遥かなサンタモニカ
まだ私は17歳。その私と思い出を作ってくれたあの人たちがいた。
あれは、ふと目覚めた見知らぬ海岸。海岸沿いのサイクリングロードを目指しながら丘を下り、さらに海岸への崖を降り、駐車場とブーゲンビレアの花壇を通り抜け......波打ち際はまだ遠く、白い砂が目の前に広がっていた。
「あなた、日本人ね」
砂浜の熱さに躊躇して立ち尽くしていた私に、女性が話しかけてきた。30代そこそこの御婦人だ。でも、なぜ日本人だとわかったのだろうか。日本語で話しかけられたので、思わず「ええ」と答えたから、日本人であることは確認できただろう。でも、なぜ話しかけてきたのだろうか。
私の心の中の疑問を悟ったのか、先ほどの女性と連れ立っていた男性が話しかけてきた。
「失礼したね。あなたの肩掛けカバンが、妻のそれと同じKITAMURAの製品だったから、彼女は声をかけたんだろうと思うよ」
私は驚いて自分の格好を見直すと、わたしも30代の女性のような服装だった。スカーフに茶色の肩掛けカバン、そしてサングラス、日焼けを恐れての深めの帽子と白い長そでブラウス、ひざ下までのプリーツスカート......。目の前の御婦人のよそおいとほとんど同じような格好だった。
「そうですね、私と似ていらっしゃる......ところで、ご旅行ですか?」
私がそう質問を返すと、奥様の方が答えて来た。
「いいえ、私の主人がHONDAに勤めていまして......日本から現地法人へ派遣されてきているんですよ」
外国に派遣される夫についてきた妻。典型的な昭和時代の夫婦だ。そう思っていると、奥様が質問を返してきた。
「おひとりでいらっしゃったんですか」
「ええ、今は一人になってしまって......」
「あ、失礼なことをお聞きしてしまいましたね。ごめんなさい。そう、お声がけしたのはお寂しそうだったからね。でも、私もあなたの寂しさを感じてお声がけをしてしまったのよ」
私は思わず彼女の顔を見た。サングラスには海に遊ぶ家族連れや子供たちの姿が映った。その黒いガラスの奥には、寂し気に目を細める彼女の心が見えた。
「何を言っているんだ、君には僕がいるだろ。過去を忘れて、未来を見るんだろ?」
連れ合いの男性がそう彼女に声をかけていた。
「そうよね、もうあの子は帰ってこないんだから」
この言葉とともに私は目覚めた。いつもの私の部屋。天井と目覚まし、ぬいぐるみ。私は、学校ではいじめられている。彼氏がいたはずなのに、それも横取された。横取したのは私の親友。そして、私は一人。サンタモニカの上品な男女は私の母と父だったのだろうか? 高校二年生の夏の朝に、あんな夢を見たのは、期末試験が終わって気が緩んだせいだろうか、疲れが出たのだろうか、それとも自分で自分を慰めていたのだろうか。
起きることさえなかなか難しい。いつもの学校と思うだけで、脚が動かなくなってしまった。無理をして家を出たものの、通学で使う江ノ電の駅へではなく、近くの踏切へと向かっている。遮断機が下りているのに、なぜ私はそのまま進んでいこうとしたのか。
目の前を大きな警報音とともに二両の電車が通過した。
「危ない、何をしているんだ」
見知らぬ男性が声をかけて私を引き戻していた。
「死なせて」
声はかすれて小さなはずだったのに、その男性は驚いて私の手を強く引き戻していた。
聞こえていないはずの声が聞こえた。
(何を言っているんだ、君には僕がいるだろ。過去を忘れて、未来を見るんだろ?)
(そうよね、あの子は帰ってこないんだから)
そう言って見上げると、私を強く引き戻した男の人は、湘南の太陽に照らされた若い人だった。




