65話 玉座の間の秘密
扇子の先端を辿ると、国王へ向けられていた。
「陛下?」
サリオスの呟きが零れ落ちる。
口から零れ落ちたような呟きだったが、それが玉座の間に大きく響き渡るほどに静まり返っていた。サリオスの呟きが反響し、すっかり消えてなくなった頃、息を吹き返したように声が上がった。
「……馬鹿じゃないのか?」
それは、オリビア派の大臣だった。すっかり意気消沈し漠然としていたが、どうしても口に出したくなったのだろう。一度口を開いてしまえば、そこからは怒涛のように話し始めた。
「この件に、陛下が関わっているわけないだろう? 陛下とアルバート王子がグルだとしたら、なぜ我らは捕まっているのだ!? そもそも、お前が死の魔法をかけられたときの陛下の表情を忘れたわけあるまい!?」
「ええ、覚えていますよ」
忘れるはずがないではありませんか、とシャーロットは続けた。
「それに、私が差しているのは陛下ではありませんの。陛下ではなく――椅子ですわ」
シャーロットは目を細めると、陛下ではなく玉座を睨みつけた。
「魔法を使えるのは、王家の血を引くものだけ。ええ、それは正しいのでしょう。ですが、必要なものはそれだけではありません。玉座の間に王族を引くものが腰を下ろしている状態で、詠唱を唱えたとき魔法が発動するのです」
精霊の可視は関係ない。
精霊は見えないけど、どこにでもいる。にもかかわらず、魔法を使える者が限定されている。それならば、必要なものは人だ。しかし、アルバートが熱心に魔法を勉強していることはない。魔法を使ったとき、杖や指輪のような特別な品に頼ったようにも見えなかった。
そうなると、次に疑うのはこの場所だ。この場所が王族に魔法をもたらしているのかもしれない。しかしながら、この玉座の間には余計なものなどなにもなく、唯一ある家具といえば、この間の由来でもある「玉座」だけである。
「なぜ、この場所を『玉座の間』というのか。『謁見の間』、『王の間』、それから『大広間』でも良いはずなのに。理由は簡単です。この広間で最も重要なものが『玉座』だからです」
太古の昔、魔法使いは杖を使う者もいたそうだ。
自身の魔法を発動させる媒介として、杖を使用したらしい。媒介なのか拡大なのか説はいろいろあるが、杖の役割を玉座が果たしているのだろう。
そこまで説明したところで、大臣が何か言いたそうに口を開く。だが、それを制するように、シャーロットが先んじて続けた。
「『あの日、玉座に座っていたのは陛下であって、アルバート様ではない』と言いたいのですね」
「あ、ああ、その通りだ」
大臣は頷いた。
彼の周りにいる者たちも、彼らに剣を向け続ける騎士たちも同意するような眼をしている。
「だから、言ったではありませんか。あくまで、玉座の間に王族が座っていることが重要なのです。例えるのであれば、玉座に王が座っていることは扉に鍵を差し込んだ状態。それを王家の血を引くものが回せば扉は開く――そのようなものなのでしょう」
すなわち、玉座に王家の者が腰を下ろしている時点で魔法は半ば発動している。
あとは、同じく王家の血を引くものが魔法を発動させればいい。たとえ、両者が別だとしても、そこは問題ではないのだ。
「もちろん、玉座に座りながら魔法を使うことが通常の使い方なのでしょう。私の推察では、マリリン夫人他多数に魔法をかけたとき、アルバート様は玉座に座っていらしたのでしょうね。ここは防音ですから周りに気づかれませんし、陛下がいない時間帯であれば、玉座に腰を下ろすのは容易でしょうから」
「し、しかし……」
大臣たちはいまだに腑に落ちない顔をしている。
「おかしくないか? 魔法が……そんな簡単なものであっていいのか?」
「違うのであれば、否定してもらいましょう……アルバート様」
シャーロットは横目を向ける。
アルバートはあれだけ多弁だったのに、いまではなにも話さない。重く口を閉ざしたまま、白い顔でシャーロットを見続けていた。
