22話 シャーロットの呪い……?
「し、シャーロットさん!?」
「い、いつからそこにいらして!?」
淑女たちの顔は完全に血の気が失せ、目をこれ以上ないほど見開いていた。
シャーロットはほとほと呆れたように肩を落とすと、ため息交じりに応えるのだった。
「3レースに愛馬が出走しましたの。活躍を見届けに足を運んだまでのこと」
シャーロットがそう言うと、ようやく彼女たちの顔に納得の色が徐々に広がり始める。
シャーロットが王太子の婚約者だった頃から忙しい日々の合間を縫い、愛馬の応援に競馬場を訪れることは知られていた。もっとも、シャーロットに相馬眼はあまりないらしく、もっぱらのところ収支は赤字。今日のレースに出走した馬も当初は気持ちよく逃げていたのだが、最後の直線で抜かされてしまい、結果は8頭中の4着というなんとも言い難い結果に終わっていた。
それでも、シャーロットは良かった。
もちろん、勝つに越したことはないが、自分の選んだ愛馬が一生懸命走っている姿を見るのが好きだった。王都で暮らしていた頃は本も満足に触れず、書庫の香りを堪能することもできない辛い日々において、青空の下を駆け抜ける馬を見るのは癒し以外のなにものでもなかった。
「先程まで、調教師さんと今後のことについて話し合っていたのですが……なにやら不穏な会話が耳に入りまして。私が呪うとはどういうことでしょう?」
シャーロットがにっこりと微笑みかけると、彼女たちはいっせいに縮こまった。そこまで怯えなくていいのに、と思わずにはいられない。
「あのですね、あなた方を呪う理由ありませんわ」
そう言ってみるが、彼女たちは信じていなかった。たしかに、彼女たちから嫌われていたし、陰口を囁かれているのは知っていたが、別に興味がなかった。仮に魔法がつかえたとしても、彼女たちに呪いをかけるなんてつまらないことはしない。そう説明しても、まったく疑いの眼差しを崩さないので、シャーロットは再度ため息を零した。
「あなたの肩が重いのは椅子で寝ているから。刺繍をしながら寝てしまっていることが原因だと思われます。恋人の誕生日が近いのは分かりますが、ちゃんとベッドで寝ることをお勧めしますわ」
シャーロットは仕方なしに彼女たちが挙げた体調不良について、1つ1つ解き明かすことにした。
「寝つけないのは、夜にハーブティーを飲むようになったからでしょうね」
「な、なんで知ってるの!?」
「あなたの最近決まった婚約者、茶葉の専門店を経営している一族でしょう? お茶の勉強をするのは良いと思いますが、夜遅くに大量に摂取すると眠れなくなりますのでご注意を」
「あ……」
シャーロットは愕然とする2人を横目で見つつ、最後に残った1人と向き合った。
「お義母さんが毎朝やって来られるのは辛いですよね……旦那さんとしっかり話し合った方がよいと思いますよ。頻度が減れば、夜の腹痛はなくなることでしょう」
「うぅ……」
シャーロットが指摘すると、最後の1人は気まずそうに目を逸らす。
「嘘っ、セリーナさんの家ってお母さんが毎朝やって来るの!? 信じられない!」
「え、えぇまぁ……ですが、シャーロット様はどうしてそのことを……?」
「あの方、少々過保護でお節介な方ですから」
10年もの間、王太子の婚約者として貴族の社交界に身を投じていれば、網目のように複雑な人間関係も頭に入ってくるというものだ。
「さて、これで私が体調不良の原因ではないとご理解していただけましたか?」
シャーロットが微笑みながら言うと、彼女たちは顔を見合わせた。しばし悩むように顔をしかめるも、同時に強張っていた表情をすまなそうに緩め、こちらに頭を下げるのだった。
「疑ってしまい、申し訳ありませんでした……」
「シャーロット様、すみません……」
「謝って許されるとは思いませんが……」
「いえ、別にいいのです。それより気になるのは、ゼーゼマン夫人のことですわ」
シャーロットは謝罪もそこそこに気になったことを口にする。
「私も夫人には大変お世話になりましたので、具合が悪いとなると気になりますわ」
