最後の夜
◇
最後の1日は穏やかに始まった。
ヒースは寂しさを感じているのか掃除をするにも洗濯するにも常に後ろを付いてくる。
それが可愛くて、ついつい振り返って手が止まり遅々として作業は進まなかった。
「最初と比べるとヒースってすごく変わったわよね」
「そうですか?」
「うん、かわいい。弟みたいだわ」
「ふふ。僕の方が年上なのに?」
「こんなに甘えたがりなのにお兄さんぶるの?」
頬をツンツンと突くとヒースはへにゃっと相合を崩す。
「アリシアさんにだけですよ」
全身で私に好意を伝えてくれるヒースの甘い言葉を真に受けそうになる。
私と同じ気持ちなのか、家族のように思ってくれてるのかはわからないが、心を許してくれているようには思う。
今まで他人に甘えられなかった分を私にぶつけているようにも感じる。
だからこそ、明日からひとりになるヒースを思うと胸が苦しくなった。
「……帰ったあとが心配だわ」
「大丈夫ですよ。アリシアさんが来る前に戻るだけですから」
「毎日来てもいい? いえ、毎日来るわ! ね、約束」
どこか寂しげなヒースに小指を絡めて約束すると不思議そうに目を瞬く。
「これは初めてしました」
興味深そうに絡めた小指を眺めて、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「アリシアさん、お時間いただいてもいいですか?」
夕食も終えた後、ゆったりと寛いでいるとヒースに声をかけられた。
「うん、なあに?」
私に外套を羽織らせると、私の手を繋いで玄関から外に出る。
少しひんやりとした空気に秋の深まりを感じる。
見上げた空は雲がかかり月も星も隠れて、普段よりも更に森を暗く不気味に見せた。
「こっちです」
庭のベンチに座るよう促されて、話をするならここじゃなくてもできるのに、と思いながらもそれを口にせず従った。
「見ててください」
隣に座ったヒースが淡く光る指先を空に向けると、この家の真上だけぽっかりと雲が取り除かれた。
「う、わあっ……」
ぽかんと口を開けて星空を見上げる。
夏が過ぎて秋に差し掛かったからか、少し控えめな光を発して星が瞬いていた。
「最後なのでアリシアさんと一緒に星空を見たくて。喜んでくれました?」
「ええ、もちろんよ! すごいわ、ヒース。とても綺麗……」
ざあっ、と木々が揺れて虫の音が辺りから聞こえる。
何か話があるのだろうかと、黙ってヒースの言葉を待った。
「明日、村まで送ります。リズリーさんの記憶を消すかどうか決めました?」
「消さないわ。結局私は余計なことをしただけなのね。きっと時間が解決していたのに、ひとりで大袈裟に騒ぎ立てて空回りしてたわ」
周囲を巻き込んで、迷惑かけて、ただそれだけで何もできなかった。
自己嫌悪から自嘲する。
「ヒースにも迷惑かけたわね。ごめんなさい。したいようにさせてくれてありがとう。甘えていたのは私だったのね。ヒースが甘えてくれることで、どうにか立っていられたんだわ。必要とされていると思えたから」
「でも、そのお陰で僕はアリシアさんに会えました。ふふ、アリシアさんの思い込みが激しくてよかったです」
私の気持ちが軽くなるように言ってくれたのだろう。
演技だろうと何だろうと、他人を思い遣れるヒースが優しくないわけがない。
「ありがとう。大好きよ、ヒース」
心からそう思って微笑む。
家族への気持ちだと思っているだろうけど、今はそれでいい。
これからもそばにいるのだから。




