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捕まったのは


 森に入ってしばらくすると少し疲れが出てきたのか木の根に足を取られた。

 上がった息を整えて、焦る気持ちを落ち着ける。


 もう家にいないかもしれない。

 そんな不安が過ぎる。

 でも居なければ探すだけだ。

 諦めてやるものか。


 何度か休憩を挟んで、ようやく赤い三角屋根が見えてきた。


 足をもつれさせながら玄関の扉を開ける。


 しんと静まった家の中の様子に、頭が真っ白になる。


「ヒース……ヒースっ!」


 ダイニングにもキッチンにも姿はない。


 呼びかける声に反応もなく、もうこの家から出て行ったのかと青くなる。


 最後の望みを賭けてヒースの部屋へ飛び込んで、ベッドの上に丸まった姿を見つけて笑いが込み上げた。


「は、あはは、……ああ、もう……まだ朝だったわ……」


 力無く、その場にしゃがみ込む。


 ギルバートと話した時間は数分だ。

 正確な時間はわからないけれど、太陽の位置からしてもまだ昼前だろう。


 呼吸に合わせて上下に動くその塊に安堵の息を漏らす。

 よたよたと頼りない足取りでベッドに近付いた。


「ヒース、いつまで寝ているの?」


 塊にのしかかるように抱きつく。


「私怒っているのよ? 起きて、ヒース」


 言葉とは裏腹に声に怒りはない。

 抱きついたままヒースの体を揺らした。


「う、うう……」


「ねえ、起きて」


「ありしあさん……? ああ、夢、か……」


 薄く目を開けて私の姿を見つけると泣きそうな顔で笑った。

 ヒースの胸の上に半身乗せたまま、その頬に手を伸ばして微笑む。


「夢ならどうするの?」


「……どうしましょう? 捕まえてしまいましょうか」


 まだ半分夢の中のようで、頬に触れる私の手を緩く掴むとヒースは満足げな表情を浮かべた。

 

「捕まえたのなら、もう勝手に手放したらダメよ?」


「ふふ、はい。離しません」


 ぎゅうっと両腕で抱きしめてくるのに応えるように首に手を回すと、そっと耳元に口を寄せる。


「ところでヒース、あなた私に何か言うことがあるんじゃないの?」


「………………え?」


 ピシッと動きを止めた。


 確かめるように柔柔(やわやわ)と私の体に触れるとヒースはもう一度「……え?」と声を漏らす。


「お目覚めはいかがかしら?」


 間近で微笑みかけると紫の瞳が大きく見開かれた。

 寝起きで頭も回っていないようで、混乱した様子で飛び起きる。


「え、なんで……ちょ、ちょっと待ってくださいっ……あ、アリシアさん、ですよね? ええと、今日村に帰る日でしたっけ……?」


「それは昨日ね」


「……あ、あれ? どうして忘れてないんですか?」


「ねえ、そんなことよりまず言うことあるわよね?」


「ええっと……」


「顔を逸らさない」


 ぐいっと両手で顔を固定して半眼で睨み続けると、ヒースは気まずさを誤魔化すようにへらっと笑う。


「ご、ごめんなさい?」


「こら、なんで疑問系なのよ」


「あ、はは……すみません。……あの、覚えてる、んですよね?」


 にっこりと笑みを浮かべて頷く。


「ヒース。あなた、乙女のファーストキス奪っておいて逃げられると思ってるの?」


「それは、その……最後なので許してくれるかなって。すぐに忘れると思ってましたし。あう、痛いです……アリシアさん」


 頬をつねり上げると抗議の声が上がったがそれを黙殺する。


「許してなんてあげないわ。あれが最後なんて絶対に嫌だもの。ちゃんとやり直して」


「……は、はい?」


「言っておくけど、逃げられないのはヒースの方だわ。どこまでも追いかけて追いかけて捕まえてやるんだから」


 ゆっくりと顔を近付けると困惑しながら私から逃げるように少しずつ後ろに倒れていく。


「ちょっ、アリシアさんっ!?」


「だから、もう諦めて私に捕まって。だって私のこと、好きなんでしょう?」


 まだ踏み切れないのか答えあぐねるヒースにそのままそっと口付けた。


「好きよ、ヒース。大切に思ってくれることは嬉しいけど、もう遠ざけないで。傷付いてもいいからヒースのそばにいたいの」


「〜〜〜〜っ、ああっ、もう!」


 首筋まで赤くして乱暴に自分の前髪を掻き上げる。

 その瞬間、苛立ちを滲ませた射抜くような瞳と目が合って、気付けばヒースの腕の中にいた。


「ええ、僕も好きです! 好きだから逃がしてあげようと思ったのに捕まりにくるなんて……とんだ誤算でした」


「残念ながら見解の違いね。私が逃げたヒースを捕まえに来たのよ」


「ああ、もうどちらでもいいです……あなたがこれからも僕の腕の中にいるなら」


 愛おしむように頬に手を添えられて目を閉じる。

 優しく、深い口付けに胸が締め付けられるような幸せを感じて涙が滲んだ。

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