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32話 病の解明

「病だって?」


 これに反応したのは、フェンネル医師だった。

 彼は目を細めると、顎に生えた髭を触りながら問いただしてくる。


「エイプリルの令嬢だったか? 君は医師の免許を持っているのかい?」

「いいえ」


 シャーロットが否定すると、フェンネルはますます不快そうに眉を寄せた。


「医学を修めていない者が病を解明するとは笑止千万。何を考えているのやら」


 フェンネルはそう言うと、アルバートにも咎めるような視線を向ける。


「これは殿下の判断ですか? 重病人の病を解明するなど戯言を申すなど……」

「私は医師ではありません」


 アルバートが何か口を開く前に、シャーロットは言葉を遮ることにした。ここで、アルバートが下手に何か言ってしまえば、あとあと面倒になる。


「専門的な知識も書物でちらっと読んだ程度。フェンネル医師の博学には及ばず、素人の域を出ないでしょう」

「ならば、なぜ……?」

「私ができるのは、あくまで推理をすること。幾重にも絡まった謎を解き明かし、真実を明らかにすることだけです」


 医学の専門書に目を通したこともある。多少の知識はあるし、ちょっとした怪我の応急処置くらいならできる。だが、フェンネルのように真面目に医学を学び、高貴な人々を治療できるまで信用を勝ち得るまで腕の優れた方には、医学の知識量に敵うはずもないことは分かり切っている。


「ましては、ゼーゼマン夫人らの病について非科学的な噂が立てられていることは……フェンネル医師もご存じのはず。私はその噂が根も葉もないものだと明白にしたいのです」


 シャーロットが言い切ると、フェンネルは心当たりがあるのか顔を歪めたまま頷いた。


「エイプリルの令嬢が呪った結果の病だというものだな。まったく、馬鹿馬鹿しい」

「ええ、非常に馬鹿馬鹿しいので、さっさと解決して欲しいと思った次第ですわ」


 シャーロットはローレル・ゼーゼマン夫人のベッドとフェンネル医師たちの間に立つと、くすっと柔らかな頬笑みを浮かべてみせた。


「今回の病、他人には移るものではありませんのよね?」


 フェンネル医師たちは重病人の傍に行くというのに、マスクの類をしていなかった。夫人に付き従う者たちも予防している様子もなければ、自分たちが通されたときも「口を覆うように」という類の注意をされなかったことからも明らかである。

 事実、フェンネル医師も同意するように重々しく頷いた。


「これは単純な流行り病の類ではない。最初は疑ったが、ほとんど接点のない者が罹患する。少なくとも、会話など接しただけで感染する病ではない。私自身が媒介になっている可能性も考えたが……他の医師が担当する者も罹患しているのでな」

「そうなると、他に接点があるはず。たとえば、共通の物を摂取し、身体に取り込んだ結果起きているとかありえると思いませんか?」

「それもない」


 フェンネルが否定する。

 こちらで事前に調べた通り、彼も既に調査したあとだった。食べる物も水も一致する物はない。新種の虫などに刺された痕跡もない。フェンネルがそう説明する口調は、なんとも苦々しい色が強く、本人としても病に真剣に取り組んでいるのに効果が表れないことを苦心していることが伝わってきた。


「……ですが、1つだけあるのですよ。共通して摂取しているものが」


 シャーロットはそこで初めて、フェンネルの横でずっと黙っている薬師に視線を向けた。


「薬師は一緒です。彼らが摂取している薬が同じなのですよ」

「なっ、なにを!」


 クレソン薬師は目を大きく見開くと、驚きのあまり一歩後ろに下がってしまう。だが、それ以上に驚いたのはフェンネルだった。


「馬鹿にするのでない!」


 フェンネルは顔を真っ赤にすると、鼻息荒くこちらに詰め寄って来た。


「いいかい!? クレソン薬師は王都の医師ならば誰もが懇意にするほど優秀な薬師だ! こちらの指示を完璧に守り、完璧な薬を用意してきたのだ! 彼を疑うというのかね?」