「……それが答えです」
シャーロットはわずかに微笑を浮かべた。
「陛下の留守を狙って、さぞかし好き勝手に魔法を使ってこられたのでしょうね。ですが、それを理由に陛下が廃嫡をさせることはできません。魔法の秘密が世間に露見したら、王の神秘性が薄れてしまいますから」
「……だから、あえてクーデターを起こさせたのか」
サリオスが合点がいったように頷いたが、やや躊躇ったように疑念を口にする。
「だが、シャーロット。お前の説をさえぎるようで悪いが……マリリン夫人の臭いはどうする?」
「簡単ですよ」
シャーロットはきっぱりと言った。
「陛下は玉座に腰を下ろされているのですもの。この状態で夫人の痕跡を探す魔法を発動させればいいのですわ」
「陛下に頼むというのか?」
「いいえ」
シャーロットは口の端を殊更に緩める。青い瞳を恍惚としたように輝かせ、とびっきり砂糖を使った甘味を口に含んだ幼子のようにうっとりとした声で言った。
「私が魔法を使うのです」
「ふ、ふざけるな!!」
アルバートが目を剝いた状態で叫んでいた。
「お前が魔法を? お前は俺の妻でもなんでもない! 王族じゃないんだぞ!?」
「お忘れですか?」
シャーロットは自身の胸に手を置き、とびっきりの笑みを向けた。
「私にも、王家の血は流れているのですよ」
無論、遠縁であることには変わりはない。
だが、アルバートと婚姻して王家の血を濃くする程度には強く流れている。アルバートもそのことに思い至ったのか、音が聞こえるくらい大きな音で唾を飲み込んだ。
「シャーロット、お前……お前が魔法を、その使い方を知っているはずがない!? 嘘も大概にしろ!」
「あらあら、アルバート様。私のことを何も分かっていないのですね、何年も婚約していたというのに」
きっかけは「死のドレス」なんて手袋を投げつけられたことだった。
そうでもなければ、わざわざ本を読む時間を削って王都へ出向くことはなかっただろう。しかし、いまは魔法のからくりに気づいてしまった。魔法が自分も使えるかもしれないなんてとびっきりの誘惑を無視して、屋敷で安静にしていることはできるだろうか? 否、そのようなことは断じてない。
「私、喉から手が出るほど魔法に憧れていますのよ。この好機を逃すと思います?」
「やめろ……やめるんだ、絶対にするな」
アルバートは壊れた自動人形のように首を横に振る。
「父上もなにか言ってください! シャーロットを止めなくては!」
「……」
アルバートの懇願に国王は何も言わない。
しかしながら、国王は息子が死の魔法を使った時以上に白い顔をしていた。表情を変えないように必死で顔を強張らせていることが遠目からでも良く分かる。それは、魔法の答えでもあった。
(ええ、言えませんわね)
シャーロットは胸の内で呟いた。
(認めてしまえば、ここにいるほとんどの者が魔法を使えることになってしまいますもの)
王家の血を引くものは、シャーロットだけではない。
サリオスはもちろん、大臣たちや騎士たちも先祖を辿れば、王家の血に繋がる者が多い。確実に血を引いていないのは、オリビアだけだと断言できるほどに王家の血自体を引くもの自体は意外といる。最も、魔法を発動できる血の濃さかどうかは分からない。だが、可能性が芽生えてしまう。王が玉座に座っているだけで、その者たちが魔法を発動させてしまったら……万が一にも、国王に不利益な魔法を使ってしまったら……考えるだけで、ゾッと血の気が引くことだろう。
(玉座を偽物にすり替えればいい、なんて簡単な話ではありませんわ。いえ、むしろ、ここに玉座を置く必要があったからこそ、城を築いた可能性もありますもの)
シャーロットは楽し気に喉を鳴らした。
「では、ひとつ――……」
シャーロットは手を掲げ、声高らかに宣言しようと口を開くのだった。
「告げる! 精霊よ! 我が願い、聞き入れたまえ!!」
次回更新は3月の土曜日を予定しております。




