雷
◇
朝からぐずった天気だったが昼を回る頃には雨が降り出していた。
窓を叩く雨粒の音が徐々に大きくなり、近付いてくる雷の音にぶるりと身を震わせる。
「あー、酷い雨ですね」
「そうね……」
窓の近くで外を見ていたヒースが声を掛けてくるが、それに上の空で返すと集中出来なくて一行も読めていない手元の本に視線を落とした。
もはや何の本だったのかも覚えていない。ただ文字の羅列を眺めては次のページに進む。
決して悟られないように平静を装いながらも心臓の音が大きく鳴り響いていた。
昔から雷は苦手だった。好きな人などそうそういないだろう。あの大きな音も稲光もいくつになっても慣れない。
ひとつ、また雷が落ちた。
更に近付いて来ているようで、その大きな音にビクッと身を震わせた。
誤魔化すようにページを捲る手もぎこちない。
「あ、そういえばアリシアさんは雷が苦手なんでしたっけ?」
「そっ、そんなことないわよ」
少し声が上擦った。
「リズリーさんにしてもらったこと教えてくれたじゃないですか。雷が鳴ったら抱きーー」
「そっ、それは小さい時の話で今は近くに落ちて火事にならないか心配してるだけよ!」
慌てて否定するとヒースがくすくすと笑う。
私の嘘なんてあっさり見抜かれているようで、スッと目を逸らす。
「ふふ、それは残念です。抱きしめてあげようかと思ったんですけど。でも僕が怖いのでアリシアさんにくっついていてもいいですか?」
「えっ、あ、それなら、うん。構わないわ。ヒースが怖いのなら仕方ないものね。ええ、仕方ないわ」
「ありがとうございます」
全く怖がるそぶりもないヒースは私の横にピッタリと椅子をくっつけると、家の中では着ていなかったローブを私と自分に頭から被せた。
驚いて見上げると、思った以上に近いヒースの顔に動きが止まる。
「光が見えると怖いのでこうしていてもいいですか?」
私の返事を待つことなくそのまま流れるような動きで私の手を握る。
先程とは異なる意味で早鐘のように心臓が鳴り響いて、一気に顔が熱くなる。
ローブに隠されて顔は見えないだろうことだけが救いだった。
「ち、近過ぎない……?」
「いえ、全然?」
キッパリと言い切られて口籠もる。
実際、ヒースのお陰で雷が鳴っても先ほどまでの恐怖感はない。
雷が遠退くまでの間だけ、と自分に言い聞かせてヒースの手を握り返した。
「ねえ、本当に怖いの?」
「ふふ、はい」
「………………ありがとう」
これっぽっちも怖がってなどいないのに私のために嘘をついてくれる。その優しさが嬉しかった。
捻れた部分はあっても根っこの部分は優しいから、だから私はあんなこと言われてもヒースを嫌いになんてなれないんだろう。
「よう、邪魔するぞ!」
「っきゃぁぁああああっ!!」
「えっ、ちょっ……!」
物思いに耽っていた思考をぶち壊す勢いでドアが大きな音を立てて開かれ、大きく悲鳴を上げた。
咄嗟にヒースの頭を守るように抱き込むと焦ったような声が聞こえたが、そのまま押さえ込む。
ふごふごとくぐもった声で叫ぶヒースを落ち着かせるように声を掛ける。
「だ、大丈夫よ! わ、わたしが守ってあげるからね! 安心してね!」
頭の中がまともに働かないまま、ぎゅうぎゅうっとヒースの頭を更に胸に抱き寄せた。
そこに呆れたような声が掛けられる。
「あー…………悪い。いつも通り入ってきたつもりなんだが、そこまで怖がるとは」
「あんた何してんのよ。ヒースからさっさと離れなさい」
「へっ? る、ルディアスさん……とマルティナさ、ま……?」
呆然と名前を呼ぶとマルティナが大股で近付いて来て私の肩を掴む。
「いい加減ヒースから離れなさいな。あんたのささやかな胸でも窒息するわよ」
「え、あ……」
恐る恐る腕を緩めて、胸に押し付けていたヒースの顔を見ると息苦しさからか顔を赤くしていた。
「ご、ごめんなさい! い、いいい今のは家族として母としてヒースを守ろうとしただけであって別にそういうあのそれじゃなくて本当に違うのっ!」
「いえ、あの……すみません。見ないでください……」
ヒースはサッとローブを羽織ると、フードを深く被ってさらに両手で顔を隠してしまった。
「ち、違うの! 本当に違うのよ!? ごめんなさい、ヒース!」
何を否定したいのかもよくわからないままローブにくるまって蹲るヒースの背を摩って謝罪を繰り返す。
「何が違うのよ。白々しいわね。無い色気を振り絞って色仕掛けだなんて。これだから田舎の小娘は」
「おいおい、これ以上追い詰めてやるなよ」
「とりあえずアリシアさん以外は出て行ってください……」




