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本心



 ヒースの家を前にして私は中に入れないでいた。



 もう空には星が瞬き出していて、細い細い三日月がたなびく雲に隠れる。



 マルティナは動かない私を一瞥するとヒースに会わずに城に戻っていった。


 庭のベンチにひとり腰掛けてぼんやりとしていると目の前に人の足が見えた。

 ヒースではない男性の足だ。思わず顔を上げる。


「アリシア」


「ギル? 何でここに……」


 ヒースの許可がないと入れないはずなのに。


「なあ、お前あの男に何か弱みでも握られてるんだろ? あんな怪しい奴に頼るなよ。俺が力になるから村に帰ろう」


 差し出された手を取る事なく、ただ見つめる。


「アリシア。俺、ずっと様子を見に来てたんだ。心配だったから。あの男に酷いことされてるんじゃないかって。なあ、そんな顔するくらいならもう帰ろう。リズ姉のそばにいてやれよ」


「そばにいて、なんになるの……? 私、何の役にも立たないもの」


 皮肉るように口元が歪めて嗤う。


「そんなわけないだろ。お前がそばにいるだけでリズ姉は喜んでるよ。そもそも家族なんだから役に立つとかそういうーー」


「もし役に立つならお姉ちゃんはあんな事になってないじゃないっ!」


 カッとなってギルバートを睨み上げる。


 何も知らないくせに知ったようなことを言う姿に、その綺麗事に、自分自身の醜さを突き付けられている気がした。


「日に日に弱っていって、何しても元気にならなくて、私っ、自分が、自分ならって思ってたくさんそばにいたわ! でも、でもっ……」


 あのままなら死んでいた。


 今はルディアスのお陰で命を繋いでいる。

 笑えるようにもなっていた。

 必要なのはずっと一緒に過ごしてきた私なんかじゃない。


 夜も眠れず、食事も受け付けずに徐々に痩せ細っていた姿が怖かった。

 このまま衰弱して死んでしまうと思った。

 母であり、姉でもある私の大好きな姉が。


 自ら死を選ぼうとしている姿を私では引き留めることもできなかった。

 生への未練にさえなれない。

 私の全てである姉にとって、アリシアという存在は何の価値もないのだと現実は容赦なく突きつけた。


 だから、私はーー


「……っ……ぅう……」


 堪えきれずにぼたぼたと落ちる涙でスカートに丸い染みが次々とできていく。



 だから、私はーーお姉ちゃんが恋した記憶を消してしまいたかった。

 私より大切だと思う人の記憶なんか消えてしまえばいいと思った。


 なんて自分勝手なんだろう。

 なんて汚い心なんだろう。


 お姉ちゃんのためと言いながら、私は自分のためにヒースを探しに来たんだ。




「アリシア……」


 ざりっと砂を踏む音がしてギルバートがまた一歩こちらへ近づいてくる。

 伸ばされた手を避けたくてもベンチから立ち上がれない。


「……ヒース……」


 喉の奥で小さく名前を呼ぶ。


『僕がいいんですよね?』


 どうしてか、あの日のヒースの声が耳に響いた。

 


「僕のアリシアさんを泣かせないでもらえますか?」


 不意に聞こえてきた声に心臓が止まるかと思った。


「お前っ!」


 ギルバートが食ってかかろうとするのをするりと擦り抜けると私の肩にそっと手を乗せる。

 

「中に入りましょう? ほら、こんなに冷えてます」


 私に自身の上着を着せるとそのまま抱き寄せて立ち上がらせる。それに逆らうことなく身を任せた。


「アリシア……俺はっ……!」


 ギルバートを避けるように顔を逸らす。


 私を支えるヒースはいつも通り優しくて、何も不安になるような事はないのに。


 ギルバートがここに入れた理由も。

 記憶を消す魔法のことも。

 どういうつもりで私をそばに置くのかも。

 ヒースに問い質したいことは次から次へと積み重なって、さらに口は重たくなっていった。

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