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5話 消えた犯人


 マリリン夫人宅の鉄門には人だかりができていた。

 普段は人通りも少ない林だと言うのに、数人の記者や興味本位の野次馬が集っている。ちょっとでも屋敷のなかを、あわよくば消沈する夫人の姿を目にしたいとばかりに覗き込もうとするも、警備の騎士たちが防いでいた。


「通してくださいませ」


 そのなかをかき分けるように、二頭の馬が進んでいく。

 最初こそ「誰だ?」と怪訝そうな顔をする者もいたが、栗毛の駿馬に背筋を伸ばしてまたがっている金髪の令嬢を目にした途端、急いで道を開けた。


「こ、これは、シャーロット様!」


 警備の騎士も慌てて敬礼をした。


「今日はどうしてこちらに?」

「領内で恐ろしい事件が起きたのです。領主の娘として、お見舞いに伺いました。お時間、よろしいでしょうか?」

「すぐに確認してきますので、とりあえず中へ」


 騎士に案内され、今日も門をくぐろうとする。しかし、そこに待ったがかかった。


「シャーロット様、そちらの方は?」


 騎士の怪訝な目は、シャーロットを追い越し、後ろのロイに向けられる。ロイのへらっとした笑顔とぴんっと尖った狼の耳を交互に睨みつけていた。


「ロイ・ブラックドッグ。兄の友人で、王都の近衛隊に所属しておりますの」

「そうでしたか……失礼致しました。どうぞ、お通りください」


 騎士はそう言うも、不審の色が消えない。

 無理もない、このあたりでは獣人が珍しいのだ。シャーロットは門をくぐりながら振り返ると、付いてきてもらった男に謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ありませんね。彼も悪気があるわけではないのです」

「いやー、平気平気」


 ロイは何でもないと笑っていた。笑った拍子に、きらっと口の隙間から白い牙が覗く。たまたま門の傍に立っていた騎士が牙を目にして固まるのが、シャーロットの横目に入った。


「まっ、気にするなって」


 騎士の動揺する姿は、ロイの眼にも入ったらしい。シャーロットが何か言う前に、彼は肩をすくめた。


「この国に住んでたら、俺みたいな獣人となかなか出会う機会ないって。お嬢さんだって、獣人と会うのは初めてなんじゃねぇの?」

「数度ありましたわ。狼族の方とお話したのは、ロイさんが初めてですけど」


 未来の王妃教育の一環として、大臣の父に連れられ外交のパーティーに参加したこともあった。その際、獣人が多くいる国の要人と会話をしたことがある。そう説明すれば、ロイはふーんと相槌を打った。


「しかしさ、なんで俺を連れてきたんだ? 見舞いの連れに選ぶなら、サイモンの方がいいんじゃねぇーの?」

「せっかく帰ってきたのですから、兄にはしっかり休んでもらわないと」


 婚約破棄から三週間して、ようやく兄が帰ってきた。

 ああ見えて、サイモンは弟妹想いの良い長兄。本当なら、シャーロットが田舎に引っ込んでからすぐに様子を見に訪れたかったことだろう。それが三週間もかかったということから考えるに、相当仕事が溜まっているのだ。ならば、せめて少しでも休んでもらいたい。

 自分と違い、兄の未来は長いわけだし、これから国が荒れるのは目に見えているから。


「それに、今日はロイさんでなければならなかったのです。狼族は鼻が利くでしょう?」


 シャーロットがそう微笑むと、ロイは緑色の目を細めた。


「犯人の臭いを追えってことか。たしか新聞に書いてあったな、犯人が消えたって」

「そういうことなのです」


 シャーロットは頷いた。

 強盗に入ったのであれば、なにかしらの痕跡が残るはず。その臭いを追うことができれば、犯人に辿り着くことができる。狼族の鼻ならば、ほぼ確実に捉えることが可能だろう。


「しかしなー、新聞だと魔法の仕業だって書いてあったぜ。その場合、臭いを追うことができねぇけど。ってより、魔法ってありえるのか?」

「そうですね。実際に魔法を使える者はほとんどいませんし」


 それこそ、シャーロットの寿命を奪った王族くらいしか現存していない。


「しかし、どう考えても魔法でしか成し遂げられない強盗だったとなった場合、犯人は魔法使いだと認定されるでしょう。……ただ、その場合、1つ疑問がどうしても上がってきます。なぜ、マリリン夫人を狙ったのかと」

「そりゃ、夫人のコレクションを狙ったんだろ。下手したら城の保管庫以上に貴重な品が揃ってたろ?」

「それもあるのでしょうが……」


 シャーロットが呟いたときには、屋敷の目の前までたどり着いていた。

 昨日と同じように、美しい彫刻たちが並んでいるが、屋敷の周りには騎士たちが詰めていた。


「シャーロット様、こちらへ。お付きのご友人もどうぞ」


 老年の騎士が敬礼してきたので、シャーロットはするりと愛馬から降りる。


「久しぶりですね、ヘンリー。息災でしたか?」

「おかげさまで、まだまだ若いものには負けませんわ。……馬は厩で休ませる許可が降りております。責任をもってお預かりいたしますので」

「ありがとうございます」


 愛馬に「また後で」と軽く撫でると、騎士によって引かれていく姿を見送った。


「シャーロット様、そちらの御方は従者ですかな?」

「いいえ、ヘンリー。こちらは兄の友人のロイ・ブラックドッグさん」

「おお、サリオス様のご友人でしたか。いやはや、獣人とは珍しい……サリオス様もどこで知り合ったのやら……失礼、ヘンリーと申します。この街の騎士団長を務めておりまして、今回の事件の担当もしております」


