勘違いじゃなかったら
「ひ、ヒース……あ、あなた今なんて言ったの……? 小娘をす、す、好きだとか聞こえたのだけど……?」
いち早く我に返ったマルティナが震える声で改めて聞き返す。
「ええ、それが何か?」
ショックを受けて足元をふらつかせたマルティナが近くの壁に寄りかかり、それを気遣うようにルディアスが側に立つ。
「本気か、ヒース?」
「ふふ、どうでしょうね?」
はぐらかすヒースに舌打ちするとルディアスは前髪をくしゃりと掻き上げた。
苦々しげに顔を歪めて私を見る。
厄介なことになったと言わんばかりの表情だ。
私を責めるというよりはどこか哀れみを感じた。
マルティナもルディアスも酷い勘違いをしているようだ。
私も一瞬動揺したが、これはそういうのではない。あり得ない。
淡い期待を振り払うように緩く首を振るとヒースを見上げて眦を吊り上げる。
「ヒース、ふたりを揶揄わないであげて。家族として好きってことでしょ? 勘違いするような言い方したらダメよ」
腰に手を当てて窘める私を柔らかな視線で見つめると、ヒースは何も言わずにただ笑みを深めた。
酔い潰れてクダを巻き始めたマルティナをルディアスに回収してもらい、ようやく家の中にいつもの静けさが戻った。
いつも通り何も変わらないヒースと夕食を終えて、食後は何でもない会話を楽しんでいたのに妙な沈黙が落ちる。
そわそわと居心地悪そうに何度も椅子に座り直すのを見てクスクスと笑われる。
「なんで笑うの?」
「アリシアさんは素直だなって思って」
「何よ。馬鹿にしてるのね?」
「いえいえ、まさか。そんなところも可愛らしいと思ってるだけです」
「…………そういう事を言うからマルティナ様も変な勘違いするんだわ」
「勘違いじゃなかったらどうします?」
机に肘をついて含みを持たせた声色で問いかけられる。
どくんっ、とやけに心臓の音が大きく聞こえた。
目を瞬いてヒースの言葉を反芻する。
勘違いじゃなければどうするか、なんて私に答えられるはずもない。
「……ヒースは家族が恋しいだけよ」
零した言葉はヒースに向けてか、自分に言い聞かせてなのか分からなかった。
ヒースからも何も答えはない。
少し躊躇いながらもまっすぐ紫の瞳を見つめて告げる。
「私もヒースが好きよ。だって家族だもの」
目を丸くしたヒースがふわりと破顔する。
思わず見惚れてしまうほど美しくて息を飲んだ。
「仮初でもアリシアさんの家族でよかったです。僕も好きですよ」
顔を上げていられず膝に乗せていた手を強く握りしめ、これは家族だからで変な意味はないのだと繰り返し言い聞かせる。
「僕がもしこの先、誰かを大切にするなら……それはアリシアさんだけでしょうね」
「わ、私だけじゃなくて皆平等に大切にしてちょうだいっ……」
勘違いじゃなかったら、私は何と答えるんだろう。
探す気もないその答えを心のどこかで知ってる気がした。
この時のヒースの声に込められたどこか切ない響きに私が気付くことはなかった。
◇
魔法で酔いを即座に覚まして、城の回廊を並んで歩く。
隣のマルティナは酷く機嫌が悪く、肩を怒らせて周囲を威圧している。
「まあ、ヒースなりにアリシアのこと大切にしてるのは見てわかるし、あと十数日だろ? お前もそこまでカリカリしなくてもいいんじゃないか?」
「はっ、あんたやっぱり馬鹿ね。ヒースがあれだけ執着する方が余計に問題でしょ」
冷たく睥睨されて視線を逸らす。
自分でも面倒な事になったというのは理解していた。
「そもそもヒースが誰かを好きだとか言ってるのを聞いたことがないわ」
「あー……そりゃ、まあな……」
「遊びならいつも通りなだけでむしろ安心するわ。でも本気なら……」
「あいつなりに大切にしようとしてるみたいだし、少し見守ってやってもいいんじゃねぇか?」
「でも、もう時間がないわ。ちょうどあの子との約束の日になるんじゃないの?」
「だろうな。まあ、一応保険はかけてる。命が脅かされることはない」
「……怪我をしなければいいってものじゃないわ」
眉根を寄せて顔を曇らせる。
ぽんっと頭に手を置くと軽く2回叩く。
「大丈夫とは言えないが、まあ少し様子見だな。変に手を出すとヒースの報復が怖いぞ」
そう言うと、マルティナはぶるりと身を震わせた。
「そ、そうね。これ以上男女間の事に首を突っ込むのは野暮よね。危ない時にだけ手を出せばいいわ。そうしましょう。ええ、それがいいわ」
そこではたと自分に触れる手に気付き、雑に振り払う。
「気安く私に触れないでちょうだい!」
「へいへい」
つんっと顎を上げるマルティナに苦笑した。




