでしょう? 獣人だからといって、色眼鏡で見るのはやめた方がよろしいかと」

「それは……そうなのですが、何分、他に余所者らしい余所者もいないわけでして」


 ヘンリーの話によると、今回の事件が起きてから街の門で検問を実施しているしているらしい。

 昨晩から今日の昼過ぎまで、出入りしたのは顔見知りの業者だけ。事件発覚後から荷台も確認したが、盗品らしきものは見つかっていないそうだ。


「つまり、犯人は街から出ていないのです。もしくは、街のどこかに盗品を隠していることが分かっております。まさか、両方がポンっと消えてしまうなんてありえないでしょう? それこそ、本当に魔法の仕業になってしまいます」

「だからといって、彼はありえません」


 シャーロットは首を横に振った。


ブルットクックの戦い(・・・・・・・・・・)の生き残りが、そんな盗人まがいのことをすると思います?」

「な、なんと!?」


 ここで初めて、ヘンリーは驚きのあまり飛び上がった。急いで後ろを振り返り、床で破片を集める獣人に目を向ける。


「先の戦いの激戦地ではありませんか! 王国の墓場だったと聞いてますぞ!?」

「彼は奇跡的に生還して、いまは近衛隊に属していると……直接、お聞きになったらどうです?」

「い、いえ、いいでしょう」


 ヘンリーの眼からは、疑惑の色は完全に消えていた。

 二年前の大戦では、ヘンリーはこの街の騎士団の長であるが故に直接的に戦場へ赴くことはなかった。それはある意味幸運だったかもしれない。

 もし、彼が普通の騎士だったら、配置換えで戦場へ連れていかれていたはずだ。そして、命を落としていた。あの戦は勝利したものの、王国の騎士の五分の一が亡くなったほど命が軽く扱われたのだから。


「……ただ、弱りましたな」


 ヘンリーは囁き声のまま、小さく息をついた。


「壁紙の傷を見たでしょう? 奥様には言えませんでしたが、あの傷からは酷い怒りを感じるのです。奥様に恨みを持つ者の線も考えましたが、そのような者も浮上してきません。侍女や庭師が出入りしていましたが、彼らがするとはとても思えなくて……」

「庭に出ればわかりますよ」


 そこですべての謎が分かるはずだ。

 シャーロットはロイの名前を呼ぶと、彼の耳がぴくっと動くのが見えた。


「お、いいのか?」

「は、はい! お待たせしました、もう大丈夫です!」


 ヘンリーが背筋をこれ以上ないほど伸ばし、びしっと決まった敬礼して返すので、シャーロットは思わず吹き出してしまった。ロイも不思議そうな顔をしていたが、これまで通りの笑顔で戻って来る。


「で、お嬢さん。どの臭いを探せばいいんだ?」

「マリリン夫人とバーサー、それから庭師の臭いですね。その三種類は普段からあふれている臭いでしょう。逆に言えば、それ以外はひときわ目立つはずです」

「了解した、と言いたいが……庭師の臭いは嗅いだことねぇぞ?」


 そういえば、庭師とはまだ顔を合わせていない。


「普段使っているシャベルや枝切りばさみに付いているでしょう。ところで、庭師はどちらに?」

「ひどい熱らしい。夫人の話によると夕方頃から熱が出て、早々に帰らせたそうだ。いまは自宅にいると聞いている」

「……だから庭師はありえないと」


 シャーロットはつまらなそうに呟くと、庭を歩き始めた。芝生がはがれ、土が丸出しの地面には、シャーロットの足跡がくっきりと残った。

 何も手にしていない自分の足跡ですら残るのだから、盗品を担いだ犯人の足跡は確実だろう。それがないので、魔法だと謳われるのかと改めて感じた。


「しかし、こうしてみると殺風景ですね」


 これまでの屋敷には圧迫されるほど美術品が勢揃いしていたのに対し、彫刻のひとつもない。綺麗に狩り揃えられた木々と申し訳ない程度の花壇に咲く花々にかない庭は、ひどく寂しいものに感じた。


