翻弄
◇
あれ以来、前まで平気だったことも変に意識してしまう。
挙動不審な私をどう思っているのか、ヒースはいつもと何も変わらなかった。
そもそもヒースに恋愛感情があるのかも疑問だ。
私に対する行動は親に甘える子供にも見えるし、特別な意味があるのかとも期待してしまう。
ここで一緒に暮らせるのも、あと3日だ。
何も変わらず過ごすのが一番いいのだと取り繕って過ごしていた。
「ヒース、起きて」
カーテンを開けるとヒースは枕に顔を押し付けて朝陽から逃れようとする。
ゆさゆさとゆすってみるが、小さな唸り声が聞こえるだけだ。
「ご飯一緒に食べましょ? ほら、起きてってば。ひとりで食べるのは寂しいわ」
そう言うと、微かに瞼が震えて薄く目が開いた。
掠れた声で私の名前を呼ぶヒースに思わずベッドに崩れ落ちる。
「うっ……! 朝から見るには刺激が強いわっ……」
ヒースは緩慢な動きで私を気遣うように髪を撫でるが、自分が原因だなんて理解していないだろう。
「おはよう、ございます……んんぅ、どうしたんですか?」
「お、おはよ……な、何でもないわ……」
直視できずにベッドに顔を押し付けるとヒースの香りがすることに気付いて耳まで赤くなった。
ぁああっ、もう! 余計に顔を上げられなくなったわ! 何してるのよ、アリシア!
自分で自分の首を絞めるような行動に内心叱咤する。
「アリシアさん……?」
耳をすりすりと撫でられて「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
触れられた右耳を押さえて、ベッドから飛び跳ねるように離れた。
「ふふ、朝から元気ですね」
「へ、変な触り方するからでしょ! 起きたのなら早く着替えてちょうだいっ」
ヒースはあくびを噛み殺して大きく伸びをすると、私をひたと見つめる。
「アリシアさん、起こしてください」
両手を伸ばされて甘えるように微笑まれては拒否できるはずもなく、仕方なしに近付いて手を掴む。
その瞬間、手をぐいっと引っ張られてヒースの胸に倒れ込んだ。
「えっ! わっ、待って!?」
身を離そうとするが、背中に回った手がそれを阻む。
そのまま布団の中に引き摺り込まれて、どういう状況だと混乱する私をよそにヒースは小さく吹きだす。
寝起きにしては随分と機嫌が良いようだ。
「もうっ、寝ぼけてるの?」
「はい。……なので、もう少しだけ」
可愛らしく懇願されて思わず頷きそうになったが、正気に戻って首を激しく左右に振る。
「だ、だめよ……さすがに、こんなっ……」
「だめなんですか?」
「うぅっ……だ、だめよ……」
しゅんと眉尻を下げた顔を見て、すぐにでも押し切られそうなほど、私の声は尻すぼみになっている。
顔を見ていては不利だと察して、ぎゅっと目を瞑って体を起こそうと腕に力を込めると前髪越しにヒースの唇が額に触れた。
「ふふ、意地悪してしまいました。許してくれますか?」
「〜〜〜〜〜っ!!」
絶対に許してもらえると確信している顔だった。
顔が熱を持ち、目の前が潤む。
人の気も知らないで! と内心複雑な気持ちで睨んでも全く怯む様子もなくにこにこと微笑んでいる。
「ヒースの馬鹿っ!」
ヒースの腕が緩んだ瞬間に罵声を浴びせて上から飛び退く。そして逃げるように部屋を出た。
支度を終えたヒースが、恥ずかしさを隠すために不機嫌を装う私の顔を覗き込む。
「アリシアさん、怒ったんですか?」
「怒ってないわ。でもこういうのは恋人同士がすることよ」
「ついしたくなっちゃいました」
悪びれた様子もなく爽やかな笑顔を向けられて、握り拳で机を数回叩く。
「もう! 絶対反省してないでしょ! 笑って誤魔化さないの!」
「でも許してくれるんでしょう?」
それが当然だと言わんばかりに目を瞬くヒースを不思議に思って首を捻る。
「ねえ、随分と自信があるみたいだけどどうして?」
「だってアリシアさんは何があっても僕のそばにいてくれるんでしょう? せっかくなので今だけはそれに甘えさせてもらおうと思って」
「そ、そうだけど! 言ったけど! 〜〜っもう!」
そうやって怒りつつも結局許してしまうのも惚れた弱みなのだろう。
顰めっ面を維持できなくて既に口元は緩んでいた。




