幼馴染と誤解
◇
翌朝、準備を終えても起きてこないヒースを叩き起こして昼前にはなんとか出発できた。
寝起きでいつも以上に緩んだ顔をしているヒースにローブを着せてやると、「ふふ、家族みたいですね」とご機嫌な様子で、その姿に照れるような、胸が痛くなるような複雑な気持ちになった。
ヒースの後に続いて森を歩くと、一昨日の私の苦労はなんだったのかと言いたくなるほどあっさりと村の入り口に出る。
「村に着いたわ! 本当に30分もかからないなんて!」
「ね? 嘘じゃなかったでしょう?」
全身黒いローブに身を包んでフードを目深に被ったヒースが得意げに笑みを浮かべる。
「だってあんなに森の奥深くなのよ? 半信半疑にもなるわ」
ヒースと話しながら、声をかけてくる知人に挨拶を返して家までの道のりを歩く。
後もう少しで家に着くといった所で、後ろからぐいっと肩をいきなり掴まれて無理矢理振り返らされた。
「っ!?」
「アリシア! お前どこ行ってたんだ!」
痛みと驚きで顔を顰めて見上げると幼馴染のギルバートだった。
姉を苦しめている村長の息子ロディスの弟だ。
幼い頃から家族ぐるみで仲良くしてきたが、今はその顔にあの男の面影を見てしまい酷く苛つく。
私の刺々しい空気に気づいたのか、ヒースがギルバートの手を払い除ける。
ギルバートは隣に立つヒースを一瞬睨み付けて、すぐに私に視線を戻す。
「どこ行ってたんだ? おじさん、心配してたぞ」
「お父さんには3日で戻ると話していたわ」
素っ気なく返して、ヒースの手を掴んで歩き出すとギルバートが並んで歩き出す。
「リズ姉のこともあるんだから、あんまふらふらするなよ」
「…………」
「あとその怪しい男は誰だよ?」
ヒースのことを口に出されてムッと眉間に皺を寄せる。
「ギルには関係なーー」
「アリシアさんの家族です」
「は!?」
「ちょ、ちょっとヒース!?」
慌ててヒースをフードの下から覗き込むと楽しそうな瞳と目が合った。
うわぁ、なんか碌なこと言わなさそう……
「どういう事だよ、アリシア!」
また感情のままに肩を掴もうと手を伸ばされて身を強張らせる。
すると、その手が私に届く前にヒースが自分の方へとそっと抱き寄せた。
「アリシアさん、昨夜は僕の手を握って家族になってくれるって言いましたよね?」
「そ、そうね。確かに言ったわ。でも今そんないろんな誤解を招くような言い方しなくても……」
「誤解? あ、もしかして僕と家族になるの嫌になりました……?」
「そんなわけないじゃない!」
しゅん、と気落ちしたような声に思わずローブの胸元を強く握って否定する。
見上げたヒースの口元がにいっと深く弧を描いた。
「ふふ、ですよね?」
「ぁああああ! もうっ、ヒース! あなた私が絶対こう言うってわかってたわよね!?」
「はい、アリシアさんは素直ですからね」
こんな小娘ごときはヒースの手のひらの上ということなのね!
悔しさに唇を噛み締めて震えているとギルバートが恐る恐る声をかけてくる。
「お、おい……アリシア? 家族ってまさか……」
キッと冷たい視線を向けるとギルバートは怯んだように一歩後退った。
「私たちのことはギルに関係ないわ。ロディス兄さん……ロディスさんのこと。私、許してないから。悪いけど今は話しかけないで。冷静に対応できる気がしないの」
吐き捨てるように告げるとたじろいだ気配がして、チクリと罪悪感で胸が痛んだ。
「……そう、だよな。悪い。早くおじさんに顔を見せてやれよ。じゃあな」
顔を伏せて足早に去る後ろ姿を見送り、ぽつりと零す。
「……嫌な態度取っちゃったわ」
「彼自身に何かされたわけじゃなくても、気持ちはそう簡単に割り切れるものではないですからね」
優しい手が慰めるように髪を撫でる。
つい姉を相手にするように、その手に甘えて頭を擦り付けていると小さな笑い声が聞こえて慌てて身を離す。
「ご、ごめんね!? あの、いつもお姉ちゃんにしてもらってるみたいな気持ちになっただけで!」
「じゃあ、今日の僕はアリシアさんのお兄ちゃんですね。もっと甘えて良いですよ?」
「結構よ!」
優しいけれど、どこか揶揄いを含んだ声に耳まで赤くして俯いた。
「彼が例の幼馴染のギル君ですね。中々素直そうな良い子でしたし、きっとまたすぐ話せるようになりますよ」
ぽんぽんと頭を撫で、「お姉さんに会いに行きましょうか」と私の手を取る。
すっぽり包まれた手になんとも言えないむず痒い気持ちになり、それをどうにか視界に入れないようにして家を目指した。