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20話 プリンスの影


 数日後、ヘンリーがシャーロットのもとを訪ねてきた。

 そろそろ来る頃合いだろうと思っていたが、不思議なことに彼の顔色は悪かった。青ざめた顔からは絶えず汗を流し、呼吸もどこか荒っぽい。彼の頭を悩ませていた連続放火事件が解決したにしては、どうも調子がよくないように見える。


「ヘンリーさん? 大丈夫ですの?」


 シャーロットは本を片付けると、用意しておいた椅子を進めた。

 ヘンリーは青い顔のまま椅子に座ると、疲れ切った声色で言うのだった。


「いや、実はですね……先日捕まえた放火魔が死にまして……」

「放火魔の男が!?」


 まさかの事態に、シャーロットは目を丸くした。


「自殺ですか?」

「自殺ですな。自分で手首を噛みきったのです……トイレの個室で起きたことでしたので、監視の騎士が異変に気づいたときには……」

「そんなことってあります?」

 

 その場面を想像して、シャーロットもさすがに血の気が失せる。

 手首を剃刀や小刀で切るならともかく、噛みきるなんて可能なのだろうか。どう考えても正気の沙汰ではない。少なくとも本能が拒絶するだろうし、仮に血管を千切ることができたとしても致死量になるほどの出血をするほど噛み続けることは極めて難しい。そんなことをするよりも、舌を噛みきる方がよっぽど楽に死ねる。


「……私もこの目で見ましたが、信じられません……あれは本当に人間の所業なのかと思われるほどの……」


 ヘンリーがぶるりと震える。

 まがりなりにも騎士隊長を務める男でも、恐怖を覚えるのも無理はなかった。

 

「そもそも、あの男が自殺するとは思えないのです。取り調べの最中も『俺をそそのかした王都の奴が悪い!』の一辺倒でしてな……『そいつを逮捕しろ! 俺は悪くない! 裁判でも証明してやる!』と無罪を勝ち取る気満々でした」

「よくもまぁ……」


 シャーロットは水差しを取りながら、新聞の記事を思い出す。


「そもそも今回の男……放火以前に、職場の金を横領したことが発覚し、使い込んだ穴を埋めるため多額な借金をしたのでしょう? 昨日の新聞で読みましたわ」

「はい、その通りです……その借金を返済するために、今回の強盗事件を計画したと」

「馬鹿なことを」


 実にろくでもない男である。

 シャーロットはグラスに果実水を注ぐと、ヘンリーに渡した。


「あぁ、ありがとうございます……」


 ヘンリーがあっという間に果実水を飲み干した。

 その姿を見ながら、シャーロットも果実水を口に含む。切ったレモンを漬け込んだ涼やかな感覚が喉を通り、害した気分がわずかに薄まった気がする。シャーロットは一息をつくと、同じように肩を落とした男に問いかけた。


「それで『そそのかした王都の奴』というのは、一体誰なのです? 新聞には名前が記載されていませんでしたが」

「……それがですね……『プリンス』と名乗る男だったようで」

王子(プリンス)!?」


 シャーロットは吹き出しそうになった。急いで手で口元を隠し、まじまじとヘンリーを見つめてしまう。


「ご冗談でしょう?」

「放火魔も冗談ととらえていましたな。プリンスと名乗っていたそうですが、アルバート王子とは違ってくすんだ茶髪だったそうですし、声も野太く、でっぷりとした体格だったらしく……なにより違法賭博をやっているような酒場に王子がいるわけないですよ」

「……まあ、あの王子ではないでしょうけど……」


 シャーロットは曖昧な表情になった。

 アルバートは目が覚めるような金髪で、声は男にしては高く、鍛えているが着痩せするので細身に見える。特徴は一致しないが、違法賭博をするような店に行かないとは断言できなかった。


