マルティナ
◇
甘い香りが立ち込めるキッチンにふたり並ぶ。
食料庫に入っていた果物でジャムを作る事にしたのだ。
毎年姉とジャムを作るのが楽しかったので、ヒースともしてみたくて誘ってみたら快く応じてくれた。
「アリシアさん、これ味見してください」
差し出されたスプーンをそのまま口に含むと頬が自然と緩むほど私好みの甘さだった。
「んっ、おいしい! さすがヒースだわ!」
「でしょう?」
自主的に褒めてもらいに来るヒースが可愛らしく感じる。
先日のルディアスを威圧した時の姿が幻だったように思う。
だが、あの日からヒースの態度が変わった気がする。
前よりももっと『家族』を求められている気がした。
「な、なによ……こんなヒース知らないわ……」
知らない声に振り返ると美女としか形容できない女性が立っていた。
緩く波打つ金髪が、鮮やかなオレンジの瞳が強烈に視界の中で存在を放つ。
ヒースと変わらない年齢に見える彼女はその美しい顔を歪めて震えていた。
「ああ、マルティナさんではないですか。なぜ勝手に家の中に入ってるんです?」
一瞥するとすぐ手元の鍋に視線を戻す。
驚くほど冷たい対応にヒースの横顔を凝視した。
「そんなに冷たい態度を取らなくもいいんじゃないの!?」
「僕に何をしたかご自分の胸に手を当てて聞いてみては?」
「1年も前のことなんだし、あの事はもう許してくれてもいいじゃない! お詫びの品もちゃんと持ってきたわ!」
マルティナが指を振ると、どんっとダイニングテーブルの上にいくつもの魔石やよくわからない素材が溢れかえった。
それをヒースが白けた目で見る。
「どうやら反省なさっていないようで。お引き取りを」
「そんな! 集めるの大変だったのよ!?」
この人、何したんだろう。
よっぽどの事がなければヒースがこんな対応するはずないわ。
「アリシアさん。これはもう火からおろしてもいいですか?」
「あ、うん、これならもう大丈夫よ」
「ジャム作り楽しかったです。明日の朝、一緒に食べましょうね」
ふわりと微笑まれ、私まで嬉しくなって頷き返したところで彼女の存在を思い出す。
「あ、あのヒース。あの人は……」
「お聞きなさい、小娘! 私は王城で魔法使いをしているマルティナよ! よろしくはしないけれど覚えておきなさい! この家は私が同棲するつもりでいろいろ手を加えたのに、何で小娘が入り込んでいるのよ!」
「え、ええー……えーと、マルティナさん?」
「マルティナ様と呼びなさい!」
「ま、マルティナ様、私はアリシアと言います。近くの村に住んでるのですが、事情がありましてあと半月だけここに住まわせてもらうことになってまして……」
「な、ななな何ですって!? ここに住んでるですってぇっ!?」
興奮しすぎて卒倒しそうな勢いだ。
「この家に私以外の女を入れるなんてどういうつもりなの!?」
「僕の家ですから好きにしますよ」
涙目でヒースを見つめる姿を見るに、あまり悪い人には見えない。
前にルディアスに聞いた話でも好意が空回っているタイプに思えるし、なんだか可哀想になってきた。
「ヒース、話くらいは聞いてあげて」
「聞いてあげてますよ? 先ほどから返事してるじゃないですか。あ、アリシアさん。口元にジャム付いてます」
人差し指で唇の端を拭うとそのまま舐めた。
「……っ……!」
「甘いですね。早くもっと食べたいです」
とろりと甘さを帯びた瞳に首筋まで赤く染める。
動揺から足がふらついた私の腰をヒースが支えた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だから離していいわ!」
慌てて距離をとって顔を逸らす。
顔がいい男はこれだから!
何しても様になるんだもの!
過度なスキンシップはダメって教えとかないと勘違いする子が絶対これから出てくるわ!
握り拳を作って、後でヒースに厳しく言わないとと気合を込める。
そこに、マルティナのしゃくり上げる声が聞こえた。
「な、なによっ! そんな当て付けみたいにしなくてもいいじゃない、ヒースの馬鹿ぁっ!」
涙声で罵声を浴びせるとマルティナは言い逃げするように転移していった。
「ああ、よかった。帰りましたね。塩を撒いておきますね」
「そ、そこまでしなくても……」
「いえいえ、こういうのはきちんとしておかないとまた来てしまいますからね」
そう言うと玄関先に本当に塩を撒き始めた。ヒースの背中からは「二度とくるな」と強い意思表示を感じた。