「身を隠せそうな場所もないっと」


 ロイは木の上に目を向けた。


「観賞用の木や整えられた果樹ばかりだ。木に登ってやり過ごそうって考えたとしても無理だろうな。……ん? なんだ、この臭い」


 ロイが不快そうに眉間に皺を寄せて歩き出す。

 彼のあとに続くと、ぽつぽつと穴が掘られた場所に辿り着いた。木を取り囲むように、大きな穴が開いている。ひょいっと覗いてみれば、落ち葉や生ゴミのようなものが捨ててあった。


「臭っ……腐ってるんじゃねぇの、これ」

「ああ、よくやることですよ」


 ロイが鼻を服の袖で押さえていると、ヘンリーが何でもないですと首を振る。


「豊かな土を作るために、生ゴミや落ち葉を集めて穴に捨てるんです。芝生を植えたらなかなかできないので、いまやっているんじゃないですかね。ほら、あのあたりも穴のあとですよ」


 たしかに、こんもりと土が盛り上がった場所がちらほら見受けられた。

 芝生を植える前に、木々や芝生がしっかり育つ土を作ろうという心づもりなのかもしれない。


「俺、苦手……死んだ臭いがする。鼻が曲がりそう」

「そりゃ腐臭ですからね、基本……さあ、こっちが納屋だと聞いています」


 納屋には庭師が使っていた道具が置かれており、臭いを特定することもできた。


「んー、庭師の奴は働き者だな」


 ロイが顔をしかめながら口にする。


「いろんなところに臭いがついてるのが分かる。特に、あの辺……相当、長い間、あの辺りにいたんだろうさ」


 ロイが指さしたのは、先ほどの穴があった場所だった。

 ヘンリーは「他に働きではいませんからな」と同意する。


「夫人は女性ですし、侍女のバーサーはかなりの老体。肉体労働ができるのは、庭師くらいしかいなかったのでしょう。庭の手入れだけでなく、彼がゴミの類も何度も運んだのでしょうな」

「……そう」


 シャーロットは短く呟くと、くるりと背を向ける。


「もう帰りましょう」

「は? もういいのか?」

「だって、魔法の仕業ではないのだから」


 魔法ではないと分かってしまったので、もうこの屋敷に興味などなかった。夫人に挨拶をして帰ろうかとも思ったが、あまり会う気にはならない。


「は、犯人が分かったのですか!?」

「興味ありませんの。それに、盗品は必ず見つかりますわ」


 シャーロットは言い切った。


「そうですね……だいたい、10年後には出て来るでしょう」

「な、なんと!」

「10年後!?」


 ヘンリーとロイが顔を見合わせる。


「シャーロット様。せめて、ヒントだけでもいただけませんかね?」

「……そうですね」


 まあ、それくらいなら――と肩を落とす。

 この件に興味が完全に失せた現在、シャーロットの頭にあるのはいかにして早く書庫に戻り、本に浸るかだった。


「庭師を訪ねてみたらいかがでしょう? 彼としっかり話せば分かるはずです」


 ところが、ヘンリーが庭師に話を聞くことはできなかった。



 シャーロットが屋敷に戻り、いざ本を読もうとページを開きかけたとき、ヘンリーがけたましい足音を立てながら駆け込んできたのである。


「し、シャーロット様! 庭師がいません! 庭師の姿がどこを探してもいないのです!」

「……まあ」


 シャーロットは青ざめた顔で飛び込んできた男を見て、ちょっとばかし目を丸くする。

 

「詳しく探しましたの?」

「熱があると聞き、会うのは控えていたのですが……彼の住居を訪れるともぬけの殻! どこにも見当たらないのです!」


 ヘンリーは慌てふためき、汗を流しながら口にする。


「シャーロット様! これは、庭師が犯人だったということですね!?」

「……」


 シャーロットは何も答えることができなかった。

 ただ、一度だけ目を閉じる。


「わかりました、私の推測を語りましょう」


 庭師の姿が見えないとなれば、10年後に見つかるなんて悠長なことを言ってる場合ではない。


 シャーロットは瞼を開けると、静かに語り出すのだった。






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