嫌いになんてならない
雷の音はまだ遠ざかることなく、雨音は更に激しさを増す。
いつもなら怖くて身を竦めているが、今は怖さよりも羞恥に震えていた。
そんな私をよそにルディアスとマルティナが机いっぱいに酒瓶を並べて真昼間から酒盛りを始めた。
自室に篭ろうかとも思ったがこんな天気にひとりで部屋に居たくはなくて、仕方なく椅子の上で小さくなっていた。
「いやぁ、ヒースのあんな顔初めて見たな」
「可愛くて美しくて且つ色気があったわね……はあ、眼福だったわ」
「帰ってくださいって言いましたよね? どうして居座ろうとしてるんですか?」
早々に立ち直ったヒースはローブを脱ぎながら、冷たい目でふたりを威圧する。
「いやいや、ちょっとくらいいいだろ? 城じゃ気楽に飲めねぇんだよ」
「そうよ。少しくらいいいじゃない。ヒースの顔を見て飲むお酒って格別なのよ。ほら、小娘。このジュースあげるわ」
手渡されたジュースを受け取る前にヒースに取り上げられた。
そのまま一口飲んでから私にグラスを返す。
どうしよう。このまま口をつけてもいいのかしら。
先ほどのこともあり妙に意識してしまい、グラスをじっと見つめてしまう。
「うっわ、毒味かよ。お前アリシアに過保護すぎないか?」
「マルティナさんへの信用が0なだけです。アリシアさんにお酒でも飲まされたら困りますので」
「酷いわね! さすがに子供にお酒は飲ませないわよ!」
「あなたのどこに信用できる要素がありますか?」
「ヒースのことを愛しているところよ!」
どどんっ! と背後で効果音が聞こえて来そうなほど胸を張って堂々としている。
「あーはい、そうですか。お酒を飲むならさっさと飲んで帰ってください」
面倒くさそうに適当にあしらうと私の手をそっと握る。
「アリシアさん、酔っ払いに絡まれると面倒なのでふたりが潰れるまで部屋に戻っていてください。……いえ、ひとりにするとマルティナさんに引き摺り出されそうですね。僕の部屋に避難しましょう」
「えっ、えっ?」
ぐいっと手を引かれて戸惑っている間にヒースの部屋に連れて行かれ、扉を閉めると同時に鍵をかける。
「あっ、おい! ヒース!?」
「う、嘘!? 小娘! ヒースの部屋から出て来なさい!!」
扉をマルティナがドンドンと激しく叩く。
「おふたりが帰るか酔い潰れたら出ますね。ああ、あと魔法を使ってこじ開けたら出禁にしますから」
ヒースが不自然なほどご機嫌な声で扉越しに答えると扉の向こうは静かになった。
ちょうど近くに雷が落ちて身を震わすと、何も言わずにヒースが私を抱き寄せて部屋のソファに座らされる。そのすぐ隣にヒースも腰掛けた。
私が落ち着くようになのかさりげなく私の手を握って話しかけてくる。
「ふたりして騒いでますけど毎朝起こしてくれる時に僕の部屋に入ってるんですから今更ですよね」
「あ、そう言われればそうね。なんだか変に意識しちゃってたわ。恥ずかしい……」
「ふふ、僕に何かされると思ったんですか?」
「ヒースが私に何かするわけないでしょ」
当然のように返すと私の唇に人差し指でそっと触れて蠱惑的な笑みを向けられる。
「……それともアリシアさんが僕に何かしてくれるんですか?」
「し、しないわっ、変なこと言わないで!」
握られていない方の手で赤くなった顔を冷ますようにパタパタと風を扇ぐ。
「ふふ、気が紛れたでしょう?」
「……だけど意地悪だわ」
「嫌いになります?」
全くそんな心配していなさそうな悪戯な表情でこちらを覗き込むヒースに、肩の力を抜くと同時に息を吐く。
「こんなことでは嫌いにならないってわかっていて聞いてるんでしょ? ほんとにヒースはズルイわ。最後は私が許しちゃうってわかってるんだもの」
「そんなことないですよ。アリシアさんが優しいのに付け込んでいるだけです。どこまでなら許してくれるのかなって」
「あんなこと言われても許せるのよ? そう並大抵なことでは嫌いになんてならないわ。ヒースは大切な家族だもの」
「ふふ、はい。そうだろうなって思ってました」
そう言って嬉しそうに私の頭に自分の頬を擦り付ける。
ヒースの言動がまるで小さな子供が親の愛情を測っているかのように感じる。
親の顔も覚えていないと平然と笑って言っていた姿を思い出して胸が痛くなった。




