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16話 火に興味がない?


「火に興味がない?」


 ロイが首を傾げ、疑問の声を上げる。

 ヘンリーも同じことを考えたらしく、奇妙そうに顔を歪ませていた。


「シャーロット様、それは筋が通りませんぞ。火に興味がないなら放火などせんでしょう!」

「標準的な放火魔であればそうでしょうね」


 シャーロットは深く頷き、サラマンダーの描かれた瓶に目を落とした。

 火炎瓶の製造方法やサラマンダーが火に関係すると知っていたとしても、実際に放火を実行する者は極めて少ない。第一、人の家を燃やすような命を奪いかねない行動をする者は、間違いなく犯罪者である。


「その前に確認をしておきましょう。今回の現場は街外れの住宅街でしたね。過去4件は?」

「え、ああ、ちょっと待ってください」


 ヘンリーは胸ポケットからいそいそと手帳を取り出した。


「1件目は6丁目のクックさん宅の裏手の庭、2件目はウエスト夫妻宅の納屋、3件目がミッドナイトの裏口、そして、今回は一人暮らしのウェザビー氏の玄関口になっていますな」

「ミッドナイトは確か飲食店でしたわね? たしか、お酒を提供するようなところだと聞いたことがありますわ。私は行ったことがありませんが、街の人はよく利用されているとか」

「まあ、よくある酒場ですな。シャーロット様には向かないと思いますが……」


 ヘンリーは少し口を濁した。

 この街には他にも酒場はあるが、ミッドナイトは庶民向き。労働者たちが仕事終わりに訪れるにうってつけの店である。エイプリル邸の下働きにもよく通うものがいるらしく、侍女たちが「新しく入った料理人の下働きがいるでしょう? あの人、またミッドナイトで朝まで飲んで酔いつぶれたらしいの。まったく、飲み癖が悪いんだから」と話している場面を小耳にはさんだことがあった。


「でしたら、ミッドナイトで行われた放火は昼間でしょう?」

「はい、その通りです。1件目以外、全部昼間です。ですが、どうして?」

「夜ですと、目撃者がいても不思議ではないでしょう?」


 夜の店ならば、誰かしら放火魔を目撃しても不思議ではないだろう。

 しかし、ヘンリーの語り口からするに有力な目撃者がいない。となれば、人が集まる夜は当然違うし、朝も人目につく危険がある。消去法的に、昼間が一番放火されても目撃されるリスクが少ない。


「それに今回の放火魔……どうやら、人が亡くなることを避ける傾向にあるみたいです。こんなに火をつけているのに、まだ誰も亡くなっていません」

「火炎瓶なんて代物使ってるのに、人を殺すためじゃねぇってことか」


 ロイが難しそうな顔のまま唸った。


「わざわざ人が死なねぇように調べてから、火炎瓶投げてるって……ありえるのか?」

「ブラックドッグ殿の言う通りです。それに、そもそも放火を繰り返すのはいったい?」

「そうですね……放火魔は何種類かに分けられます」


 シャーロットは顔を上げると、困惑する2人をまっすぐ見つめた。


「まず、最初に火に憑りつかれている場合」


 白い指を一本立て、ゆっくりと口を開く。


「火の魅力に憑りつかれているのであれば、この話は簡単でした。火が燃え上がることに興奮し、自分のために点火したくなってしまう……そのような人物は基本的に現場に残ります」

「火を観賞するためだな」

「ですが、そのような人物は今回の現場にいませんでした」


 シャーロットが確認した限り、現場に集まった民衆たちの顔に浮かぶのは恐怖とパニックの色だけ。火を崇拝するような表情の人物は見当たらなかった。

 

「シャーロット様。犯人はもう帰ったあとだったのかもしれませんよ」

「私たちが煙を発見してから現場に到着するまで、30分も経っていません。それに、私が放火魔でしたら……私たちが到着したことに気づき、帰ろうとする足を止めるでしょう」


 自分の起こした火が巻き起こしたパニックが、周辺住民だけでなく、領主の娘まで引き寄せたともなれば、ちょっとした優越感を覚えるに違いない。ちらちらと視線を寄こすくらいはするだろう。だが、そのような気配は感じなかった。


