迷いを捨てて
◇
目を覚ますと酷く頭が重たくて、薄く膜が張ったような夢現の境で微睡む。
カーテンは閉じられているが、陽の入り方からして朝だろうと思う。
何があったのか頭の中を整理しようと横になったまま天井を見つめていると、不意に扉が開いた。
「あ、アリシア、起きたのね」
「お姉ちゃん……」
「体調はどう?」
「体調? 私、風邪引いてたっけ……」
「…………疲れが出てたみたいよ」
どこか気まずそうな声音に眉を顰める。
姉は普段こんな後ろめたそうな声は出さない。
何かを隠しているのだとすぐに察した。
気怠い体を起こすと胸元でチャリ……と金属の鎖が鳴る音がした。
ハッとして服の中に手を差し込み取り出すとヒビの入った緑の石が出てきた。
それを目にした瞬間、頭の中のぼやけていた思考がハッキリと形を成していく。
「……っ、ああ、これ本当にお守りだったのね」
震える声で呟き、緑の石を握り締めて胸に押し付ける。
「アリシア?」
首を傾げる姉に静かに問いかける。
「お姉ちゃん、ヒースは?」
「……っ……あなた、覚えて……」
それには答えずに、手早く着替えを済ませながら質問を重ねる。
「私が眠ってから何日経ったの?」
「……1日よ」
「ルディアスさんは? 帰ったの?」
「いんや、いるぞ」
コンッと開いたままの扉をノックする音が聞こえた。
ルディアスは私の首元にあるものを確認すると、ニヤリと笑って部屋の中に入ってくる。
「お守り、役に立ったろ?」
「はいっ、死ぬほど感謝します! お姉ちゃんとの結婚はまだ許しませんけど! ちょっと行ってきます!」
「おー、一発殴って来い。送ってやろうか?」
人差し指を遊ぶようにくるくると回しながら問いかけられたが、首を横に振る。
「いえ、自分の手で捕まえたいので大丈夫です!」
「ははっ、それもそうだな。行ってこい」
「アリシア、気をつけてね」
ルディアスにがしがしと乱暴に頭を撫でられて、大好きな姉の手が背中を押す。
大きく頷くと家を飛び出した。
迷いなどもうない。
どうしたいかなんてうだうだ言ってる暇もない。
ヒースが逃げるなら追うだけよ。
◇
足早に村の入り口を目指す私の右腕を誰かが掴んで引き止める。
振り返るとギルバートが息を切らせていた。
離れたところから走って来たのだろう。肩で息をして苦しそうにしている。
「っ、アリシア、どこに行くんだ……っ」
あの夜以来だ。
私の嫌なところも全部見て来た幼馴染はそれでも気にかけてくれる。
その優しさを何度踏み躙ったことだろう。
そして、今回もこの手を振り払って行かなければいけない。
「ギル。ごめん、今ちょっと急いでるから」
振り払おうとしたが、更に腕を掴む力が強くなった。
「行くな」
「ギル?」
力づくで振り解けなくて、前はヒースが助けてくれたのに、とほんの何週間か前を思い出して切なくなった。
「ギル、離して」
「あの男のところか?」
「そうよ」
端的に答えると忌々しげに舌打ちをして片腕だけではなく両腕をしっかりと掴み直された。
「なあ、あんな得体の知れない男選んだら絶対泣くぞ。あいつ絶対歪んでる」
ギルバートにもバレてることが可笑しくて俯いて小さく笑う。
顔を上げて迷いの無い真っ直ぐな目で、切羽詰まって泣きそうな大切な幼馴染を見つめた。
「どっちにしろ泣くなら、ヒースを選ぶわ」
「それ、は……俺の気持ちをわかっていて言ってるのか?」
「…………そうよ」
ヒースへの気持ちを自覚した後、今までのギルバートの行動を思い返して最近になってやっと気付いた。
気付かない方がおかしいと思うほど、想いを向けてくれていたのだと。
「そう、か。兄貴のことがなくても、俺を選ぶことはなかったか?」
黙ったまま頷くと一度強く腕を握られて、溜息と共に放された。
「ほら、行けよ。引き止めて悪かった」
弱々しい声に胸が痛んだけれど、「ごめん」と一言だけ告げて振り向かずに走り出す。
私はヒースを選んだのだから下手な同情は余計に傷付けるだけだ、と唇を噛んで前を向いた。




