密談
◇
アリシアも寝静まった夜遅くに、ルディアスが足音を殺して入ってきた。
昼に連絡は貰っていたので特に驚くこともなく、読んでいた本を閉じて迎え入れる。
「こんばんは、ルディさん」
「おー。悪いな、遅くに」
「お気になさらず。飲み物は自分で出してくださいね」
「当たり前だろ。お前、酒出せねぇんだし」
どかっとヒースの向かいにあるソファに座ると手を振ってグラスと酒のボトルを取り出す。
「それでこんな時間になんのご用ですか?」
喉を酒で潤すとルディアスはチラリとヒースに視線を向けた。
「もう3年か。そろそろ魔法も切れるだろ。念のため聞くが城に戻る気はあるのか?」
ヒースは城を出るために数年に渡り自らに魔力が減少する魔法をかけていた。
以前と比べれば雀の涙ほどの魔力で、中途半端にしか魔法を発動できなくなったが、お陰で穏便に城から追い出してもらえた。
一定期間を過ぎれば完全に魔力が戻る設定にしてあり、経過確認でも魔力は戻らずと返答してもらっているため、連れ戻されることもないだろう。
あと数日。アリシアとの別れの日に魔力が戻る予定だ。
「ふふ、どうしましょうね」
「……なあ、なんでこんな回りくどい真似してまで城から出たんだ? 金は沢山貰えるし飯は美味いし、多少制約があるくらいでそこまで不便でもないだろ」
「何分煩わしいことが多かったもので」
「あの妙にお前に突っかかる嫌味な第二王子か?」
「それも理由のひとつですね」
肩を竦めて曖昧に濁せばそれ以上は突き詰められず、代わりに別の質問を投げられる。
「このままここに住むのか?」
「いえ、雲隠れしようかなと考えてます」
そう答えると、ルディアスは眉間に皺を刻んで唸るように声を絞り出す。
「…………アリシアはどうするんだ?」
「あと3日……いえ、もう日を跨いだので残り2日ですね。アリシアさんとした約束はそこまでです。そこで終わりです」
笑いながら軽い口調で告げると舌打ちされた。
ルディアスがソファに凭れて天井を仰ぐとギシっと軋んだ音を立てた。長い嘆息が小さな部屋にやけに大きく響く。
「束の間の夢は目が覚めれば跡形もなく消えるものですよ、ルディさん」
「あー……本当に最悪だな、お前。いっぺんアリシアに怒られとけ」
「ふふ、怒ってくれますかね」
「予言してやるよ。絶対泣きながら怒られるぞ」
「あはは、魔法使いが予言ですか?」
「おう、中々当たるって評判だぞ」
「へえ、それはそれは」
どこか複雑そうに目を逸らすヒースに、ルディアスが苦笑する。
「最初はお前らがどうこうなるとは思わなかったし、むしろ反対だったんだが……いや今も不安はあるけどな。つか、リズリーも反対してるし。でも、お前もアリシアもーー」
「ルディさん、それ以上は余計な事ですよ。2日後を命日にしたくなければ口を閉じた方が身のためかと」
笑顔の圧にルディアスは頬を引き攣らせて黙った。
「僕とアリシアさんのことです。ルディさんは口を挟まないでください。どうするかはもう決めてます。少なくともアリシアさんを傷付けたりはしませんよ。大切なので」
「……そうか。それならいい」
ルディアスは安堵したように小さく呟くと、ぐいっとグラスを煽る。
「聞きたいことは粗方聞けた。帰るわ。あ。言い忘れてたけどリズリーの記憶は消すなよ。必要ないからな?」
「分かってますよ。心配しないでください」
「おう、じゃあな」
光に包まれて姿を消したルディアスの座っていたソファをぼんやりと眺める。
「あと2日……か」
思った以上に暗い声が漏れた。
今にも溢れ出そうな迷いも戸惑いも全てに蓋をしても、脳裏に浮かぶアリシアの屈託のない笑顔が消えなかった。