「犯人は自分の起こした火や悲鳴をたっぷり鑑賞することもなく、さっさと立ち去った……そうなると次に考えられるのは、なにか燃やす対象に意味があることです」

「それはないですな」


 シャーロットが2本目の指を立てると、ヘンリーが真っ先に否定した。


「今回の放火場所に共通点は見当たりませんな。挙げるとすれば、せいぜい同じ街の――どちらかといえば、街外れで起きていることくらいでしょう」

「その通りです」


 民家の裏も納屋も酒場もアパートメントも、燃やしたところで何かの主義を語ることはできない。

 たとえば、領主の治世に不満があるとする。そうなれば、放火対象としてエイプリル邸を狙うだろうし、シャーロットたちがいる隊舎、役場などが標的になることだろう。エイプリル家で働く者の住居や親しくしている者を狙うに違いない。

 ところが、今回は違う。

 共通点もない街の人たちの民家や酒場。犯行声明があれば話は変わって来るが、そのようなものが一切ない以上、自分の不満や主張を叫ぶのに不適切だ。


「となれば、3つ目は復讐――ですが、これも薄いと調べはついているのでしょう?」

「ええ。クックさんもウェスト夫妻も誰かに恨まれるような人物ではないですし、ウェザビー氏も同じです」

「それに復讐なら、間違いなく殺せる時機を狙うだろうな」


 ヘンリーに続き、ロイも頷いていた。


「わざわざ死なねぇように気をつける程度に考えが回るなら、確実に殺せる時機を調べるできるはず。それをしてないってことは……いままでのは練習か? 本命を殺すための」

「もしくは、放火自体が目的ではない場合でしょうね」


 順当に考えられるのは、この2点だろう。

 他の人を巻き込まないように注意しながら、本命の人物を殺害するための復讐を成し遂げるため――もしくは、放火は何かから人の目を逸らすための方法に過ぎない場合だ。


「火と煙は目を引きます。現に、私たちも煙に気づいて現場に急行しました」


 本来ならば、愛馬と一緒に遠乗りをしていたはずなのだ。

 初夏の風を爽やかに感じながら、日常とは異なる風景を楽しんでいたことだろう。もっとも、いまも日常とは程遠い事件を味わっているが……と、シャーロットは苦笑いを浮かべた。


「だが、弱りましたな……犯人像が見えてきません」

「この犯人は、サラマンダーをわざわざ火炎瓶に描くほど火を確実につけようとしたり、人を巻き込まないような時間を選びながらも、火の魅力や人々のパニックにそこまで興味がなく、かといって、これといった己の主義を叫ぶような人物でもないということは分かりました」


 シャーロットが言うも、ヘンリーは脱力するばかりだった。


「せめて、次に放火するであろう場所が分かればよいのですが……」

「そのためには、まず最初の現場に戻りましょう。地図はありますか?」


 1つ1つ見ていけば、他にも犯人に繋がる手がかりが見つかるかもしれない。

 ヘンリーは「もう調べつくしました」と言いながら、使い古された地図を広げてみせた。


「クックさんの家はこちらになりますね。別荘の管理人をしている人たちが住んでいる区域になります」


 彼が指さした場所は、住宅街の外れだった。

 貴族たちの別荘とは比べ物にならないが、1つ1つの家はそれなりに大きい。クックの家はちょっとした小屋が立てるほどの庭があり、それなりに豊かそうに見える。

 

「2件目のウエスト夫妻の家は、3つ通りの向こうですね。ミッドナイトはもう少し中心部でして、今回はミッドナイトの近くですな」

「……ほう」


 シャーロットは目を細める。

 最初のクックの家の周囲に目を走らせていると、ある一点に気づいた。クックさんの近所の家の名前をしげしげと見ているうちに、自分の口元が微笑を浮かべるのが分かる。


「……犯人が現れる場所、分かったかもしれません」

「なっ、本当ですか!?」

「ですが、その前にまずはクックさんの家にお邪魔しましょう。次の放火までに、まだ時間はあるはずですし」


 そうすれば、謎が明らかになるに違いない。

 シャーロットはすっかりぬるくなったお茶を飲み干すと、ゆっくり腰を上げた。



 今回の事件、サラマンダーをわざわざ持ち出して来た人物の顔を拝むために。







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