惑う心
「静かになさいね」
唇に人差し指を当てられ、妖艶な笑みを向けられる。
同じ女でも見惚れるほどの美しさだ。
「こちらの姿が見えなくなるようにするわ。短時間ならルディアスも気付かないわ」
軽く手を振って魔法をかけるとマルティナは堂々と窓の前に立ち部屋の中を覗き込む。
私は見えないと言われても不安なので端からこっそりと覗く事にした。
残念ながら窓は閉まっているので声はくぐもっていてあまり聞こえない。
ベッドに腰掛ける姉の姿に起き上がれるようになったんだ、と喜びながらその表情を見て固まった。
「お姉ちゃんが笑ってる……」
嬉しい。嬉しいはずだ。だって元気になってほしくて頑張っていた。
なのにーー
「あ、あれ? なんで私……」
こんなにショックを受けてるんだろう。
仲睦まじそうに笑い合うふたりを見ていられず視線を落とす。
「ふぅん? あいつ本気かしら? 今度揶揄ってやらないといけないわね。……それで? あんたその顔なんなの?」
顎をぐいっと持ち上げられ、顔をまじまじと覗き込まれる。
心の奥まで見透かすような目から逃れられず、至近距離からマルティナを見つめ返した。
「ふーん? ああ、そう。そういうこと」
「こ、心の中を見たんですか……!」
「やあね。そんな事しなくても顔を見ればお子様の考えなんて手に取るようにわかるわよ」
指先で顎を跳ねるようにして離されると、不敵な笑みを向けられた。
「年長者として助言しておくわ。自分の気持ちを偽ったって何にもならないのよ。そんな稚拙なお為ごかしは直ぐさまやめることね」
「……難しいこと言われてもよくわかりません」
わからないのではない。わかりたくないだけだって気付いていた。
唇を噛み締めて、マルティナから一歩離れる。
「好きになさいな。さ、帰るわよ。もうここに用はないわ」
私の手首を掴むと踵を返す。
引き摺られるようにして家を後にした。
村を抜けて森の入り口からヒースの家に移動するつもりのようだ。
「あ、あのっ、マルティナ様! 私まだ帰りたくない、です……」
ヒースの事も。姉のことも。まだ心の整理がついていない。
こんなぐちゃぐちゃな気持ちでいつも通りに振る舞うことなんて出来ない。
「何よ、あんた。結局あんな言葉ひとつでヒースの事を簡単に疑うんじゃないの」
「そ、そうじゃなくて……何が本当かわからないし、頭の中がこんがらがってて」
マルティナは呆れたように溜息を吐くと、私の額をピンっと弾いた。
「いっ……!」
思ったより痛くはないが、驚きから身を竦めて額を押さえた。
「疑うくらいなら本人に聞いてしまいなさい。よく知りもしない他人の言葉で揺れ動くくらいなら、せめてあんたが好きな人の言葉で不安になりなさいな」
「でも……」
「言い訳なんて見苦しいわね。こういうのはね、変に拗れる前に当たって砕けてしまった方がいいのよ。まあ、ヒースが正直に話すかどうかは知らないけど」
鼻で笑ってそのまま足を進めていく。
「あのっ、マルティナ様もルディアスさんもどうしてヒースをそんな風に言うんですか?」
チラッと一瞬振り返り私を見るとすぐに視線を正面に戻す。
「ある意味、ヒースが一番魔法使いらしいからよ。あんたも一緒に生活してて引っ掛かりを覚えたことなかった?」
「引っ掛かり、ですか?」
「優しいわよね、ヒースって」
「はい」
迷うことなく頷く。
「でも、たまに怖くなったことはない?」
「怖いというかなんか、その……」
「まるで人の心が無いみたいに感じた事は?」
「そんなことないです!」
強く否定するとマルティナはつまらなさそうな声で続ける。
「あんたの前では違うのかもしれないけどね。昔からヒースは他人を平気で踏み躙れる人間だったわ。まるで猫のように甚振って遊んで、飽きたら捨てるのよ。……今のオモチャはあんたなんでしょうね」
「オモチャ、ですか……あの、でもヒースはそんなことするようには見えないですけど」
「そうね。だから信じるも疑うもあんたの好きにしなさい」
「…………はい」
考えたくないことが多すぎて、全て投げ出してしまいたい。
それでも、もう村の入り口に着いてしまう。
どんな顔をしてヒースに会えばいいか、わからないままだった。