「ええ」


 シャーロットは断言すると、フェンネルはまた顎髭を触りながら睨みつけてくる。


「他に共通点がない以上、疑うのはそこでしょう。簡単な話です。彼ではない別の薬師に任せるのです、彼を関わらせてはいけません。それで効果があれば、彼の仕業だと分かると思いますわ」


 シャーロットはそこで言葉を切ると、冷ややかな目でクレソンを見つめた。


「もともと、睡眠薬や常備薬を用意していたのでしょう。その薬を別のものにすり替えるなんて簡単でしょう。偽の薬――おそらく毒の類を弱って死なないぎりぎりのところを見極めて投与していたのではなくって?」

「そ、そんなことないだろう!」


 クレソンはフェンネル医師の腕に抱きついて涙ながらに叫ぶ。よほど怯えているのか、フェンネル医師の身体も揺れてしまうほど震えていた。


「わたしを嵌めようとしてるのだろう!」

「でしたら、薬を調べてみましょうか。彼女たちに投与している薬を信頼できる第三者が調べればいいのです。簡単でしょう? フェンネル医師もそう思いません?」

「フェンネル医師! この女、医師免許もないのに適当なことを言って現場を混乱させようとしていますよ!」


 クレソンが主張するも、フェンネル医師の顔色は変わらない。


「お前はなにを言っているのだ!」

「ふぇ、フェンネル医師?」

「自分にかかったありもない疑いを晴らすには簡単なことだろう!」


 フェンネルはそう言うや早く、クレソンの持参した鞄を取り上げた。そのまま彼の反論を待つことなく、クレソンの鞄をアルバートの胸に押し付ける。


「殿下! 調べてください! 調査がすむまで、私もクレソンも部屋から一歩も出ず、外と連絡をとらないと約束しましょう!」

「フェンネル医師、それは困りますよ! 私にも生活が――」

「馬鹿もん!! 医師と薬師としての名誉が不当に傷つけられるのだぞ!? 医師も薬師も信用があってこそ! その疑いを晴らすためなら我慢せい!」


 フェンネルは顔を真っ赤にしながら薬師を諭すのに反比例するかのように、クレソンの顔から血の気が抜けていき、さっきまで青かったと思っていた顔色が瞬く間に白く染まった。


「アルバート様、そちらに残った薬も調べてくださいませ」

「殿下! 私からもお願い致します。我らの名誉を晴らしてくださいな!」

「うむ、心得た!」


 アルバートは当初こそ困惑していたものの、シャーロットとフェンネルから頼られ、さぞご満悦といったように承諾した。そのまま部下を連れ、鼻高らかに彼らの軟禁先についての指示を飛ばしていく。


「シャーロット」


 ひとしきり命令を飛ばすと、アルバートはどこか子馬鹿にするような笑みをシャーロットに向けてくる。


「これでお前の推理とやらがハッキリするな」


 そう口にする言葉尻からは、シャーロットの自論をまるで信じていないことがひしひしと伝わってくる。

 シャーロットは涼やかな顔で受けると、小さく「ええ」と返すだけにとどめた。


「待ってくれ! そんなことしなくても大丈夫だ! 私は無実なんだ!」


 クレソンは悲痛の声を上げるも、誰も聞き入れることはない。フェンネルは「無実ならばこそ、殿下の調査を受けるべきだ」という主張を崩すことなく、アルバートも「自分にしかできない仕事であり、シャーロットが失敗するかもしれない瞬間が見えるかもしれない」ことに意気揚々と取り組んでいる。


 彼らを止める者はいない。

 クレソンは騎士たちに引きずられるように出て行った。



「……あなたの推理が正しいのでしょう?」


 たった2人しかいなくなった部屋に、ローレルのどこか面白そうな声が落ちる。

 シャーロットはローレルを振り返ると、完璧な淑女のように微笑むのだった。



「推理もなにも、明日になれば分かることですから」






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