18話 引っ越しのお手伝い
「あぁん? 誰がお前なんかに協力するか!」
シャーロットの提案を聞くと、ノックスは額に筋を立たせた。すぐさま、ヘンリーが笑顔を引きつらせながら「まあまあ」と宥めにかかるが、ノックスの怒りは収まることはない。じろっと睨みつけると、吐き捨てるように言った。
「どんな理由があってもごめんだね! おふくろを悲しませた奴を許すわけにはいかねぇ!」
「いえ、実はですね、ほら、クックさんの家で放火事件がありましたでしょう? それについて――」
「そんなことなら、もう答えただろ!」
彼の怒りは鎮火するどころか、ますます油を注いでしまったらしい。ヘンリーの首根っこをつかみかかりそうな位置まで詰め寄ると、つばを散らしながら叫んだ。
「俺は女房やおふくろと一緒に、今後のことを話し合ってたんだよ! どっかの誰かのせいで、おふくろはすっかり消沈しちまってるしさ、引っ越そうかってよ! そしたら、『火事だ!』って誰かが叫んでるじゃねぇか! 窓を見たら、クックん家の庭が燃えていてさ、慌てて外に逃げたんだ! なんだい、俺が犯人だって言うのか!?」
「い、いえ、そのようなことは……そのようなことは……」
ヘンリーは引きつった顔で笑いながら、ちらっとシャーロットに確認するかのような視線を向けてくる。
シャーロットは静かに口を開いた。
「ノックスさんは犯人ではありません」
「そりゃそうだろうな」
ロイもノックスを抑えつけながら、同意するように頷いた。
「こいつは火炎瓶を用意したり計画を練ったりする前に、直接殴り込みに行くだろうさ」
「ええ。それに犯人像と合いません」
火炎瓶を作る知識があったところで、わざわざ過去4件の場所を燃やす理由にはならない。第一に隣家を燃やすのは、いくら引っ越す予定があるとはいえ危険すぎるし、まっさきに犯人だと疑われかねない。「どうしても火をつけないといられない!」と炎を信奉するような放火魔であれば、深く考える間もなく燃やすこともありえるが、今回の特徴とは異なっている。
「私が聞きたいことは2つ」
シャーロットは指を立てると、ノックスの怒りに満ちた目を見つめた。
「1つ目は『火事だ』と叫ぶ声です。誰の声だか分かりますか?」
「知らねぇよ!」
ノックスは依然として喧嘩腰だったが、変な疑いをかけられているわけではないと知ったからか、ほんの少しばかり怒りが収まったらしい。荒々しく舌打ちをすると、拳を振りほどいた。
「男だったんじゃねぇの? 野太い男の声だったな」
「クックさんの声では?」
「あいつとは幼馴染だぜ? 間違えるはずもねぇだろ」
シャーロットはそれを聞くと、興味深そうに目を細めた。
「ありがとうございます。……では、2つ目。最近のバーサーさんについて教えていただきますか? そのように怖い顔をされなくても、彼女が犯罪に加担しているとは思っていませんよ」
あくまで、今回はだが……と、内心付け足す。
バーサーは庭師の殺害に加担していないということで罪に問われなかったが、2人がこそこそ計画を練っていることに気づいていないとは思えなかったし、もしかしたら保険金計画については知っていたのではないかとさえ疑っている。
だが、少なくとも今回の事件において、彼女は容疑者リストに載っていない。
「彼女、家から一歩も出ていないのでしょう?」
「なんで知ってるんだ!」
「先程、ご自分でおっしゃったではありませんか。毎日、家に籠って泣いていると」
ノックスは「確かに言ったな……」と不快そうに眉を寄せると、いらだちをこめて舌打ちをした。
「おふくろは夫人に良くして貰っていてな。元々仕えてた貴族さんが別荘を売り払うことになってな、仕事を失って困っていたときに、夫人がおふくろを雇ってくれたんだ。夫人もおふくろを気に入ってさ、最後まで雇ってくれていて……さ。『なんで、奥様の苦しみに気づかなかったんだろう』って」
「……もう一度、お尋ねします。お屋敷には? お掃除などしに行かれていないのですね」
「お屋敷に行くと、奥様のことを思い出してしまうから無理なんだと。……このまま引っ越すまで、一度もいかねぇつもりらしい」
ノックスの目に少しだけ寂しそうな色が混じる。
「なあ、騎士様よぅ。本当に、本当に夫人は殺したんか?」
「……残念ですが、本人も認めておりますので」
「……そうかぁ……」
ノックスはどこか縋りつくようにヘンリーを見ていたが、だんだんと首が垂れさがり、最後には地面を見つめていた。
「……ノックスさん、引っ越しはいつを予定していますか?」
「……1週間後」
「明後日にしません? 明後日の昼間」
「は、はぁ!?」
ノックスは驚いたように跳び上がった。