 ヘンリーは気難しそうな顔をしながらも、手を差し出してくる。ロイは相変わらずにこやかに笑いながら、自己紹介を交わした。


「よろしくお願いします、ヘンリー卿」

「よろしく。……早速ですが、シャーロット様。これから中に案内致しますが、まだまだ完璧に調べ終わっていませんし、片付けも進んでおりません。どうか、勝手に動かれませんように」

「心得ておりますわ」


 屋敷のなかはひどい様子だった。

 壁の絵画はかかったままだったが、いくつか額がずれているものがあった。陶器もいくつか割れて破片が飛び散ったあとがある。赤い絨毯には花瓶の水が飛び散ったシミが滲んでおり、相当荒らされたことが伝わってきた。


「こりゃひどいな」


 ロイが顔をしかめるのも無理もない。

 昨日の整った美術館と空間はなく、すっかり強盗に入られた屋敷になっていた。

 ヘンリーはリビングの扉の前で立ち止まると、とんとんと気遣うようにノックする。


「夫人、シャーロット様とご友人のロイ様をお連れいたしました」

「……通して」


 リビングからはかすれた声が返って来る。

 そこを開くと、小さく丸くなった夫人がソファーに腰を降ろしていた。隣には、昨日の侍女が寄り添うように座っている。二人ともすっかり泣きはらしたのか、目元は真っ赤になっていた。


「ああ、シャーロットのお嬢ちゃん!」


 夫人はよたよたと立ち上がると、シャーロットに歩みを寄ってくる。


「マリリン夫人、ご加減はいかがです?」

「最悪よ」


 夫人はハンカチで涙を拭いながら答える。


「最悪、夜ね、目が覚めたの。喉が渇くわって……だから、台所へ降りていこうとしたの。そしたらね、部屋から変な音がしたの。かちゃかちゃって……何かしらって、扉を開けたらね、男がいたのよ。刃物を持った男がいてね、私、咄嗟に逃げようとしたの。そしたら、ここを……」


 ううっ、と夫人は崩れ落ちる。夫人の左腕には、痛々しい包帯が巻かれていた。


「……私、殺されるかって思ったわ」

「殺されなくてよかったです。ブランデーを飲んだらいかがです?」

「ありがとう、もう貰ったから平気よ」

「しかし、ここもひどい……」


 シャーロットはリビングを見渡した。

 壁という壁には、ナイフで切り裂いたような跡があった。棚もすべて開かれ、中身が散乱している。奇跡的に本棚だけは閉ざされていたが、見るも無残な状態になっていた。


「犯人はどこから侵入してきたのでしょうね」

「隣の部屋の窓が割られていました。おそらく、そこからでしょう。庭へ続く扉が開け放たれてましたので、そこから逃走したのだと考えられます」


 夫人の代わりに、ヘンリーが答えた。


「なるほど……では、庭から外へ逃げたのですね」

「いえ、それが……足跡がないのです」


 ヘンリーが困った顔をする。


「庭の扉は開いておりました。ですが、足跡がないのです。ちょうど、芝生の張替え作業だったらしく、土が丸出しの部分が多いにもかかわらず、足跡一つない」

「ちょっと見せていただけます?」


 シャーロットが言うと、ヘンリーはマリリン夫人の表情をうかがった。

 夫人は特に悩むこともなく了承する。


「構わないわ。シャーロットのお嬢ちゃんは頭がいいから……なにかしら証拠を見つけるかもしれないもの」


 マリリン夫人と侍女はリビングに残り、ヘンリーが案内を再開する。

 リビングをもう一度出ると、昨日訪れた方とは逆へと歩き始める。


「現場は保存しておりましてな。どうか、ここから見てください」


 ヘンリーは乱雑に開け放たれた扉の前で立ち止まり、庭の方へと指を差す。

 庭には芝生がなく、柔らかそうな土で覆われていた。三種類ほどの足跡が残っているが、ヘンリーの表情からするに犯人のものではないのだろう。


「……夫人と侍女と庭師の男の足跡と一致しております」


 シャーロットの視線を感じたのか、ヘンリーが渋い顔で答えた。


「犯人はここから逃げていったのは間違いないのです。夫人が証言しております。ですが、足跡がないのです。昨日の夕方まではあるのに、昨晩の足跡がない!」


 マリリン夫人を襲った強盗は、庭に出た瞬間に姿を消してしまったのだ。



 まるで、魔法のように。







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