17話 見当違いの男
早速、馬にまたがり郊外へ向かった。
厩務員のボブは帰宅すると思ったらしく、これから現場へ赴くことに驚きを隠せないようだった。
「お嬢様、よろしいのですか?」
シャーロットの後ろ辺りを追走しながら、ボブは不安げに声をかけてくる。
「このような事件にあまり首を突っ込まれますと、お父上が心配するのでは?」
「いまさらでしょ。あの人なら大目に見てくれるわ」
シャーロットは平然と言葉を返した。
父との性格は正反対だと思う。
嫌われることが苦手で、いろいろなところに良い顔をする八方美人。きっと、先月の婚約破棄に同意したのも、拒否することで国王から嫌われて自分の地位が失われることを恐れた結果だろう。余命一年の魔法を受けてから、シャーロットが田舎へ戻って貴族としての義務を放棄することに同意してくれたが、同情や優しさというよりも――と、ここまで考えて、もう1つの視線に気づいた。
「……ロイさん、なにか?」
ロイが隣を進みながら、こちらの横顔を見つめていたのである。
「ん? やっぱ、お嬢さんって可愛いなって思ってさ」
「……あなたという人は……」
シャーロットは肩を落とした。
「その台詞、他の女性にも言っているのではありません?」
「酷いな、俺ってそんな遊んでいるように見える? いまはお嬢さん一筋なのに信用ない?」
「いまは、でしょ」
この男、笑顔のまま歯が浮くような台詞を口にする。照れ臭さや躊躇いなど一切ない。きっと、よほど遊び慣れているのだろう。顔立ちは悪くないどころか、これまで出会った人のなかで五本指には入る。精悍な顔は女性を惹きつけるだろうし、国で最も美形だと謳われるアルバートより好みに感じる人も多いだろう。
現に街を進んでいるとき、道行く女性たちの目が彼の顔に釘付けになっているところが多々見られた。
「その前の女性にも同じ口説き方をしていたのでは?」
へらっとした顔を一瞥すると、シャーロットは彼から視線を逸らした。
「私を口説くのでしたら、貴重な本を数冊持ってくることです」
「それは物で釣ってるみたいで、あんまり良いとは思えねぇけど……ま、いっか。いつか振り向かせて見せるから」
「期待しないで待っていますよ」
シャーロットが呆れながら口にすると、わずかに馬の歩調を速めた。少し前で先導するヘンリーの隣まで馬を進ませると、彼に話しかけることにした。
「ヘンリー、あとどれくらい?」
「まもなくです、シャーロット様――あっ、見えました。あの青い屋根の家です!」
青い屋根の家――もとい、クック宅は酷い荒れようだった。
かろうじて玄関周りは隣近所のように綺麗な白い色を保っていたが、他は真っ黒に焦げてしまっている。窓も割れているか、黒い墨色に染まっていた。
火元だと思われる庭に至っては、酷い有様だった。緑の芝生は焦げ、地面がむき出しになっている。花壇も本を読むに丁度良さそうな大樹の根元も小さな納屋も炭になってしまっており、見るも無残とはまさにこのことだった。
「……これ、住人はよく無事だったな」
ロイが火炎瓶が投げつけられ、一番黒くなった壁を睨みつけていた。
「火事に気付いた瞬間、逃げ出したみたいですな」
ヘンリーが手帳を開きながら説明を始める。
「クックさんは夜、そちらの窓辺で日記を書くことを習慣にしていたようです。いつものように日記を書いていたところ、瓶が割れるような音と庭が不自然に明るいことをおかしいと思い、火に気づいたそうです」
「瓶が割れる音というのは、火炎瓶を投げつけられた音でしょうね」
「おそらく。それで、身の回りのものだけ持って、命からがら隣の家へ逃げたそうです。外に出たときには火がかなり燃え上がっていて、『火事だ!』と叫ぶ声がしていたとか」
「それは、女性の声ですか?」
「さぁ……そこまでは」
「……そう」
シャーロットはそれだけ言うと、火元から遠ざかり庭だった場所を散策し始める。庭の端は木製の柵で覆われており、隣の家との境目になっていた。風向きだろうか、こちらまで火は届かなかったのだろう。木製の柵に絡みついた蔦は深い緑を保っており、足元の芝生も少なからず残っていた。
「……さてと」
シャーロットは少し背伸びをして、柵の向こう側を覗き込もうとした。
「ちょ、ちょっと、なにをやろうとしているんですか!」
ヘンリーが慌てて駆け寄ってくる。
「シャーロット様、困りますよ! いったい何をしようとしているのですか!」
「背伸びをすれば届くと思いまして」
「だからといってですね、隣を覗き込むなんて……隣家が気になるのでしたら、ちゃんと玄関から――」
ヘンリーが汗を垂らしながら言った、そのときだった。
「シャーロットだって!?」
隣の家から怒鳴り声が聞こえてきた、と思って顔を上げたときには、怒りで真っ赤に顔を歪めた男が柵を飛び越えてくるところだった。
「シャーロット! 俺たちは決してお前を許さないぞ!!」
野良仕事をしていたのだろう。首からタオルをかけたシャツ姿の男はどういうわけか怒り狂っており、シャーロットを睨みつけていた。
「ちょっと落ち着けって」
シャーロットが口を開こうとすると、ロイがそれを遮るように前に出てきた。
「あぁん!? てめぇ、なんだその耳と尻尾!? 馬鹿にしてんのか!?」
「落ち着いてください、ノックスさん! シャーロット様は何も悪く――」
「騎士様よぉ、お前もちゃんと捜査したのか!?」
ヘンリーからノックスと呼ばれた男は彼の喉元をつかみあげた。
「お前が適当な捜査をして、そこの女を巻き込んだせいで、おふくろはなぁ仕事を失ったんだよ!」
「いいえ、違いますよ」
シャーロットは男を否定した。ノックスが視線だけで殺せそうな勢いで睨んできたが、静かに彼を見つめ返す。
「あなたのお母様が職を失ったのは、雇い主であるマリリン夫人が法を犯したから――夫人は人を殺したのです、その報いは受けるべきでしょう」
「奥様が人を殺すわけねぇ!! お前がはめたんだ! お前が奥様を嫌ってたから!!」
「苦手意識はありましたが、嫌ってはいませんよ。彼女が金を得る手段として、殺人なんて最低なことを選んだ以上、いまは嫌いですが」
そもそも、最初に嫌ってきたのは向こうの方だ。
「あなたのお母様、例のお屋敷で働かれていたバーサーさんはお元気ですの?」
「元気なわけねぇだろ! 毎日、家に籠って泣いて暮らしてる! お前のせいで! お前のせいで!!」
「では、お屋敷にはもう行かれてないのですね」
「馬鹿にしてんのか!?」
ノックスは拳を振り上げる。
だが、その拳がシャーロットに届くことはない。
「いい加減にしろって!」
ロイが右腕を抑えつける。ノックスが必死に抵抗するも、ロイに敵うはずもない。
「ノックスさん、落ち着いて。深呼吸を!」
ヘンリーも間に入り、ノックスを抑えかかる。そうしながら、どこか困惑した表情をシャーロットに向けてきた。
「シャーロット様もですよ! なにも人を怒らせるようなことをわざわざ蒸し返さないでください!」
「いえ、そのようなつもりはありませんでした。もう少し、彼とお話ししたいと思っていましたの」
シャーロットは自分を嫌う男に向かって、淡々と語りかける。
「今回の謎を解くには、彼の協力が必要不可欠になるのですから」