「アルバートは、それなりに王都を遊び歩いてましてね……お忍びという名目で。歓楽街では密かに有名ですの」


 シャーロットは遠い眼をしてしまった。

 シャーロットと同じく一分一秒のスケジュールが組まれているはずなのに、彼は『息が詰まる!』と放り出して王都に繰り出すのはお決まりのこと。それをたいして叱られることもなく、王と周辺がもみ消していた。賭博に手を出しては国庫から金を引き出のも目にあまりはじめ、シャーロットが遊び過ぎだと咎めると、『シャーロットに未来の妻としての魅力が足りないからだ』なんて怒鳴られたことを思いだすと、頭が痛くなってきた。


「オリビアさんとの交際が本格化してからは、そのような振る舞いが少し落ち着いたように思えたのですが……月に1回は王都に降りていますので、そのような店に行かないとは言い切れませんわ」

「そ、そうだったのですか……で、では、まさか……本当に!?」

「いえ、外見の特徴が違いますので別の方でしょう」


 シャーロットが知る限り、アルバートの変装は帽子を被って庶民風の服を着る程度だった。わざわざ容姿を複雑に変えるようなことはしない。あの程度の変装なのに、未来の国王への不信感が高まらないのは、ひとえに王と周囲がもみ消しているからだった。


「ですが、面白くなってきましたわ」


 シャーロットはくすりと笑った。


「今度、所用があって王都へ行こうと思っていましたの。その際、プリンスについても調べてきますわ」

「本当ですか!?」


 今度はヘンリーが驚く番だった。グラスを両手に持ったまま立ち上がり、目が落ちそうになるほど見開いている。


「シャーロット様が手伝ってくださるのでしたら、プリンスを自称する男の逮捕も間違いなしです! ですが……本当によろしいのでしょうか?」

「かまいません。私の残された時間をどう使うかは自由でしょう」


 シャーロットは自分の胸を撫でた。服に隠れて見えないが、11弁の花の刺青が刻まれている。計算上では1週間後、強烈な痛みと共に1弁散ることになるだろう。


「それに、もし本当に王子が絡んでいたら……今回の放火魔の自殺が魔法によるものなのではないかと思いまして」


 シャーロットは微笑んだまま話していた。


「王家に伝わる死の魔法は複数ありますの。断片的にしか伝承を知りませんが、そのうちの1つに契約の魔法がありまして、契約を破ると対象者に死の災いが降り注ぐ魔法です」


 具体的にどのような災いが降り注ぐのかは、いかなる書籍にも記されていない。そこから先は王の一族のみが知る口伝の領域である。


「もし魔法でないだとしたら、その男に根性があったか余程の心変わりがあったまでのことですむ話ですわ」

「ですが、シャーロット様……もし、魔法だとしたら……魔法が使うことができるのは!」

「王族の誰かが牢に繋がれることになるでしょうね」


 ヘンリーは震えていたが、シャーロットはそこに対しては淡々と続ける。

 仮に本当に王子だった場合、実際に逮捕される段階でなにかしら理由をつけて罪を逃れようとするだろう。正直、そのようなことどうでもよい。さらにいえば、放火魔をそそのかした相手を絶対に逮捕したいというほどの正義感があるわけでもなかった。


「……シャーロット様は復讐をされるつもりですか?」


 ヘンリーがおそるおそるといった様子で口を開いた。つい数瞬前まで喜色満面の顔色は戸惑いと畏れに変わっている。


「シャーロット様が今回の件に協力的で心から楽しそうなのは……王族に対する復讐なのですか?」

「まさか!」


 シャーロットはぴしゃりと言い切った。


「そのようなくだらないことに精を出すくらいでしたら、一冊でも多くの本を読みたいですわ」

「では、なぜ……そんなに笑っておられるのです?」

「決まっているでしょう!」


 シャーロットは興奮して普段よりも高くなる声で宣言するのだった。



「さらに王家の魔法について知ることができる絶好の機会! これを逃すわけにはいきませんわ!」










2章はこれにて終わりです。

次回から3章が始まります!

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