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12話 手札は多い方がいい


 早速、シャーロットは手紙を書くことにした。

 旅行をしたいと思うので、護衛として近衛を1人寄こしてほしい――ということを、つらつらと書き連ねることにする。


「しかしなー、すんなり許可下りるか?」


 シャーロットがペンを走らせていると、ロイが微妙な表情で見下ろしてきた。


「国王陛下が許可だすとは思えないけど」

「問題ないはずですよ」


 シャーロットは手紙を書きながら答える。

 精霊の泉探索へ行くにあたり、近衛兵であるロイを仕事を休ませることなく合法的に同行させるため、国王へ直接頼もうと考えたのであった。もっと他にも方法はなくはないが、これが一番てっとり早い。


「ほぼ同じ内容を近衛隊長にも渡すつもりです。国王と近衛の長が許可を出せば、れっきとした護衛任務になるでしょう」

「そりゃそうだけどさー。お嬢さんはもう王族にならないだろ。近衛が守る必要ないって判断されちゃうんじゃない?」

「それはそうですが、大丈夫だと思いますよ。2人とも、それなりに情がありますから」


 シャーロットの婚約破棄騒動は、おそらく上流社会の間で広まっている。「死の魔法」を受けて、余命が一年しかないことも話題になっているはずだ。現に、これまであまり交流がなかった貴族の令嬢や奥様方から茶会の誘いが度々来るようになった。そういった招待状には「婚約破棄されたことお悔やみ申し上げます」といったような文面が必ず入っていることから察するに、婚約破棄の顛末について根掘り葉掘り聞きだしたいのだろう。

 もちろん、すべて断っている。

 社交の話題やゴシップを提供するために、婚約破棄を受け入れたわけではないのだ。


「近衛隊長はあの場にはいませんでしたが、今回の件は間違いなく耳に入っているはず。ほぼ強引に余命一年にされた令嬢のわがままを聞き入れてくれると思いますよ」

「うーん……」


 しかし、ロイは不安そうな様子を隠さない。眉間に皺をよせ、ちょっと心配そうに耳を曲げている。尻尾だって、まったく勢いがなかった。


「あのさー、近衛隊長ってアルバート王太子のシンパじゃん? なーんか悪さ企んでるんじゃないかって却下される気がしないか?」

「それもそうですけど、あの人はオリビアのことをよく思っていませんから。一度くらいは協力してくれますよ」


 シャーロットは口元に笑みを浮かべてみせる。

 表面上はアルバート王太子の今回の婚約破棄に賛同しているだろうが、うまくいく自信があった。


「まあ、会ってみればわかりますよ」

「えっ、会うの!?」

「私が直接渡してこそ、効果があるのです」

「それって……国王にも?」

「それは人に頼みますね」


 さすがに、わざわざ王城に出向き、国王に直訴するなんて面倒なことこの上ない。なにより、アルバートから変に勘ぐられたら困るし、残りの11か月を自由に生きられなくなりかねなかった。


「誰に頼む? サリオス?」

「サリオス兄様や父には頼みませんよ」

「お嬢さん、他に頼める人いるの?」

「伝手はありますから」


 シャーロットは、自分のことを嫌っている人が多いことは承知していた。

 この国において、自分のことを嫌悪していない人は家族を除けば指で数えられる程度しかいない。だが、自分を嫌っていても話を通したり動かしたりすることはできる。それを可能にするための手札は、まだ捨てずに持っていた。


「まあ、そのためにも一度は王都に行かなければなりませんね」


 シャーロットはペンを止めると、指のなかでくるりと回した。

 探索旅行の算段を立てるためには、どうしても1か月はかかる。来月に旅行へ出るとすれば、その間にできることはすべてやっておこう。


「そういえば、いつまでこちらに?」

「ん? 明日には帰るつもりだけど」

「そうですか……」


 シャーロットは少し考え込み、大きく頷いた。


「では、帰る前に食事はいかがです?」


 シャーロットは再びペンを走らせながら口にした。


「いまからでしたら、夕食を1人分増やすことも可能でしょう」

「いいの?」

「かまいませんよ」


 ロイの耳が驚いたようにピンっと立つのを横目で見ながら、シャーロットは侍女を呼ぶためのベルを鳴らした。


「貴重な本を2冊も持参してくださったのに、礼もせずに帰すことなどできませんから」

「別に礼なんていらねぇって」

「それに、あなたとはもう少し話しておきたいと思いましたの」


 シャーロットがちらっと顔を上げて言えば、ロイは少し面を喰らったような表情をしていた。しかし、数度瞬きをしているうちに言葉を飲み込むことができたのか、次第に笑みが広がっていく。


「へー、お嬢さん。俺のこと気になる? 興味出てきた?」


 尻尾を満足そうに揺らしながら、少しばかり顔を寄せてきた。


「俺もお嬢さんのこと、もっともっと知りたいなー」

「いえ、あなたのことではなく、他に聞きたいことがありまして」


 シャーロットがきっぱりと断言すると、ロイは不満そうに口を尖らせる。つい数瞬前まで千切れそうなほど揺れていた尻尾に至っては、しゅんっとつまらなそうに垂れてしまっていた。

 そんな彼の姿をどこか可愛らしく思いながらも、シャーロットは表情に出すことなく話を続けた。


「王都で最近起きている事件について。なにか不思議なことはありません?」

「不思議なこと?」

「1月も離れていたら、さまざまな事件が起きるでしょう? 近衛なら噂話を耳にする機会も多いのではありません?」


 王都へ出向くと決めたなら、それ相応の話は仕入れておきたかった。

 会話の糸口は必要だし、なにか役に立つかもしれない。


「そりゃ、一番の話題はお嬢さんのことだろ」

「それ以外でお願いします。夫人の逮捕も除外して」

「そうなるとなー……」


 ロイは腕を組むと、少しばかり唸りながら考え込む。


「どこぞの音楽家が貴族の奥さんと不倫して旦那が激怒したことか? いや、違うな……火のもとに注意しろって話か? 最近、火事が多いようなって話を聞いたことが……いや、弱いよな……」


 あれは違う、これも違うと悩んでいるので、シャーロットはくすっと表情を緩めた。


「じっくり話しましょう。今日はまだ時間があるのですから」


 ロイには口が裂けても言えないが、彼に興味があった。

 どうして、自分なんかのために真摯に向き合おうとするのか――非常に興味深い。


 これまで一度として、異性からここまでの好意を向けられたことはなかった。

 もちろん、アルバート王太子の婚約者であるということもあっただろうが、それを踏まえてもない。男性が鼻の下を伸ばしながら近づいてくることもなくはなかったが、会話をすると必ず引きつった顔で去っていく。

 一日中、本を読んでいたい令嬢なんて、この国では珍しいのだ。

 そこに失われた魔法のことを加えたら、もう変わり者以外のなにものでもない。

 本への興味が薄い国だからこそ、この書庫に素晴らしい蔵書が集められることができたのかもしれなかった。


 それなのに、ロイは好意を向けてくる。

 しかも、嫁にしたいなんて意味の分からないことを冗談ではなく申し出てきた。


 さて、一体どうして?


 書庫に籠って考えても、情報が足りなすぎる。

 サリオスがここに来てくれるのが一番良いが、もっと多角的に彼について探りたい。王都へ行けば、彼についても詳しく調査することができるはずだ。

 


 シャーロットは己の好奇心が首を上げるのを感じ、口元に微笑を浮かべるのだった。





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