フードの中身
「ところでアリシアさん。しばらくここに滞在できますか?」
「え、と。3日くらいなら。元より日帰りできるとは思わなかったので隣村に薬を貰いに行くと言ってきてますが……」
「なら好都合ですね。魔法が完成するまでここにいてください。王城にいる魔法使いの友人にも協力してもらえれば、ひと月もかからないと思います。週に一度は村に帰ってもらっても構いませんが、可能な限りこの家で僕と過ごしてください」
ひと月…… それまでお姉ちゃんは大丈夫だろうか。
週に一度会えるとはいえ心配が募る。
だけど、悩んでてもしょうがない。
ここまできたらやるしかない。
気持ちを奮い立たせて頷く。
「わかりました。しばらくお世話になります。……それで私は何をしたらいいんですか?」
「魔法を作るにはイメージが大切なんです。アリシアさんは今までに忘れたいこと、忘れたくないことはありました?」
「それはもちろん、山ほどありますよ!」
姉や友人達との思い出、やらかしてしまった数々の失敗が頭の中に思い浮かぶ。
「そういう思い出を僕と作ってほしいんです。実体験の方がイメージしやすいので」
「……思い出……実体験……」
ヒース自身にそういった思い出がないと言うことだろうか。
何となくそれが胸に引っ掛かった。
「それから僕に対しては敬語じゃなくていいですよ。ヒースと呼んでください。しばらく一緒に住むんですから。ね?」
「え、でも」
「敬語で話されると距離があるじゃないですか」
「それならヒースさん……ヒースも敬語やめてくれる?」
「すみません。僕はもう敬語が染み付いているので……アリシアさんだけお願いします」
「でも……」
「何でも、してくれるんですよね?」
こういう内容も含めてなのか……!
そんなのキリがない!
「わ、わかりました! ううん、わかったわ。でもあの何でもって言うのは……」
「『お姉ちゃんのためなら何でも出来ます』。そう仰ってから1時間も経っていませんよ。……それで、アリシアさん。僕に何か言いたいことありますか?」
声は優しい。途轍もなく優しいのに、私を追い詰めていく。
「い、いえっ、何も!」
ぶんぶんと首を振って、唇を噛み締める。
この共同生活中、私はどうなるのだろう。
想像もできなくて、ただ自分の発言の浅はかさを恨んだ。
チラリと様子を伺うと、口元に笑みを湛えたままだ。
困ったり戸惑っている時でもずっと笑みを浮かべている気がする。
今更ながら顔が見えないことに不安を感じてきた。
聞いていいのか悩みながらヒースに声をかける。
「……あの、フードは取らないの?」
「フードですか?」
「顔が見えた方が安心するなって思って。その……無理にとは言わないけど」
「ああ、知らない男と暮らすのに顔も見えないと怖いですよね。配慮が足りなくてすみません。ずっと被っているのも不便ですし、取ってしまいますね」
そう言ってあっさりとフードを取って、ローブまで脱いでしまう。
そこから現れた姿に息を飲んだ。
声から想像していた通りの柔和で中性的な顔立ちをしていて私より3〜4歳年上に見える。
そして何よりも想像以上に目を奪われる美しさだった。
瞬きをする度に垂れ目気味の紫の瞳が光を受けて輝き、左の目元にある黒子が彼の魅力をさらに引き立てている。
腰まで伸ばした白銀の髪はひとつに結んで前に垂らしてあり、癖もなく艶やかだ。
白いシャツに黒いパンツというシンプルな服装だというのに、完成された芸術品のような美しさだった。
「あんまり見ないでください」
照れたような声にハッと我に返って俯いた。
その拍子に視界に入った自分のくすんで赤茶けた色をしている髪にため息をつく。瞳だってよくある琥珀色だ。
比べるのも烏滸がましいほど目の前のヒースは美しかった。
「神様は不公平だわ……」
「アリシアさんはかわいいじゃないですか」
ヒースに明らかなお世辞を言われ、むっと顔を顰めて唇を尖らせる。
「そんなことを言うのは家族と近所のおばさんくらいよ。幼馴染のギルなんていつも私にかわいくないって言うし」
「えーと、それは所謂思春期特有のアレでそういうことなのでは?」
「どういうこと?」
「いやぁ、ただの推測でしかないので。本人に聞いてみてください」
そう言ってヒースは温くなったコーヒーを一気に流し込む。
「では、アリシアさん。これから1ヶ月、よろしくお願いします。僕に素敵な思い出を作ってくださいね」
くっ、眩しい!
輝く笑顔の破壊力に悶えそうになるのを堪えて、差し出された手を握った。
「こ、こちらこそ、よろしく……」
彼が王城を追い出されたのは貴婦人方がヒースの魅力に狂ったからかもしれないと真面目に思った。