なにを隠そう、ゼーゼマン夫人はシャーロットに礼儀作法を教え込んだ家庭教師だった。彼女の指導は厳しく、幼い頃は書庫や厩舎に逃げ込んで涙を流したこと数知れず――だが、その甲斐もあり、未来の王妃として恥ずかしくない教養と作法を身につけることができたのだった。
……とはいえ、婚約破棄された現在、その必要がなくなってしまったのだが。
「夫人がいつからお城に出仕されていないかご存じ?」
「たしか、1月ほど前からだったと聞いていますわ。恰幅の良い方でしたが、だんだんと痩せてこられて……お可哀そうに」
「もしかして、シャーロット様はゼーゼマン夫人の病気の理由について心当たりがありますの!?」
「いえ、残念ながら……」
シャーロットは彼女たちの好機に輝く視線を感じながら、わずかばかり眉間に皺を寄せた。
「金縛りの原因はいくつか想像はつきますが、ゼーゼマン夫人には合わない気がするのです。しかも、その症状で苦しんでおられるのは夫人だけでないのでしょう?」
1人だけならストレスや病が原因だろうと思うが、最近城に出仕しなくなった者たちが揃いも揃って似たような症状だと他に理由があると邪推してしまう。その結果、シャーロットが呪っている説が広まりつつあったわけだが、残念ながら心当たりはまったくない。
「変な呪い説が流行り、本当の原因が覆い隠されるのはあってはならないこと。せっかく王都まで来たことですし、ちょっと調べてみましょうかしら」
シャーロットは独り言のように呟くと、3人の淑女に他に知っていることはないかと尋ねようとした。
だが、その前に邪魔が入る。
「そこにいるのって、シャーロット様ですね!」
やや甲高い可愛らしい声が割って入って来た。
シャーロットが視線を向ければ、オリビア・クロッカスがぴょこぴょこと飛び跳ねるように近づいてくるところだった。
「お久しぶりですぅー! 冬のお茶会以来ですね!」
「……ええ、ごきげんよう」
シャーロットはわずかに顔が引きつりそうになったが、完璧な笑みを保ったまま挨拶をする。
「アルバート様の婚約者になられたと聞きましたわ。ご婚約おめでとうございます」
「そうなんですー! これ、婚約指輪貰ったんですよ」
オリビアはころころと笑いながら、薬指にはまった指輪を見せつけてきた。小指大ほどのダイヤモンドが太陽の日差しを浴びて一層輝いている。淑女たちがダイヤの指輪を食い入るように見ている姿を視界の端で捕らえながら、シャーロットはにこやかに言葉を返すことにした。
「王家に伝わる婚約指輪とは異なるものですわね。ダイヤのカットが随分と現代風に見えますが……」
「あー、あれね。あれって古臭いでしょう? だから、アルバートが新しく私用に作ってくれましたの!」
どうだ! と胸を張るが、シャーロットは思わず失笑しそうになってしまった。
王家というものは、伝統を大事にする文化が根強い。無論、なんでも伝統にとらわれるあまり低迷し、時代錯誤になってしまうようなこともなくはないが、婚約指輪を「古臭い」と一蹴して新調するのはいかがなものなのだろうか。
「愛されていらっしゃるのね」
「えへへ、そうなんですよ。もう、彼ったら私の頼みはなんでも聞いてくれるんです。このイヤリングだって、彼からいただいたのですの」
「まあ、素敵ですわ」
小さな耳に輝くルビーのイヤリングを一瞥し、心にもないことを口にする。
「実に可愛らしい指輪とイヤリングだこと……他の方にも披露されましたの? たとえば、家庭教師のゼーゼマン夫人とか?」
シャーロットが目を細めて尋ねると、オリビアの顔から弾けるような笑みが拭い去られた。日焼けのしていない顔がさらに白くなり、黄色の瞳の奥には冷たい色が光っていた。だが、それは一瞬の出来事で、二回ほど瞬きすると、再び明るい笑顔の仮面を被っていた。
「ええ、彼女にも。最近、具合が悪いとかで家庭教師を辞めちゃって……いまは、フリル夫人がね、家庭教師をしてくれてるのよ」
ほほほ、とオリビアは笑っていたが、口元がわずかに強張っている。
「フリル夫人、ですね」
シャーロットは扇子で口元を隠すと、くすりと口の端を上げるのだった。




