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51話 獣人の秘密


 ロイ・ブラックドッグは極めて珍しい男である。

 そもそも、獣人自体がこの国では少数派だ。ふさふさとした尻尾もピンっと尖った狼の耳も、誰もがすれ違いざま二度見をするし、ましては軍服を纏っていると三、四度も振り返って確認する者もいるくらいだ。

 それだけ、目立つ存在である。

 ましては、軍に所属していたともなれば、それなりに軋轢もあったことは想像に容易い。そのなかで、彼が明るくざっくばらんな性格と貫き通すのは苦労もあったはずだ。


「……そう、この国の人たちは――獣人に対して無知な人が多い」


 シャーロットは静かに告げた。

 ロイは目を丸くしたまま、黙り込んでしまっている。なにか言いたそうに口を結んでいるが、尻尾は落ち着かなそうにそわそわと揺れていた。


「ですから、おそらく知らないのでしょうね。『獣人は人の姿にもなれる』ということを」

「いや、お嬢さん。冗談がキツイって」


 ここでようやくロイが口を開いた。


「獣人が人の姿になれるっていうなら、もっと社会に馴染んでるだろ? んなこと、できるわけないっての」


 普段のような明るい声色だが、いつもより声の調子がわずかに高ぶっていた。おそらく、自分でもそのことに気づいたのだろう。悩むように視線を一瞬逸らしたが、すぐにこちらに目を向けてきた。


「まあ、たしかに俺も聞いたことある。だが、そんな器用なことができる獣人なんて会ったこともねぇよ。よほど優秀な……それこそ、龍族のような元々のスペックが高い連中じゃねぇと無理だって」

「あら、貴方は優秀でしょう? それも、とびっきりに」


 シャーロットはくすっと笑った。


「獣人なのに近衛連隊に入ることができているのです。それに、サリオス兄様の友人なのでしょう? あの人が友人として認めている時点で、優秀であることの証拠ですわ」

「そりゃ、獣人だから身体能力がもともと高いから近衛連隊に入れた。それ以上でもそれ以下でもない」

「それでしたら、もっと獣人の軍人が多くなると思いませんこと?」


 ロイが挙げる反論をスパンっと否定する。


「そもそも、貴方はブルットクックの戦いに出陣していたのでしょう?」


 その戦いの名前を口にすると、彼の耳がぴくんっと動いた。


「ブルットクックの戦いは我が国の第五隊が出陣し、辛くも星を勝ち取った戦。そして、第五隊は獣人が多く配属されることが決まっています。そして、その大多数が命を落とすことになった」


 だから、シャーロットは初対面で尋ねたのである。彼と握手をした際のことだった。自身の指先が剣だこに触れたと気づいたとき、まっさきに彼が第五隊の生き残りだと察したのだ。故に、シャーロットは「ブルットクックの戦い」の名前をわざわざ口に出し、反応を確かめたのであった。

 しかし、それと同時に疑問が芽生えた。


「あの戦いを生き延びた人たち、ほとんどが退役していることは存じてます?」

「……そりゃな。酷い戦いだった。俺も故郷に帰るべきか悩んだもんだ……まあ結果、俺は出世して近衛連隊配属ってなったわけだがな」


 ロイの緑の瞳に郷愁の陰が映った。だけど、それも一瞬。すぐに普段のへらっとした目元に戻る。


「あの戦いを生き延びる強者だから、俺が人に変身できるって言いたいのか?」

「可能性としては捨てきれません」

「そりゃ暴論だぜ?」

「暴論……そうかもしれません。ですが、おそらく事実でしょう」


 王都での一件は、ロイに詳細を語っていない。それなのに、彼はその場にいたかのように話していた。うっかりとか推測では片付けられないだろう。


「それに貴方が人に変身できること……1つ、確信がありますの」


 シャーロットは微笑んだまま、彼の瞳を見つめた。


「貴方、あのときの護衛さんと同じ目をしているのですから」


 忘れるはずもない。

 ロイの目はとても美しい。爽やかな夏の森のような緑色の瞳は、私の心に深く根付いている。一度見たら忘れるはずもないのだ。

 

「あの護衛さんは、頑なに目を合わせようとしませんでした。最初は、私のことが嫌いなのだろうと思いました。ですが、そうではなかった」


 シャーロットは自身の悪名を十分理解している。

 あの護衛も悪名を知っているように振舞っていたが、きちんと職務をまっとうしようと励む愚直さも感じた。それなのに、彼は一向に目を合わせない。だから一瞬、彼の目を見たとき、内心飛び上がるほど驚いてしまったのだ。


「目を見られたくなかった。その耳と尻尾を隠し、人に変身できたとしても……目の色を変えることはできない」


 それこそ、彼が人に変身していると察した最も大きな理由である。


「私が……ロイさんの目を間違えるはずがありませんから」


 シャーロットは彼の眼をまっすぐ見つめたまま告げる。


「っ!?」


 すると、ロイは緑の目が零れ落ちそうになるほど見開いた。当然、驚きもあるだろう。それ以上に、彼の眼に映っていたのは歓喜の色だった。深い森の奥に陽光が差し込み、木の葉が反射しているかのように、きらきらと輝いている。

 この反応は想定外だったので、シャーロットはやや面を喰らった。


「……ロイさん?」


 シャーロットが呼びかけても、彼の返事はなかった。時が止まっているかのように、固まってしまっている。もう一度、今度は少し大きめの声をかけた。


「ロイさん?」


 ここで、ようやく彼は我に返ったのだろう。数度、瞬きをする。どこか呆けたようだった表情が引き締まり、眉間に皺が寄せられる。


「お嬢さん」


 彼は一言、そう告げる。そのまま、つかつかとこちらに歩み寄って来た。少しばかり緊迫感のある顔で、尻尾がぴくりとも動いていない。それどころか、毛が逆立っているようにさえ見える。


(性急すぎたかしら)


 彼を怒らせてしまったのかもしれない。もう少し段取りを踏み、彼の秘密を紐解いていけばよかった。今さらながら「後悔」の二文字が脳裏を過った。だが、どうすることもできない。口から出た言葉を消すことなど、魔法を使わぬ限り不可能なのだから。


 シャーロットが頭の片隅でそのようなことを考えている間に、ロイはすぐ目の前まで来ていた。

 普段の彼はどちらかといえばおしゃべりで調子が良いというのに、このときばかりは違った。口は堅く結んだまま、シャーロットを見下ろしている。

 その時間はたった数秒だったに違いない。

 もしかしたら、数分だったかもしれない。

 それでも、普段の彼とのギャップもあいまり、何時間も経過したかのように感じられた。


「シャーロットお嬢さん……」


 長い沈黙のあと――彼は重々しく口を開くのだった。




次回更新は5月24日(金)を予定しております

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― 新着の感想 ―
[良い点] 每話楽しみに読みました。推理モノですが、本格推理とかいうマジシャンバリの荒唐無稽な魔術トリックでは無く、分かり易い行動や動機に感服して楽しく読ませて頂いています。さながらホームズならぬ名探…
[一言] あれ!?あのときの護衛!? あの話のときだけロイさんはいなかったですね!! 調子の良い兄ちゃんがどうのって、かかか勘違いか!!恥ずかしい…
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