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分かり合えない

 手を引かれて家に入ると椅子に横向きに座らされた。


「さて、と」


 ヒースは目の前に立つと、両頬を包んで上向かせる。

 涙で滲んだ視界いっぱいにヒースの顔が映った。


「僕に聞きたいことがあるんでしょう?」


 なんで、と声にならない私の口の動きを読んだのかヒースが答える。


「マルティナさんはおしゃべりですから」


 いつものように穏やかな声だ。

 それが逆に不安を煽る。


「ねえ、何を知りたいですか?」


「……う、して? どうして1ヶ月かかるって言ったの……? 魔法……すぐに作れたんでしょ……?」


「まあ元々ある魔法のアレンジですからね。細かい設定だけだったんですぐ出来ました」


 ヒースが誤魔化すこともなくあっさりと認めたことに頭をガンッと殴られたような衝撃を受けた。

 呼吸が浅くなって声が震えてくる。


「なんでそんな嘘ついたの……?」


「だって記憶を消さなくて済むならそれがいいでしょう? だから様子を見てたんですよ」


「それは、そう、なんだけど……」


 そうだ。それは当然かもしれない。

 だけど、それなら一言私に言ってくれてもよかったんじゃないか。


 非難するような目を向けたくなくて、顔を俯けようとしても頬を固定されて動かすことができない。

 そんな中、視線だけは逃れようと紫の瞳を直視しないようにと逸らす。


「ふふ、アリシアさんのあの勢いだと待ってくれなかったでしょう? 僕も黙っているのは心苦しかったんですよ」


 どこまで信じたらいいのかわからない私の戸惑いを知ってか知らずかいつもと変わらぬ様子のヒースは続ける。


「アリシアさんとリズリーさんのことを思って苦渋の決断だったんです。折を見てお話ししようかとは思ってたんですがこんな形で知られることになって、さぞや驚かれましたよね……」


 慰めるように頭を撫でるその手も声も優しくて、疑いを向け続けることに少しずつ罪悪感を覚える。


「そ、そうだったの……? そっか、そうなんだ……じゃあ、私を騙してたわけじゃないんだよね……?」


 そうだと言って欲しくて縋るような目で問いかけると、安心させるように私の顔を覗き込む。


「僕のこと信じてくれないんですか? 家族なのに」


 柔らかな声にそう問われると「信じない」なんて答えられるはずもなく、代わりに別の疑問を口にする。


「じゃあ、なんで……ギルがここにいたの?」


「ああ、それは僕が入れるようにしてたので」


 何でもないことのように答えるヒースに更に質問を重ねる。


「どうして……?」


「だってその方が面白そうじゃないですか」


 クスクスと楽しそうな笑い声を上げる顔を呆然と見つめる。


「お、おもしろい……? なにが?」


「ギル君が必死に頑張ってアリシアさんを取り戻そうとするのが、ですかね」


 『まるで人の心が無いみたいに感じた事は?』


「そ、れの何が面白いの……?」


「だって滑稽じゃないですか?」


 『昔からヒースは他人を平気で踏み躙れる人間だったわ』


「ヒースは誰かが必死だと面白いの……?」


 声が震えるのは怒りからか、悲しみからか。


「だってそんなに必死になるようなことが、この世界にありますか?」


 『まるで猫のように甚振って遊んで』


 心から不思議がるヒースを信じられない気持ちで見上げる。


「す、好きなものも大切なものもたくさんあるわ。そういうのを守りたいって必死になる気持ちは普通のことよ!」


「ふふ、アリシアさんならそう言うと思いました」


 そこにはいつもと変わらないヒースがいるだけだった。


 何も言葉が届かない。

 同じ人間なのにこんなにも分かり合えないものなのか。


 そんなことするはずないと信じていたくて、でも信じられなくて。

 自分を誤魔化すための言葉を探すけど見つからない。


 マルティナの声がずっと木霊している。


 否が応でも思い知ることになったその意味に胸が痛くて堪らない。


 『飽きたら捨てるのよ』

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