「おまっ、なに考えてんだ!? 勝手に人の家のことを決めんじゃねぇよ!」
「バーサーさんも夫人との思い出の詰まった街を早く離れたいことでしょう。それに、あなたや家族自身が生きづらさを感じているのでは?」
シャーロットが指摘すれば、彼は喉にモノが詰まったようにうめくも反論することはなかった。
マリリン夫人の逮捕は王都の新聞の一面を飾るほど、大きなニュースになった。この街でも騒ぎにならないはずもなく、その家に長年仕えていた家族ともなれば、注目の的になり、良くも悪くもありとあらゆる噂をされることになるだろう。
彼が住んでいた家を引き払い、1カ月もしないうちに引っ越しを考えるくらいには、居心地の悪さを感じていたのではないだろうか。
「ノックスさん……いえ、ノックス様の引っ越しは、少なからず私が夫人の罪を暴いてしまったことで起きたこと。明日、引越しの手伝いを幾人か寄こします。荷物をまとめたり、片付けをしたりとすることも多いでしょうし、人手は多い方がいいでしょう」
「そ、そりゃそうだが……なぁ」
「安心してくださいませ、我がエイプリル家に長年仕える者たちですわ。身元も仕事もしっかりこなす一流ぞろいです。すぐに支度が終わるでしょう……引っ越しの資金も少しですが包ませていただきます。そのくらいのお詫びはさせてくださいませ」
シャーロットはスカートの裾を持ち上げようとするが、いまは乗馬服だったことを思いだし、深々と一礼をする。
「ノックス様……どうか、許していただけませんでしょうか?」
「い、いや、俺は別に金が欲しかったわけじゃ……」
ノックスはあたふたと声を上げる。
まさか、本当にシャーロットが頭を下げるとは思っていなかったのだろう。ロイやヘンリーも驚く気配がひしひしと伝わってくるのも感じながら、シャーロットは頭を下げ続けた。
「私にできることは、これくらいしかできません。家を継ぐこともできず、婚約者から愛想をつかされ、寿命も残り1年もありません……ですが、引越しの手伝いをすることくらいはできます。どうか……」
「わ、わかった。わかったから、お願いする!」
ノックスが了承すると、シャーロットはホッと胸をなでおろした。
「では、明後日……人を寄こしますわ。日程変更の手続きに関しましては、こちらがやらせていただきます。そういった細々としたことは得意ですので」
「あ、ああ、それは頼む」
そのまま、シャーロットたちはノックスと引っ越し先や今後のことについて話しながら、庭の出口に向かって歩き始めた。ロイが「他に見ることはないのか?」と囁きかけてきたが、シャーロットはにこやかに「大丈夫」と返す。
庭からクック宅の玄関口に回れば、ボブが馬たちの相手をしながら待っている姿が目に入った。
「ボブ!」
シャーロットが呼びかけると、ボブは人のよさそうな笑顔で振り返った。
「お帰りなさいませ、お嬢様……おや、そちらの御仁は?」
「彼はノックス様。隣家の住人の方だけど、明後日引っ越すことになったの」
「明後日に引っ越しですか! それは大変でしょう!」
ボブは驚きの声を上げる。
「ここにいていいのですか!?」
「まあ、いろいろと……」
ノックスは恥ずかしそうに身体を縮ませる。
「明後日、引越しの手伝いをすることになりましたの。あとで人の選定をしましょう」
シャーロットはボブに微笑みかけながら、目線を一瞬だけ周囲に走らせた。反対隣の玄関口には、なにかいそいそと箒で同じ場所を掃き続ける女性がおり、向かいの家では窓の傍で一心不乱に本を読んでいるように見えるのに、目だけはこちらを見つめている男性がいる。彼はシャーロットと目が合うと、慌てたように本に顔を隠していた。
「……これでよし」
シャーロットは小さく呟くと、ノックスと別れて帰路に就く。
「なあ、お嬢さん。本当にこれで大丈夫なのか?」
ロイが怪訝そうな声を上げると、ヘンリーも不安そうに眉を寄せている。
シャーロットはそんな2人に向かって、にこやかに笑いかけるのだった。
「これで明日――遅くても、明後日には犯人を逮捕できるでしょう」
「はっ!?」
「最後の火事になると思いますよ。そうですね、規模の大きい火事が起きるでしょうが……」
※
シャーロットの予言通り、翌日の早朝――突如として街に黒い煙が立ち昇った。
真っ赤な火が燃え上がったのは、郊外ではなく街の役場。警備の者以外誰もいないとはいえ、中心部で起きた火事は人々を恐怖の渦に叩き込む。
「シャーロットお嬢様! 大変です!!」
その火事は、シャーロットの耳にもすぐに入った。
書庫で眠ることなく過ごしていたが、侍女が青い顔で駆けこんできたのでパタンっと本を閉じる。
「では、行きましょうか」
今回の放火魔を逮捕するために。




