ルディアスの憂慮
◇
王城の自室へと転移した後、ルディアスはベッドにどかっと腰掛ける。
脳裏に思い出されるのは愛されて育ったと全身で伝わってくるようなコロコロ変わる表情に、温かみのある赤茶けた髪色にキラキラと輝く琥珀色の瞳。
一目で無害だとわかる少女だった。
ヒースから手紙を貰った時は冗談かと思ったが、まさか本当に同じ家に暮らしているとは思いもしなかった。
ヒースのなけなしの良心に期待したいが、あの人非人にそれを願うのは無理がある。
「リズリーには頼まれたけど、あいつから守るのはなかなか骨が折れるぞ……」
頭を抱えて昨夜のヒースとの会話を思い返す。
アリシアが自分の部屋へ向かったのを確認して防音魔法をかけると徐ろに切り出す。
「お前、あの子をどうするつもりだ?」
「え? どうもしませんけど」
「対価は? あんな村のパン屋から搾り取れる額なんてたかが知れてるし、金じゃないんだろ?」
チビチビと酒を口に含んで胡乱げな目でヒースを捉える。
「最初はお断りしたんですけどあんまりにも必死で可哀想で……それに、アリシアさんが『なんでも』してくださるそうなので引き受けちゃいました」
朗らかな笑い声を上げる姿に眉を曇らせる。
「…………アリシアが不憫だな。お前の本性にも気付かないで。ヒースに騙されてるとも思ってないだろうに」
「ええー、騙してませんよ? 心外ですね」
「どうだか。人の心がないお前が随分と親切じゃないか。……何企んでる?」
「うーん。ふふ、何も。ただの気まぐれですかね?」
答える気のないはぐらかすような返答に眉間の皺が濃くなる。
「魔法が出来たらどうする?」
「使うかどうかはアリシアさんとリズリーさんに決めてもらいましょう。僕は対価をもらえるならそれでいいですし」
「…………どんな結果になろうと、あまり傷つけないでやれ」
「本当に見た目に似合わずルディさんは心配性ですねぇ。噂とは大違いです」
「魔法使いのため敢えて流してる噂だ。好きに言わせておけば良い」
「ふふ、気を遣ってここに来る時はちゃんと玄関から来てくれますし」
「……そりゃいきなり室内に人が現れたら誰だって怖いだろ」
「常識人ですね?」
「黙れ。似非常識人」
「あはは、酷い言われようです。でもですよ、ルディさん」
一度言葉を切ると、一拍置いてこちらを薄笑いで見据える。普段の温和な空気は霧散して酷薄にすら思えた。
「他人を退屈凌ぎに使って何が悪いんですか?」
「っ、だからお前のそういうところが!」
「あー、はいはい。グラスが空ですよ。お酒は美味しく飲みましょう?」
「ああ、くそ! お前いつか後悔するからな!」
「ああ、それは楽しみですね。僕が死ぬまでに後悔するような出来事に出会えたら嬉しいです」
心からそう思っているような恍惚とした笑みは男でも見惚れるほど美しかった。
ただ、それと同時に本能的に悍ましさも感じてグラスを持つ手に無意識に力が籠った。
その後は浴びるように酒を飲んで、なくなったらまた追加で出してと繰り返して気付けば2人で酔い潰れていたわけだが……
あの言動を思い出すだけで二日酔いは治したのに頭が痛くなる。
「リズリーの事は俺がどうにかするからヒースには手を引いてもらうか。それが一番平和だ。…………平和なんだけどなぁ」
そうわかっているが、あの悪魔のような男が簡単に手を引くわけがない。
「それに、ああ見えて意外とアリシアのこと気に入ってるみたいだしな。あいつから恨みを買いたくはないし、どうしたもんか……」
あのヒースが僅かなりとも気を許し始めているようにも見えた。
このまま人の心を取り戻してくれればいいが……と考えていた所でノックもなく自室の扉が開けられた。
「ルディアス! あなたヒースのところに行ってたって本当なの!?」
「……マルティナ。俺、鍵掛けてたよな?」
同僚の中では俺と並んで有能なマルティナだが、ヒースのこととなると些か常識が欠けるのが玉に瑕だ。
「そんなのあってないようなものじゃない。解錠できるんだから開ければ良いだけよ」
豊満な胸を反らして、腰まで伸びた波打つ金髪を後ろへ払うと傲慢に言い放つ。
「あのなぁ、俺が着替えてたらどうするつもりだったんだ」
「あんたの裸になんの価値があるの? ヒースじゃあるまいし」
どいつもこいつも非常識だ、とげんなりとしているとマルティナはまるで女王のように尊大な態度を一変させてしおらしく俯いた。
「それで、ね? ヒースにもう1年も会ってないのだけど、そろそろ私のこと許してくれてるかしら……?」
「お前何したんだ……」
「ちょっとヒースの家に行った時、夜にベッドに潜り込んだだけよ!」
「夜這いかよ! 命知らずだな!?」
「だって好きなんだもの! 今のヒースならモノにできるかなって思うでしょう!?」
「思わねぇよ!! 行くなら来月にしろ! まだ許してないみたいだったからな」
「そんな! やっぱりもう一度謝って来るわ! お詫びの品を買ってこなくちゃ!」
「あっ、おい! 待て、マルティナ!!」
呼び止める声も届かず、転移で姿を消した。
これからアリシアが見舞われる災難を思うとあまりに不憫になり、今度会う時は何か買って行ってやろうと心に決めた。




